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第60話連行


 一方その頃。

 ゴルゴダ美術館の中、ミルフィアたちは通路の隅から螺旋階段を昇る二人を見上げていた。

 その中の一人、ミルフィアがなにやら真剣な表情をしている。

「んん……」

 と思うと、視線を下げてため息を吐いた。

「はあ……」

 が、なにを思ったのか首を横に振って見上げる。

「いやいや!」

 が、すぐに俯きため息を吐く。

「はあ」


 が、すぐに顔を横に振る。

「そうではなくて!」

 が、すぐに俯きため息を吐く。

「はあ……」

「ねえミルフィア、無理してない?」

 挙動不審なミルフィアに加豪(かごう)が心配している。それでミルフィアは慌てて振り向いた。

「な、なんのことですか。私は主と恵瑠(える)に危険がないか見張っているだけです」

「ミルフィアの方が心配なんだけど」

「ミルフィアさん深刻ね」

「そんなことはありません!」


 ミルフィアはきっぱり言い切った。しかし思うところがあるのか、表情は少しだけ寂しそうになった。

「ただ、思えば私と主で遊んだことはないなと、見ていて思ったんです」

 ミルフィアの視線が螺旋階段の二人へ向かう。それを見上げるミルフィアの目はどこか切なそうだ。

「私は主の奴隷です。そんな自由は許されないとそう自分を戒めていましたが、それが正しかったのか最近では悩むんです」


 ミルフィアは変わった。この学園で三人の友人に囲まれ、同じ生徒として神愛のそばにいる。そうした時間の中でミルフィアの意識は少しずつだが形を変えていった。だが、その変化に彼女自身が躊躇い怯えている。

「ならさ、今からでも一緒に行っちゃいなよミルフィア。三人でも別にいいじゃない」

「え?」


 と、そこへ言われた加豪(かごう)の一言にミルフィアの表情がドキリとする。今からでも一緒に。甘美な期待が胸に沸く。が、ミルフィアは慌てて顔を横に振った。

「いえ! 二人を見張るのは主から言われた任務です。しっかり果たさなければ。それに、やはり奴隷である私が遊び目的などいいはずがありません」

「まったく、相変わらずそこは頑固なのね」

 本人が一緒にいたがっているのは丸分かりなのに、その当の本人がこれでは先が思いやられる。

 ミルフィアは視線を下げた。まるで過去を振り返っているのか、思い詰めたような顔だった。

「そうです、私は別に……」


 なぜ、ミルフィアは奴隷にこだわるのか、それは誰も知らない。けれど本人は思い苦しんでいた。

 ミルフィアの胸中を巡る想い。

 収束(しゅうそく)されるひとつの結論。

 それがミルフィアを縛り付ける。

(私が、幸せになっていいはずがないのだから)

 その思いから、ミルフィアの表情は暗かった。

「でも、それだと一生二人で遊ぶことはないわよね。これからずっと」

「…………」


 が、そんなミルフィアに天和(てんほ)がボソっとつぶやく。ミルフィアの顔がズンと固まる。

「これからずっと」

「…………」

「ああして宮司君は誰かと楽しそうに遊んでいるのを木陰から覗いているだけね。これからずっと」

「…………」

「…………」

「…………」

「これからずっと」

「…………」

「…………」

「…………」

「ま、私はどっちでもいいけど」

「くっ!」


 ドン!

 天和(てんほ)の言葉に悔しさを耐えきれずミルフィアが壁を叩く!

 と、その衝撃で一枚の絵が落ちてしまった。

「あ」

「あ」

「落ちたわね」

「ちょっとそこの君、なにしているんだね」

「え!?」

「え!?」

「気づかれたわね」


 それに気づいた警備員が駆け寄ってきた!

「こんなことをしたら駄目じゃないか。ちょっと部屋まで来てくれるかな」

「ちょっと待ってください! 私は今重要な――」

「そういうのも後で聞くから、まずは付いてきなさい」

「もう、ミルフィアなにしてるのよ!」

「ミルフィアさん残念だったわね」

「待って下さい! 私は今大切なことを、ちょっと、主ぃいいいい!」

「静かにしないさい、ここ美術館だよ。三人はお友達? 浮足立つのも分かるけどしていいことと悪いことくらい分かるよね」

「え、私もですか?」

「私はどっちでもいいけど」

「主ぃ(小声)!」

 ミルフィアの叫び声も虚しく、三人は警備員さんに連れられて行くのだった。


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