「よし! ナギちゃんも無事に起動したし、さっそく現状把握からはじめようか」
「えっ、このキモメイドって、ただのデスクトップアクセサリじゃないの?」
ユカが突っ込んできた。このメイドが気に食わないのか、なんだか評価が低いなぁ。まあいい、説明してやろう。
――こんこんと説明……いや、俺はそういうの苦手だ。
えみりーちゃんにお願いしよう。
「ユカりん……、これはね、篠原くんのコーディングのくせや、今までの成果を参照しつつ、新しく勝手にアプリを作ったりも出来る汎用人工知能支援エージェントなのよ」
「へぇ……まぁ、今どきの生成人工知能なら、それくらいの事はできそうだけど……」
うん、ユカの反応は至極一般的だな。
「ナギちゃんのすごいところはね、篠原くんの家にあるメインフレームコンピューターと数10台のサブシステム・サーバーに膨大なデータがあるんだけど、それと連携しているところなのよ。まぁちょっとしたスーパーコンピューターね」
「家というより、うちの店……喫茶店の裏のプライベートルームにだけどな」
えみりーちゃんの説明に一言付け加えた。
「あーっ! もう引退したとか言って、店の裏にそんな部屋があるなんて……やっぱウィザードはウィザードだなぁ」
「まぁな、仕事で客先常駐とか、頭が痛くなる汚いコードを読むのは、もう御免って思っていたけどな。自分で何かやるのまで嫌いになったわけじゃないからな」
◯
「それじゃあ、ユカりんにも手伝ってもらわないとだから、ノート
「いえ、
「じゃあ、最新の『
「……俺もどっちでもいいけど、できれば『
「ウィザードったら、相変わらず
「でもまあ、いまやナギちゃんがあれば、キーボードもタッチパッドもそんなに使わないしどっちでもいいけどな」
そう、『汎用人工知能支援メイド・ナギちゃん』は、音声認識、音声出力、推論、映像出力まで、なんでもアリな、まさに汎用メイド! 目をつむっていて横にゴロンとしていても、インプットもアウトプットも思いのままだ。
「じゃあ、ナギちゃん……早速だけど、今、横浜で何が起きているか把握できるか?」
ポーン!「相変わらず、篠原さんはメイド使いが荒らいですねぇ。やれやれ……」
「ぷぷ……そのナギちゃんって呼びかけ、おっさんがやると非常にビジュアルがキモいんだけど、なんとかなんない? ぷぷぷ……」
「……うるさいなー、俺の好きなようにやらせろよ! なんなら美少年執事モードを作ってやってもいいぞ? カイトって名前もある」
「えっ、そんなのあるの? ドキドキ……」
「いや、冗談……。ただ見た目を気にするならいくらでも作り変えられるぞ。それもナギが自分で勝手に作ってくれるし」
「それじゃ、いまの問題が片付いたらその『少年執事・カイト』、私用に作ってよ」
やっぱり美少年に食いついたか。しゃーない、仕事が捗るならなんでもありだよな。
ポーン!「まずは神奈川県警のサーバにアクセスをしてみましょう。あっ、念の為ロンドンのVPSを経由してアクセス元の偽装はしておきますね。ふんふんふーんっと」
ポーン!「あっ、やばい! 神奈川県警のサイバーパトロールに見つかった! てへ!」
「おぃぃぃぃ、なにやってんだよナギちゃん! 『てへ』……じゃねーよ!」
ポーン!「きっついウィルスを仕掛けてサーバ落としますね! えいっ、これでアクセス元を特定されるまで、ちょっとは時間がかせげます。やったねナギちゃん!」
「ちょ、そんな事たのんでねーぞ? なんかお前おかしくないか?」
まずいなぁ、うちのナギちゃんまでなんか様子がおかしい……。もしかしたら市区町村役場システムと同じ原因かなにかが……。
◯
「どうしたんですかあ? なんか大きな声が聞こえてきたので、気になってきちゃいました」
佐竹ちゃんと山之内が、事務室の入口でひょっこり顔を覗かせていた。
「ああ、ちょっとな……この停電と、防災無線の異常な警報の原因を調べようとしているんだが……」
「嬢ちゃん、チャーハンは美味しかったかい? またうちの店に連れてきてもらうといいよ」
えみりーちゃん……佐竹ちゃんは幼く見えるけど、一応社会人だぜ……。
「それより……ちょっとナギちゃんが……おかしいみたいなんだが……みんな一旦、自宅に戻ったほうがいいかもしれない。横浜は、あぶないかもしれないぞ……」
「ちょっと待ってな……」
えみりーちゃんがスマホを取り出して、どこかに連絡を取っているようだ。
「――ああ、私だ……。そう……そう。ああ、やっぱり! そっちも停電しているか……うん、わかった。ありがとう、お前も気を付けてな……」
通話が終わったようだ。
「いま横浜駅前の、一郎系インスパイアらーめん屋の店長をやっている弟に、聞いてみたんだが、横浜駅の電車は動いているみたいだよ。東京方面なら京浜東北線で帰れそうだ。東急東横線は駄目みたいだけどね」
あいかわらず状況判断と行動が早い。助かる。
「横浜はヤバそうだし……佐竹ちゃん、佐藤さん、あとどうでもいいが、山之内も……一旦自宅に戻れ」
「どうでもいいはひどいですね。しかし確かに、ここでこうしていてもしょうがないですね。私は自宅が町田なので帰れるかもしれない。一旦『らんらんマークタワーに戻って、他の社員の様子を見てからまた連絡します」
なんだ山之内のやつ、案外まともそうだな。
「では私も一旦新宿御苑前の事務所に寄ってから……あと、関係官庁に問い合わせを入れて、現状確認をしておきますね。私もあとで連絡しますね」
「うん、そうするがいい。私と、篠原くんは、このままここで徹夜で調査と対応策を考えよう。いいね? ユカりんはどうする?」
「私がここで帰ったらウィザード……怒るよね? 大丈夫! 私も手伝うよ」
「いや、別に怒りはしないけど、いいのか?」
「私がウィザードを巻き込んだようなもんだしね。とことん付き合うよ」
「よし、それじゃあ、一旦解散! ということで……」
「そういえば『とぅとと』さんが、なんか用事があるとかで、さっき帰っちゃいましたよう」
佐竹ちゃんが、思い出したようにそう言うと……。
「なんだよ、とぅととのヤツ、ろくに話もせずに帰っちゃったのか……。久しぶりに顔を見せたと思ってたのに……」
なんだか寂しそうに、えみりーちゃんが静かにそうつぶやいた……。
「あっ、あの……私、何かお手伝い出来る事ありませんか?」
佐竹ちゃんが、不安そうなか細い声で俺に聞いてきた。
「佐竹ちゃん……一旦帰ったほうがいいよ。ここは俺達が……」
「いえ、私の家は『本牧』なんで、どのみち横浜からは脱出できるわけではないので……」
「なんだ、佐竹ちゃん本牧に住んでるの。一人暮らし? それだったら、ここにいたほうがいいかもね」
えみりーちゃんが本牧に住んでいると聞いて目が輝きだした。近頃の若い子は、横浜って言ったら『みなとみらい』とか『関内』あたりのマンションに住みたがるもんだが。
「佐竹ちゃん、わかってるねえ。横浜っていったら元町と本牧よ!」
―― つづく ――