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第17話狂信化

「信仰心が自制心を超えたのよ! 信仰心が暴走して、理性が働いてない。その分信仰心が無秩序に増大するけど、とても危険だわ!」


 耳をつんざく大声はもはや獣のようで、悪い何かに憑りつかれているようだ。暴れる勢いで銀二は叫ぶが、途端に片手を前に翳した。


「我が神リュクルゴスよ、我に力を貸し与えたまえ。至上の神理に、我が心を捧げん」


 それは詠唱。神託物を出現させる時特有の準備動作だ。


「神託物招来(しょうらい)!」


 銀二は現れる光の像を手に掴み信仰心を実体化させる。


「三牙槍(さんがそう)!」


 銀二は神託物を手に取った。そこにあるのは矛先が三つある長槍。刃が十字になっている。さらには刃を青い炎が覆っていた。


「強くならなければならない! 誰よりも強く! 俺より強いものなどあってはならない! 死ね、俺以外が死ねば、俺が最強だぁ!」


 見開かれた瞳はもはや誰も見ていなかった。目につく者から襲い掛かり、仲間だろうがお構いなし。身近にいたというだけで斬りつけていく。


「た、助けてくれえええ!」「熊田さん、正気になってくださいよぉお!」「逃げろ、襲われるぅ!」


 銀二の狂態に仲間は悲鳴を上げて逃げ出していく。


 おい、かなりやばいんじゃないのか!?


 銀二は逃げる仲間を追おうとはせず、今度は俺に向かって襲いかかって来た!


「死ねぇええ!」


 くッ!


「雷切心典光(らいきりしんてんこう)!」

「加豪!?」


 迫る十文字槍の刺突。それを止めたのは、横から入った加豪の雷刃だった。


「離れてなさい神愛! 本当に危険だわ!」

「でもそれじゃお前が!」

「私はいいから!」


 俺の心配を払い除け加豪が銀二の前に立つ。俺を庇う形で、瞳には加豪の力強い背中が映っていた。


「シネエエエ!」


 銀二は叫ぶと槍を構える。乱暴な言動は自意識があるのかも疑わしい。


「自分の弱さを認められないなんてッ。琢磨追求の一人として言うわ。あなたは間違ってる!」


 信仰が暴走している銀二に加豪は吠えた。神の力を握る両手は力強く、目の前の狂信者に刃先を突き付ける。


 両者の神託物が並ぶ。そして、激闘の火蓋が切られた。


 加豪の剣撃と銀二の刺突が交錯する。舞台は渡り廊下の外、校舎間の固い地面に移る。剣風と熱波が空間をかき混ぜ炎熱と雷光が乱舞する。木々が大きく揺れ地面が焦げた。電撃の破裂音は離れていても凄まじく、鼓膜を太鼓のように叩いてくる。


「加豪!」


 心配から声を掛けるが加豪から返事はない。それどころではないのは見て分かっているのに、なぜか口が動いてしまう。


「くそ、どうする!?」


 渡り廊下から二人の戦いを見つめる。信仰者の戦いに無信仰者の俺が加勢しても足手まといになるのは目に見えている。では助けを呼びに行くべきか? だが、加豪を一人残すのも気が引ける。くそ、どうすればいい!?


 そこで思い浮かぶ顔があった。


 ミルフィア。あいつに頼めば助けになってくれるはずだ。俺が呼べばすぐにでも現れるだろう。


 でも、それでいいのか? なにか困ったことがあればミルフィアに戦わせるって、それじゃまんま奴隷じゃないか。


 良い訳がない。もう何度も助けてもらったんだ、いつまでもあいつに頼ってはいられない。俺がなんとかしないと!


「ウオオオオ!」


 俺の意識を引き起こすように銀二の叫びが上がる。


 加豪と銀二の間で激しい戦闘が繰り返されていく。互いに扱うのは神託物。神の力の一つ。


 銀二が放つ攻撃はただの刺突じゃない。纏う焔は巨大で、たとえ刃を躱しても炎で焼かれる。加豪は刺突を刀で弾くが同時に体捌きも行っていた。それでも完全ではなく熱波が皮膚を焼く。銀二の槍の軌跡には炎が尾を引き、もはや奴の周囲が高温の結界だ。


 それでも。


 加豪は、前に出た。


 神の贈り物を使うのは銀二だけじゃない。加豪の手にも、彼女の鍛錬が生んだ純正の神器がある。


「はあああ!」


 加豪が気炎と共に刀を振り下ろす。瞬間、稲妻が鳴り響いた。


 刀身から迸る電流が銀二を襲う。全身を蹂躙する感電の苦痛に悲鳴が起こる。さらに加豪は斬りつけた。真上からの渾身の一撃。銀二もすぐに槍で受け止める、が。


「ギャアアア!」


 刀身は電気を纏う雷刃(らいじん)。接触すれば当然感電する。加豪の神託物、雷切心典光の真髄と言えるだろう。躱しても迸る電流が襲い掛かり受け止めれば雷の奔流が防御を無視する。


 いける。俺でなくともここにいる人間なら誰しもそう思うはずだ。


「グオオオオオ!」


 しかし、加豪の電撃に苛まれているのに銀二が叫んだ。それは悲鳴なんかじゃなく戦意の咆哮だった。

 戦うことしか頭にない。それしかないんだ。


 それは理性を捨て神理に埋もれ、人ではなく『信仰そのもの』になっていくような、そんな印象。


 もしそうなら信仰心の上昇は止まらない。神理に近づけば近づくほど歪ながらも銀二は神化(しんか)によって強化されていく。


 銀二が片手を槍から放した。力尽きたのか? 違う。


 銀二はさらに、二本目の三牙槍(さんがそう)を取り出したのだ。

「くっ!」

 銀二が加豪の刃を押し返す。その隙に二本目を横に薙ぎ柄の打撃が加豪の横腹を急襲した。


「がぁ!」

「加豪!」


 顔を顰め加豪が膝をつく。それで迷いが吹っ切れた。考える暇もなく俺は渡り廊下から飛び出した。


「ふざけんなよてめえ!」


 全力で体を動かす。加豪を守る気持ちと敵に対する怒りが足を走らせる。


「来ちゃ駄目神愛ー!」


 加豪の必死な制止も無視して二人の間に立ち塞がる。俺は拳を構えて銀二を睨んだ。対決に気持ちが荒ぶる。加豪を背にして負けられないと闘志が奮えた。


 間を空けず銀二の槍が伸びる。躱して懐に踏み込もうとするが、しかし、無駄だった。


 速い。狂信化によって放たれた槍は目から消え、視認出来ないほどの速さだ。やばい!


「そこまでです、武器を下ろしなさい」


 瞬間だった、矛先が眼前で止まったのだ。俺はすぐに離れ、固まっていた顔をそっと横に移す。そこにいたのは、


「ミル、フィア……」


 小柄な体に金髪をした小女、ミルフィアだった。

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