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第6話 汎用人工知能支援メイド・ナギちゃん

「よし! ナギちゃんも無事に起動したし、さっそく現状把握からはじめようか」

「えっ、このキモメイドって、ただのデスクトップアクセサリじゃないの?」

 ユカが突っ込んできた。このメイドが気に食わないのか、なんだか評価が低いなぁ。まあいい、説明してやろう。


 ――こんこんと説明……いや、俺はそういうの苦手だ。


 えみりーちゃんにお願いしよう。

「ユカりん……、これはね、篠原くんのコーディングのくせや、今までの成果を参照しつつ、新しく勝手にアプリを作ったりも出来る汎用人工知能支援エージェントなのよ」

「へぇ……まぁ、今どきの生成人工知能なら、それくらいの事はできそうだけど……」

 うん、ユカの反応は至極一般的だな。


「ナギちゃんのすごいところはね、篠原くんの家にあるメインフレームコンピューターと数10台のサブシステム・サーバーに膨大なデータがあるんだけど、それと連携しているところなのよ。まぁちょっとしたスーパーコンピューターね」

「家というより、うちの店……喫茶店の裏のプライベートルームにだけどな」

 えみりーちゃんの説明に一言付け加えた。

「あーっ! もう引退したとか言って、店の裏にそんな部屋があるなんて……やっぱウィザードはウィザードだなぁ」

「まぁな、仕事で客先常駐とか、頭が痛くなる汚いコードを読むのは、もう御免って思っていたけどな。自分で何かやるのまで嫌いになったわけじゃないからな」


   ◯


「それじゃあ、ユカりんにも手伝ってもらわないとだから、ノートPCパソコンを出してくるね。ユカりんはmacマックの方がいいんだっけか?」

「いえ、WINウィンドウズでもmacマックでもならどっちでも平気ですよ」

「じゃあ、最新の『MBPマックブック・プロ』にしときますか。バッテリーの持ちもいいし快適だよ。篠原くんは……」

「……俺もどっちでもいいけど、できれば『Arch・Linuxアーク・リナックス』が入ってるノートがいいなぁ」

「ウィザードったら、相変わらずLinuxリナックス派なんだね。しかも主流派じゃないディストリビューションを選ぶとは……」

「でもまあ、いまやナギちゃんがあれば、キーボードもタッチパッドもそんなに使わないしどっちでもいいけどな」


 そう、『汎用人工知能支援メイド・ナギちゃん』は、音声認識、音声出力、推論、映像出力まで、なんでもアリな、まさに汎用メイド! 目をつむっていて横にゴロンとしていても、インプットもアウトプットも思いのままだ。


「じゃあ、ナギちゃん……早速だけど、今、横浜で何が起きているか把握できるか?」


 ポーン!「相変わらず、篠原さんはメイド使いが荒らいですねぇ。やれやれ……」


「ぷぷ……そのナギちゃんって呼びかけ、おっさんがやると非常にビジュアルがキモいんだけど、なんとかなんない? ぷぷぷ……」

「……うるさいなー、俺の好きなようにやらせろよ! なんなら美少年執事モードを作ってやってもいいぞ? カイトって名前もある」

「えっ、そんなのあるの? ドキドキ……」

「いや、冗談……。ただ見た目を気にするならいくらでも作り変えられるぞ。それもナギが自分で勝手に作ってくれるし」

「それじゃ、いまの問題が片付いたらその『少年執事・カイト』、私用に作ってよ」


 やっぱり美少年に食いついたか。しゃーない、仕事が捗るならなんでもありだよな。


 ポーン!「まずは神奈川県警のサーバにアクセスをしてみましょう。あっ、念の為ロンドンのVPSを経由してアクセス元の偽装はしておきますね。ふんふんふーんっと」

 ポーン!「あっ、やばい! 神奈川県警のサイバーパトロールに見つかった! てへ!」


「おぃぃぃぃ、なにやってんだよナギちゃん! 『てへ』……じゃねーよ!」


 ポーン!「きっついウィルスを仕掛けてサーバ落としますね! えいっ、これでアクセス元を特定されるまで、ちょっとは時間がかせげます。やったねナギちゃん!」


「ちょ、そんな事たのんでねーぞ? なんかお前おかしくないか?」

 まずいなぁ、うちのナギちゃんまでなんか様子がおかしい……。もしかしたら市区町村役場システムと同じ原因かなにかが……。


   ◯


「どうしたんですかあ? なんか大きな声が聞こえてきたので、気になってきちゃいました」

 佐竹ちゃんと山之内が、事務室の入口でひょっこり顔を覗かせていた。

「ああ、ちょっとな……この停電と、防災無線の異常な警報の原因を調べようとしているんだが……」

「嬢ちゃん、チャーハンは美味しかったかい? またうちの店に連れてきてもらうといいよ」

 えみりーちゃん……佐竹ちゃんは幼く見えるけど、一応社会人だぜ……。

「それより……ちょっとナギちゃんが……おかしいみたいなんだが……みんな一旦、自宅に戻ったほうがいいかもしれない。横浜は、あぶないかもしれないぞ……」


「ちょっと待ってな……」

 えみりーちゃんがスマホを取り出して、どこかに連絡を取っているようだ。


「――ああ、私だ……。そう……そう。ああ、やっぱり! そっちも停電しているか……うん、わかった。ありがとう、お前も気を付けてな……」


 通話が終わったようだ。


「いま横浜駅前の、一郎系インスパイアらーめん屋の店長をやっている弟に、聞いてみたんだが、横浜駅の電車は動いているみたいだよ。東京方面なら京浜東北線で帰れそうだ。東急東横線は駄目みたいだけどね」

 あいかわらず状況判断と行動が早い。助かる。


「横浜はヤバそうだし……佐竹ちゃん、佐藤さん、あとどうでもいいが、山之内も……一旦自宅に戻れ」

「どうでもいいはひどいですね。しかし確かに、ここでこうしていてもしょうがないですね。私は自宅が町田なので帰れるかもしれない。一旦『らんらんマークタワーに戻って、他の社員の様子を見てからまた連絡します」

 なんだ山之内のやつ、案外まともそうだな。

「では私も一旦新宿御苑前の事務所に寄ってから……あと、関係官庁に問い合わせを入れて、現状確認をしておきますね。私もあとで連絡しますね」

「うん、そうするがいい。私と、篠原くんは、このままここで徹夜で調査と対応策を考えよう。いいね? ユカりんはどうする?」

「私がここで帰ったらウィザード……怒るよね? 大丈夫! 私も手伝うよ」

「いや、別に怒りはしないけど、いいのか?」

「私がウィザードを巻き込んだようなもんだしね。とことん付き合うよ」


「よし、それじゃあ、一旦解散! ということで……」


「そういえば『とぅとと』さんが、なんか用事があるとかで、さっき帰っちゃいましたよう」

 佐竹ちゃんが、思い出したようにそう言うと……。

「なんだよ、とぅととのヤツ、ろくに話もせずに帰っちゃったのか……。久しぶりに顔を見せたと思ってたのに……」

 なんだか寂しそうに、えみりーちゃんが静かにそうつぶやいた……。


「あっ、あの……私、何かお手伝い出来る事ありませんか?」

 佐竹ちゃんが、不安そうなか細い声で俺に聞いてきた。

「佐竹ちゃん……一旦帰ったほうがいいよ。ここは俺達が……」

「いえ、私の家は『本牧』なんで、どのみち横浜からは脱出できるわけではないので……」

「なんだ、佐竹ちゃん本牧に住んでるの。一人暮らし? それだったら、ここにいたほうがいいかもね」

 えみりーちゃんが本牧に住んでいると聞いて目が輝きだした。近頃の若い子は、横浜って言ったら『みなとみらい』とか『関内』あたりのマンションに住みたがるもんだが。


「佐竹ちゃん、わかってるねえ。横浜っていったら元町と本牧よ!」


          ―― つづく ――

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