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第18話暴徒

 瞳には怒りではなく威圧を宿し、表情は侮蔑ではなく威厳を放ち、そして敵の刃を、片手で掴んでいた。


 驚いた。ミルフィアは神託物の炎を意に介すこともなく槍を掴んでいる。それに相手は狂信化で強化され、神託物の一撃は目でも追えない速さだったのに。それを、片手で容易く掴むなんて。


「グオオオオ!」


 銀二は獣性の声と共に槍を押し込んでくる。突然現れたミルフィアに驚く素振りは見られない。一心不乱に槍を押し込む。


 だが、一ミリも進まない。銀二の足は地面を耕すだけで一向に前には進めないでいた。


 そんな奴を前にして、ミルフィアは冷厳な目つきで宣告する。


「下がりなさい愚か者、王の前です」


 言葉の後、ミルフィアが手に力を入れる。


 それで、刃が砕け散った。


「グオオ!?」


 神託物を破壊する。理性のない銀二でもこの事態の異常性を理解したのかミルフィアから間合いを取った。すぐに新たな槍を出し、二本の神託物の矛先がミルフィアを狙う。


「ミルフィア、俺は、その」


 背中を向ける少女に、俺は掛ける言葉が見つからなかった。またも俺はミルフィアに助けられた。なんて言えばいい? 迷惑ばかりかけて。こんな時、なんて言えば。胸が苦しい。


「主、大丈夫です」


 なのに、ミルフィアは俺に振り返り、微笑んでくれたのだ。


「ミルフィア、危ない!」


 それを嬉しいと思う間もなく銀二が飛び掛かってきた。背後を振り向いた隙を突いた、完璧なタイミング。


 しかしそれを以てしてもあまりある、ミルフィアの絶技が閃いた。


 迫る一撃。それを見もせずに、ミルフィアは掴んだのだ。それは直感か、はたまた別のなにかなのか。

 ミルフィアは走り俺から離れる。銀二も後を追うが、それでも銀二の放つ両の槍撃は止まらない。それはもはや刺突ではなく壁だ。刃と炎の制圧攻撃。そもそも躱せる空間がない。逃げ場がない。これでは突かれるか燃やされるかのどちらかだ。


 しかし、そんな中でもミルフィアは健在だった。


 乱れ突く矛を全て見切り最小限の動きで躱していく。炎熱の余波には躊躇うことなく身を晒して。なのに肌には火傷が見られない。


 針地獄と炎獄の中を、ミルフィアは精悍な目つきのまま進み出した。


 歩く、近づく。間合いが狭まる。


 ミルフィアは片手を上げた。片手はそのまま振るわれて銀二を襲う。頬に直撃したのは少女の張り手一発。


 それだけで、ミルフィアを大きく上回る銀二の巨体は吹き飛び、土煙を上げ地面を数回転がっていった。


「まじか……」


 すごい。ミルフィアの力は一線を越えている。


「グゥウ……」


 銀二が起き上がる。獣のような声を漏らしミルフィアを見つめる。それでも今までのような勢いはなくなっていた。


 警戒しているんだ、それほどミルフィアは強かった。不意を突かれたとはいえ加豪でも苦戦したのに。それをこうも。


 ミルフィアに守られている。それを実感するたび不安がなくなり落ち着きを取り戻していく。


 しかし緊張が緩んだ俺を、銀二が睨んだ。


「ガアア!」


 危機感が全身を這い上がる。まずい! 槍が投擲された。


 躱せない。速すぎる攻撃に反応できない――


「主ー!」


 迫る神託物の一投。直撃を前にミルフィアの叫び声が聞こえた。そして目の前に彼女の背中が現れて、槍を受け止めた。


「ミルフィア!?」


 腰から地面に転んでしまったためにミルフィアを見上げる。どうやらミルフィアは両手で掴んでいたようですぐに槍を投げ捨てた。


 しかしすぐに二撃目が飛んできた。銀二は神託物を出すなり投げつけ、ミルフィアを遠距離から攻撃してきたのだ。何度も何度も、投げては出し投げては出し、連撃が止まらない。


 防戦一方だった。投擲される全てを掴んでは捨ての繰り返し。躱せないんだ、俺がいるから。ミルフィアの背中に隠れているから無事でいるものの、ここから出れば即座に串刺しだ。


 ミルフィアの防戦に銀二が突撃してきた。神託物一本を両手で握り、横薙ぎしてきたのだ。


「ぐっ!」


 ミルフィアが両腕を交えて受ける。躱せば俺に当たる。だから動けず、身を挺して俺を守ってくれた。

 それをいいことに銀二の攻撃は止まらない。何度も何度も、強打がミルフィアを襲う。


「もういいミルフィア、離れろ!」


 叫んだ、小さな背中に向けて。なのにミルフィアは退いてくれない。いつまでも俺のために攻撃を受けて。


 ふざけんな。

 ふざけんな。

 ふざけんな!


 なんだよこれは、なにしてるんだよ俺は!?


 なんで、大事な女の子一人救えないんだ!?


「そこまでよ」


 すると銀二の背後に加豪が回り込んでおり、雷切心典光を振り上げていた。


「さっきの比じゃないから、覚悟しなさい!」


 刀身に電流が渦巻いている。言葉の通りさっきまでとは電量が違う。もしかして、今までこれを溜めていたのか。


 加豪が神託物を振り下ろす。刀身は峰打ちだったが襲うのは極大の電流。肩を打たれた銀二から喉が擦り切れそうな悲鳴が上げる。全身を痙攣させた後硬直すると、背後に傾き倒れていった。巨体が地面に落ちドンと音がなる。


 決着がついた。緊張が解け、代わりにドッと疲れが押し寄せてきた。


「なんとか終わったわね、大丈夫?」

「俺は平気だ。それよりもミルフィア! 大丈夫か!?」


 すぐに起き上がりミルフィアに声を掛けた。あんな攻撃を何度も受けて、平気なはずがない。


「大丈夫です、主。私は平気ですから」


 ミルフィアが振り返り、そう言って微笑んだ。だが、見れば腕にあざがあり青く腫れていた。


「でもお前、腕怪我してるじゃねえか」

「これくらいでしたらすぐに治りますので。主のご心配には及びません」


 そうは言うが納得なんて出来ない。痛かったはずなんだ。叩かれたら誰だって、ミルフィアだって。見ていて、銀二の攻撃を耐えているミルフィアは辛そうだった。


 俺のせいだ。


 俺はミルフィアの腕を後悔の眼差しで見つめる。


 だが、すぐにあざがなくなっていった。まるでビデオの早送りのように傷が退いていく。


「お前……」

「大丈夫です、もう治りました」


 ミルフィアはまたも微笑んだ。傷を負った原因である俺に。


「それよりも、主にお怪我はありませんか?」


 大きな瞳が俺を向く。戦闘中の冷徹な視線とは打って変わって、ミルフィアの向ける眼差しは憂いに満ちている。純粋な心配を映す両目は宝石のようにきれいだ。


「ああ。お前のおかげでな」


 でも返事はどうしても暗くなる。俺のせいで傷ついたのも同然なのに、俺の心配までして。


「そうですか。主がご無事でなによりです」


 だっていうのに、俺が無事だと知ってホッとして、笑顔まで見せて。


「あ、その、ごめんなさい。私がついていながら」


 そこで神託物を消した加豪が近づいてきた。それを察しミルフィアが前に出る。すぐに表情を引き締め加豪を警戒していた。


「ミルフィア、大丈夫だ」


 そんな彼女を言葉で制し、俺はミルフィアに説明した。


「いいんだミルフィア、最初はいろいろあったがもう和解したんだ。だからそんなに警戒しなくてもいいさ」

「はい、そういうことでしたら」


 納得したミルフィアは構えを解き、表情からも険しさが退いていく。そのまま加豪と向き直った。


「さきほどは失礼しました。ミルフィアといいます。主の危機を感じたので現れましたが、それはあなたではありませんでした。ですので謝罪は不要です。むしろ感謝を。主のために戦ってくださりありがとうございました」

「別にいいわよ、ミルフィア。それに私も助かった、ありがとう。私のことは呼び捨て構わないわ」

「はい、加豪。改めてありがとうございまいた」


 小さくお辞儀するミルフィアに加豪は苦笑する。最初は敵対していも傍から見ている分には仲が悪そうには思えなかった。一度は戦った仲で想い通ずるところでもあったのか、徐々に接していけば友達になれるんじゃないだろうか?


 そんな希望的な目で二人を見つめていた。


「どうしたのですか!? 一体なんの騒ぎです?」


 するとヨハネ先生が慌てて走ってきた。さすがにこの騒ぎだからな。もしくは逃げ出した男たちが知らせたのか。駆け寄ってきたのは他にもおり騒ぎを聞き付けた生徒が野次馬となって集まっていた。

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