職員室。俺の目の前にはヨハネ先生が座っており俺を残念そうに見つめていた。
「俺じゃねえって! 信じてくれよ先生!」
「はい、分かっています。分かっていますとも。しかし」
事の次第を伝えヨハネ先生と話し合う。初めは希望に縋りつく気持ちだったのに次第に変わっていき、最後には絶望のどん底だった。
俺は職員室から出る。廊下には三人が待っていて出てくるなり近寄ってきた。
「神愛君、どうでした?」
恵瑠の質問にすぐには答えられない。言いにくさに顔が下がりため息が出るのを我慢する。
「机の件だけど、俺が犯人だって学校側は判断してるらしい。このまま続けば退学って言われたよ」
「そんな!?」
「なによそれ」
恵瑠と加豪が驚いている。俺だってそうだ。
「ヨハネ先生はなんとか説得しようとしてるらしいが、かなり厳しいらしい」
「でも、さっきの植木鉢の事件はどうなんですか? あれだって大変なことですよ」
「それなんだけどさ」
ほんと、自分で言うのも嫌になる。感情がごちゃごちゃで、怒ってるのか悲しんでるのかもよく分からない。
「証拠がないって。それで終わりだよ」
「そんな~」
ほんと、理不尽もここまでくると呆れるっていうか、理解が追いつかねえよ。くそ。
「せっかく、お前らと出会えて、ここまで来たってのに……」
これで退学になって、また振り出しに戻るのか? また一人なのかよ。そんなことになるのかよ。
「なんで、俺はいつも……」
無信仰者として生まれて、ずっとこうじゃねえか。差別と偏見ばっかりで。いつも悪者かよ。
「しっかりしろ!」
そこで加豪の大声が廊下中に響いた。振り向けば加豪は険しい表情で、俺をしっかりと見つめていたけれどその後申し訳なそうな顔になる。
「ごめん、先に謝っとく。なんていうか、理解できるのよ」
それは後ろ暗さか、負い目なのか、その表情は複雑な色模様をしていた。
「今でこそあんたの誤解は解けたけどさ、前の私も似たようなもんだったじゃん? 無信仰者なんてそんなもんだって。だからこういう扱いなのも分かるっていうか」
こうして彼女とは仲良くなれたけど最初の頃は加豪もそっち側だったのは覚えている。今ではまったく気にしていないが。
「だけど、諦めることない。あんたは犯人じゃないんでしょ?」
「そりゃあ」
「じゃあ別に犯人がいるってことじゃない。そんなやつに負けてられないでしょ!」
それは琢磨追及の彼女らしい意見だった。
「そうか! ボクたちで本当の犯人を見つければいいんですよ。それで神愛君の無罪を証明するんです!」
「そういうこと」
恵瑠もそう言ってくれる。それもまた慈愛連立の彼女らしい言葉だ。
「机を傷つけられていた人は全員あんたにちょっかい掛けていた。ならそれを見ていた者の犯行。誰かは分からないけどクラスの誰かでしょ。そいつはあんたを陥れようとしている。ならそこを見つけて捕まえるしかない」
「捕まえるってどうやって」
「そんなの、張り込みしかないでしょ。教室が現場なんだから時間帯は生徒がいない夜。ならこっちも夜を張り込むのよ」
加豪は得意げに人差し指を天井に向けながら教えてくれる。言っていることは理解できるが、でも。
「恵瑠、いいかな?」
「ふっふっふ、加豪さん。ボクの信仰忘れてもらっちゃ困りますよ」
「そうよね。天和、あなたは?」
「私はどっちでもいいけど」
「そ、そう。まあ無我無心ならそんな感じか」
「お前いつもマイペースだよな」
天和はいつも通りか。無我無心の在り様ってのは驚かされるな。
「なあ、お前ら。いいのか? 俺の問題にここまでしてもらってさ」
気持ちは嬉しいけどさ、でもこいつらには一切関係ない。俺の問題だ。なのになんでここまでしてくれるんだ?
「なに言ってんのよ、誕生日会を共にした仲でしょ。やるわよ」
「そうですよ神愛君! 一緒に無実を勝ち取りましょう!」
「まあ、どっちでもいいならやろうかな」
「お前ら……」
こんなにも、人に良くしてくれたことがあっただろうか。なんか、感謝なんてものじゃない、ちょっと感動まできてる。
「神愛君、泣いてるんですか?」
「泣くわけねーだろ……!」
三人に背を向けて乱暴に目をこする。気持ちを落ちつけて頬を両手で叩く。よし、整った。
俺は振り返り、三人に向け言い放つ。
「よし、やるか!」
俺は退学になるわけにはいかない。昔なら躊躇うこともなかったけど今は違う。こいつらと離れるなんて嫌だから。
そのためにも真犯人を絶対に捕まえる。例え指の骨十本折れようがやるぜ俺は!
それから俺たちは段取りを話し合い放課後、校舎の中で身を隠し夜になるのを待った。生徒は当然教師たちもいなくなり人気はまったくない。夜の学校なんて不気味なイメージがあるがそれを上回る使命感が燃え上っているため怖いとかはまったくない。
俺たちは自分たちの教室、その反対側の校舎の廊下にいた。その窓際に身を屈めて四人並んでいる。
立案者の加豪が小声で言う。
「私たちの教室は一階。その反対側の校舎(ここ)から見張るわよ。もし犯人を見つけたら二手に別れて左右の渡り廊下から移動、挟み撃ちにして捕まえるわよ」
加豪の説明に頷く。作戦は実にシンプルだ、俺にも分かりやすくて助かる。
「犯人来ますかねぇ」
「どうだろうな、来ると決まったわけじゃないが。だが見逃すことも出来ない」
恵瑠の心配もそうなんだよな、それこそ空振りの方が可能性は高いと思う。だけどやるしかないことだ。
「お前ら休んでていいぞ、見張りは俺がやるから」
「交代でいいでしょ。あんた一人だけなんて大変でしょ」
「でも、俺の問題だし」
こうして付き合ってくれてるだけで有難いことだ、俺が一番頑張るべきだ。
「いいから。そんな気張ってたら持たないわよ? 張り込みは持久戦、適度に休まないと続かないんだから」
「まあ、そう言うなら」
加豪の言うことも分かる。犯人はいつ来るか分からない、ここはみんなに甘えさせてもらうか。
それから数時間、時刻はすっかり深夜で物音一つしない。もうかなり遅いな、今日は外れだろうか。このまま朝まで張り込むわけにもいかないし。仕方がないな。
「何か人影があるわよ」
「「え!?」」
と、窓から顔を覗かせていた天和がつぶやいた。みんなで確認してみるが確かに誰かいる!
「マジかよ、いきなりビンゴか」
「みんな、早速行くわよ」
作戦通り俺は恵瑠と右から、加豪は天和と一緒に左から向かう。渡り廊下を進み、足音がならないように慎重に歩き自分たちの教室につく。おいおいおい、これで決まりか?
前の扉には俺たちが、後ろの扉には加豪たちがついている。犯人はまだ中だ。
一体誰だ? 誰だろうが絶対に捕まえてやる!
俺は加豪とアイコンコンタクトを取り、勢いよく扉を開けた。
「え」
しかし、そこにいた人物に俺の勢いは流されて、唖然と立ち止まってしまった。
なんで……。
「ミルフィア?」
「主?」
そこにいるカッターを片手に持つ見知った女子に、俺たちは見つめ合うことしかできなかった。