ユカが俺の店に来た時に話していた、「市区町村役場システム」の、人工知能不具合と、「らんらんマークタワー管理システム」「横浜市防災無線システム」の、おかしな警報。そして、俺のUSBから起動した「汎用人工知能支援メイド・ナギちゃん」の、でたらめな動作……。あきらかにおかしい。
腕を組み、天井を見上げながら「うーんうーん」と
「ほら! 篠原くん御注文の『
「……ありがてえ、やっぱ俺はこれでなくちゃな!」
まぁ、ここには絶対にあるだろうなと、分かっていて頼んだのだけどな。スッと、出てくるところは、さすが「
「……そうだ!」
「どうした? 篠原くん、大きな声だして……」
「第三世代衛星通信を切断しておいてくれ。一旦、ここのナギちゃんをスタンドアローンにしないと危険かもしれない。さっき県警のサイバーパトロールが、なんとか言ってたし、ちょっとまずいかもな」
「うん、わかった。それじゃ、ルーターも止めて、完全にインターネットからも分離しておいたほうが良いね」
このままにしておくとナギちゃんが勝手に、あちこちに「きっついウィルス」をばらまきかねんからな。
「そういやモデム(※)ってまだ動作するやつ残ってる? 今は、あれが一番安全かもしれない」
「モデム? うーん、もうずっと使ってなかったからなぁ……。動くかどうか分からないけど、ちょっと物置部屋を探してみるよ。捨てた記憶がないから……多分あるはず」
そして、ユカと佐竹ちゃんにも、ノートPCが用意された。
「それじゃ二人には、スマホのテザリング共有でネットにつなげて、まだ生きている横浜関連のサーバから情報をあさってくれ」
「わかった! こりゃあ長い夜になりそうだ……」ユカはなんだか楽しそうに、俺の顔をみながら親指で「ぐっ!」と合図した。
「私は、SSHで会社のサーバに入れるか調べてみますね」
佐竹ちゃん、ぼーっとしているようで、いいところ突いてくるねえ。期待が高まるね。
そして俺は、ノートPCを使って、一先ずはナギちゃんを起動しているUNIXワークステーションに直接リバースLANケーブルを指してログインした。
*
――朝チュン(AM5時0分)
俺と、えみりーちゃんは、さすがに徹夜は
しかし、ユカと、佐竹ちゃんは、まだ目がギラギラしている!
ユカなんて、カロメをかじりながら鼻歌まで歌っている!
佐竹ちゃんは、机に肘をついて、画面をぼーっと眺めながら、マウスだけをすごい勢いで動かしている。
シュッシュッシュッ、ゴリゴリゴリゴリゴリ……。
うーん、若いっていいな。
えみりーちゃんが、疲れて店のテーブルにもたれかかっていると、外がさわがしい事に気がついた。
「ん? なんだか店の外が騒がしいね。こんな早い時間から、なにやってんだ?」
ガララッ! 店のドアが勢いよく開いた。
「
炎上? 日本語のあやしいじいさんが、一生懸命に日本語で話かけてきた。
向かいの店「上海亭」が燃え上がっていた。いや、火事だ! 逃げなきゃ!
「はぁぁぁぁ? またぁ?」
えみりーちゃん、びっくりして飛び起きた。てか、またなのかよ。
「篠原くんたち、ノートPCと自分のカバンもって、すぐに店の外にでな! 避難しないと!」
「えみりーちゃんはどうすんだよ!」
と、俺が聞くと、「店や、古い機材なんかはどうでもいいが、調査続行には絶対かかせない大容量バッテリーを、配電盤からはずして持ち出すんだよ」と説明してきた。
「あ……、そっか。俺も手伝うよ」
「ああ、たのむよ。さすがに重いからね、助かるよ」
「あーあと、移動衛星アンテナも一応持っていこう。ほら、そこにあるゴロゴロキャリーケースにくくりつけて……」
機材一式を店外に持ち出し、一旦避難しようと思ったその時、二人の男が声をかけてきた。一人はいかにもベテラン然とした初老の男だが、肩にジャケットをひっかけてタバコをふかす、ちょっとイカす……いやな野郎だ。もうひとりは、若造。短髪でツーブロックなのが気に食わん。いや、俺の個人的な感想なんで気にするな。
「エミリー・チャン、久しぶりだな。お、篠原も一緒か」
ちょっと困ったなという顔で、「こんな時間なんの用だい? まだ開店前だよ」と返事をした。
「誰です?」と、佐竹ちゃんが俺に顔を寄せてヒソヒソと聞いてきた。
あまり関わりたくない男なんだよなあ。
「こいつは刑事で、陳香楼によく食べに来る客だよ」
「刑事さんですかあ。ここの料理美味しいですもんね」
「おう、美味いよな。ちょくちょく寄らせてもらってる。オレの事は『サンダーボルト・ジョウ』と、呼んでくれ」
「なーにがサンダーボルトだ。『
「その太陽に吠えそうな、熱い人間っぽい呼び方はよせ!」
「えっえっ? イナズマ? 色んな愛称があるんですね。」
「違うわ! 本名だ。まあ珍しい苗字かもしれんがな。地元宮城じゃあ、ありふれた苗字なんだぜ……」
もう何度も聞いたわ、その話。俺は、
「上海亭、これで何度目のボヤ騒ぎだ? 店の前で焚き火すんなって言われてるだろうに。それはいい。まさかこんなタイミングで篠原の旦那がここにいるとはねえ。」
「何の話だ? 旧友の家に遊びに来ているのがおかしいか?」
この男、神奈川県警捜査二課の
二課の刑事が所轄の若い刑事を連れ立って来るという事は、えみりーちゃん……またなんかやっちまったか?……まてよ?
「……!」
いや、違う。あれだ! 昨夜にナギちゃんが言ってた「県警のサイバーパトロール」関連か? いや、そんなすぐ足がつくわけが……ここはすっとぼけておくか?
「篠原の旦那には、ちぃとばかしお尋ねしたいことがありましてね。ちょっとそこの警察署に来てもらえませんかねえ」
「ふーん、なんだかよくわからんが話くらいは聞いてやらんこともない」
―― つづく ――
(※1) モデムは、パソコンからホストコンピュータに接続し通信するための機器。