翌日。ミルフィアの誕生会はなんとか成功した。内容はめちゃくちゃだったがミルフィアが笑ってくれた。これだけで成功といってもいいだろう。
今日も天気はいい。俺は重たい瞼を擦りつつ通学路を歩いている。そうして向かいに桜が並ぶ正門が見えてきた。
「ん?」
と、そこに見慣れた三人の女の子を見つけたのだ。
「あ、神愛君だ! おはようございます!」
「宮司君、おはよう」
「おはよ」
「おお、おはよう。どうしたんだよお前ら、正門の前で立って」
そこにいたのは恵瑠と天和、加豪だ。まるで誰かを待っているように立っている。
「どうせなら一緒に登校しようかと思って待ってたんですよ」
「その通り」
「ま、せっかくだしね」
「へえー、誰と?」
「神愛君とですよ!」
「へえー、かみあってやつか。神愛、え、俺!?」
ビックリするが恵瑠は俺に向かって指をさしている。そうだったのか。しかし何故?
「だって、せっかく仲良くなれたんですから。もしかして迷惑だったですか?」
恵瑠は笑って理由を教えてくれたが、俺が驚いていることに表情を不安そうにしてしまった。
しかしそんなことはない。驚いたのは嫌だとかそんな理由じゃなくて、ただ、こんなこと初めてだったから。
「いや、そんなことねえって! 迷惑なんかじゃねえよ! よし、一緒に行くか」
「はい!」
「私も」
「ふふ」
そうして俺たちは並んで正門をくぐった。誕生会を開いたのはミルフィアのためだったが、それをきっかけにこんなことになるなんてな。世界中の嫌われ者の俺でも仲良くなれたんだ。ミルフィアだって大丈夫に違いない。きっと俺よりも多くの友達ができるさ。
「そういえば神愛君、今日宿題の提出あるけど大丈夫ですか?」
「おう、一応やってあるよ」
「あんたそんなだっけ?」
「神愛君、けっこうしっかり者ですね」
「……意外」
「お前らなあ」
こんな嫌味なセリフも平気で言ってくるんだ、仲良いいんだろうな俺たち。うん、イラっとくるけどそういうことにしておこう。
そんなこんなで目的地の校舎に到着する。登校時間ということもあり俺たち以外にも人は多い。自然と周りの目が俺に集まる。しかし不穏な視線を向けられても気にならない。
なんだろうか。今はそんな雑多な目よりもっと近くで俺のことを見てくれる三人の方が大切っていうか。こいつらといるだけで居心地がいいと、そう思ってしまう。
変わったよな、俺。こんな穏やかな気持ちで登校するなんてことなかったのに。
そんな風に思いながら、俺たちが校舎の横を歩いていた時だった。
「主、危ない!」
「ぬわあ!」
急に現れたミルフィアに押し倒されたのだ。
「いってー……」
なんだよいきなり。レンガ道にぶつけた背中が痛い。が、それよりも状況が分からない。周りの生徒たちから驚きの声が聞こえ、見上げれば、乗っかっているミルフィアが心配そうに俺を見ていた。
「大丈夫ですか、主!?」
「いってぇな、お前が押し倒したんだろうが」
「すみません、ですが」
「分かった。とりあえずどいてくれ、この体勢はいろいろまずい」
上に乗る、というかミルフィアが俺に跨っているのだ。ミルフィアの股が俺の股間の上に乗っている。これは非常にまずい、夢に出そうだ。
いい意味で。
とりあえずミルフィアを下ろし俺は上体を起こす。ぶつけた頭が未だに痛い。
「くそ、気づけなかった。神愛大丈夫!?」
「神愛君、怪我はないですか?」
「……辛そうね」
「ああ、大丈夫だよ。てか何が起きた?」
いててと表情をしかめながら聞いてみると、片膝をついて目線の位置を合わせているミルフィアが答えてくれた。
「主の頭上から植木鉢が落ちてきました。咄嗟のことでしたので、押し倒す形になってしまいました。申し訳ありません」
「いや、そういうことならいいんだが……」
植木鉢? 視線をミルフィアの背後に移すとそこには確かに割れた植木鉢の残骸が広がっていた。あのまま歩いていたら頭に直撃していたところだ。
「落ちてきたってことは、窓に置いてある植木鉢が風かなんかで揺らされたってことか?」
そう思い頭上を見てみるが、しかし、校舎の窓際にはどこにも植木鉢が置いていなかった。
「…………ない?」
おかしい。こうして落ちてきたんだ、他にも植木鉢があるはず。もしくは一つしかなかったのか? そもそも、植木鉢なんて落ちたら危ない物が窓際に置いてあるものなのか?
「主」
ミルフィアから声を掛けられ視線を戻す。ミルフィアは、恐ろしいほど真剣な表情で俺を見つめていた。
「実は植木鉢が落ちてきた件ですが、事故ではありません。故意です」
「てことは」
「はい」
俺の不安と予想を当てるようにミルフィアが力強く頷く。これが偶然ではないなら、考えられる原因は。
「植木鉢が落ちてくる時ですが、三階の窓から腕が見えました」
「そんな!?」
植木鉢は落ちてきてのではなく、誰かがわざと落とした? それって、
「誰かが、俺を殺そうとしたってことかよ!?」
「はい」
頷くミルフィアは悲痛な顔をしていた。また怒りに眉を曲げておりその表情は見ている俺の方が辛くなるほどだ。
「ふざけんなよ!」
「はい」
ミルフィアも同意してくれる。なんだよそれ、気に入らないからってこんなことありかよ!?
「神愛、これは事件よ。先生に言うべきだわ」
「そうだな」
加豪の言う通り、これが故意による行いなら知らせるべきだ。とうとうあいつら一線超えてきたんだ。
「まずは教室だ、荷物置いて職員室に行くぞ」
ヨハネ先生に早く言わないと。
「ありがとなミルフィア、あとは大丈夫だ」
ミルフィアは一礼した後消えていき俺たちは急いで教室に向かう。今まで陰口や悪口を言われてきたことは何度もあった。そりゃ嫌だよ、だけどそれも最近は平気になってきたんだ。この世界も少しはマシに思えてきたんだ。
それがこれかよ! ここまでするほどのことなのかよ!
俺は教室の扉を開け中へと入る。するとクラスメイトの目が俺をきつく見つめてきた。
「あ?」
なんだよ、俺は被害者だぞ。なんでそんな目で見られなくちゃいけないんだよ。
「神愛君」
そこで恵瑠に言われ彼女の視線を追いかける。
「な」
それで目に入る光景に声が漏れる。
それは、ズタズタに刻まれた机だった。新しく変えてもらったばかりの机、昨日俺に陰口言ってきた連中のだ。
「なんだよ、それ……」
俺をはめるための罠を、またされたんだ。
なあ、そこまでやるか? 無信仰者だからって、ここまで嫌われなくちゃいけないのかよ。
クラス中から向けられる棘のある冷たい眼差し、背後からは三人が心配そうに見つめてくれる。
そんな中、俺は深い闇の中にいた。出口が見えない、失望と悲しみの中に立っていたんだ。