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第9話 ある男の生き様

 ある一人の男性プログラマが自らの命をたった。

 ある時はネットゲームでのパーティ仲間、ある時は酒を飲みながら愚痴をこぼす飲み仲間、そしてその男は、数々の炎上案件を共に戦った戦友でもあった。

 ここ暫くは、会って話すことも少なくなっていたが、友人だと思っていた。同じ氷河期を生き残った仲間と思っていた。

 だが彼は、俺には何の相談もなく死んだ。


 その男の名は「とぅとと」。もちろん本名ではない。ネットゲーム上でのハンドルネームだ。


 ――皆の顔つきが変わった。


「とぅととさんが自殺って、なんで……しかもらんらんマークタワーのエントランスで……」

 佐竹ちゃんが口に手をあて、不安そうな顔で困惑していた。

「ユカ……、お前は、何か聞いてないか? 俺は昨日久しぶりに顔を見ただけで何も知らないんだが……。そういやユカも同じ職場だったし、何か……」

 俺がそう言うと、ユカは答えた。

「いや、私は何も……いつもどおりパソコンに囲まれて黙々と一人でキーボードを叩いてたのは見ていたけど……。

 そこにはなんの感情もなかった。まあユカにとっては「とぅとと」は同じ現場の「ただの同業」って感じだからそうかもしれないが。

「えみりーちゃんは……」

 俺の問いかけに、顔を横にふるだけだった。


「稲妻さん……これは……」

「ああ、これはまずいな……」

 稲妻刑事と、王刑事が目で何かを合図したかと思ったら立ち上がり、そそくさと帰り支度を始めた。


「サンダーボルト・ジョウよ、どうしたんだい? 慌てて……」

 セブンスターの煙をくゆらせながら、えみりーちゃんが呟いた。


「いや、その『とぅとと』というのは、『戸澤裕二』の事だろう? ちょっとな」

 稲妻刑事が、とぅととの本名を言うと……。

「そうそう! その戸澤さん! なんで自殺なんか……」

 ああ、佐竹ちゃんは流石に本名を知っていたか。いや、忘れていた俺がどうかという話か。ん? 戸澤……。


「さっきの脅迫状の件で、そいつは最重要参考人として行方を追っていてな、昨日らんらんマークタワーに向かったところ、あの騒ぎだろ。探していたのだが、陳香楼にちょくちょく顔を出していたという話を同僚から聞いていたので、ここにきたってわけだ」

「稲妻さん……部外者にあまり捜査情報を話すのはちょっと……」

「部外者なもんか、こいつら全員身内みたいなもんだろ」

「うーん、そうなのかなぁ……関係なさそうだが……」

「どっちにしろここでこうしていてもしょうがない。捜査一課に締め出される前に俺達で、現場を確認しておきたい。いくぞ王刑事!」

「はっ、はい」

「じゃな! 俺達は急ぐんでこれで!」

「あとで、事情を伺うかもしれませんので、エミリー・チャンさん、携帯電話の電源は切らないようにお願いします」


 ――そういうと二人の刑事は、現場に直行した。


「で、篠原くんたちどうする? 停電もなおったみたいだし、一旦解散するかい?」

「そうですね、私は今日は職場に出られなさそうだし、本牧の自宅のアパートに戻ります」

「ユカはどうする? 俺は、一旦店に戻るかな……」

「私も……そうね、自分のマンションに戻ってあとでスプートニクに顔を出すわ」

「んじゃそうすっか……」


 ――プルプルプル……プルプルプル……。


今度は俺のスマホが震えた。着信音が嫌いなので常にバイブモードだ。営業の佐藤さんからだった。


「はい、俺だ、篠原だ。佐藤さんどうした? 俺のスマホに電話をかけるなんて珍しいな」

「何呑気な事言ってるんですか。ちょっと聞いてくださいよ。あの『とっとと』さんが自殺したらしいんですよ。ああ、私どうしよう……」

 佐藤さんが、オロオロしているのは珍しい。ちょっとどんな顔をしているのか見てみたい気がする。たぶんかわいい。


「まあ落ち着け。その話は山之内から、佐竹ちゃん経由で俺もさっき知ったばかりだ」


「……彼ね、うちとは直契約じゃなくて間に何社も偽装請負会社が入ってたんだけど、聞いてびっくりよ。なんと5社! 5社よ? 信じられる?」

「アイツらしいなあ。相変わらず自分の売り方が下手なやつだ」

 アイツも面談とか苦手だったからなあ。面談や面接でのコミュニケーション能力の瞬間芸大会が嫌いなのは俺も同じだが。


「それでね、うちではひとつ上の会社に月120万円支払っていたのよ。まあ彼の実力なら妥当な金額だったのだけれど……」

「うん、まあまあだな。しかその割にはいつも金に困ってたなあ。最近はあまり話はしてなかったが」


「それでね、あのね……ちょっと、気になって全部の会社にコンタクトを取ってみたのよ。そしたらね、最終的に彼が受け取っていた報酬が月30万円だったのよ。しかも税込、交通費諸々込で……」

「な、なんだって? いくらなんでも安すぎだろ。それじゃ確かに生活苦しいわな」


「……もしかして彼、お金に困って生活苦で……こんなことなら、多少強引にでもうちでの直契約にしておけば……」

「そうだったのか。なぜかアイツ、佐藤さんのところに移籍するのをためらってたよな。今の所属会社に義理があるとかどうとかで」

 いやなぜかじゃないな。一度所属した組織から移籍するのにもコミュニケーション能力やら論理的思考とか突っ込まれてその手の能力の瞬発力を求められるとアイツもダメダメだったから……。しがみつくしかないよな。


「あっ、そうだ。『とぅとと』さん絡みなんだけど。今、私ね、あなたの店スプートニクの近くまで来ているのだけれど。なんか見るからに刑事風の男が、店の前をウロウロしているのよ」

「ちょ……もしかして俺も重要参考人なのか?」


「そんなわけだから、どんな手段を使ってでも早急にスプートニクに戻った方がいいですよ。じゃあ佐藤ちゃんからの報告はこれで終わり。またなんかあったら連絡するから。逮捕拘留されても面会に行ってあげますから安心してくださいね」


「おいぃぃぃぃ不吉な事を言うなよな」


          ―― つづく ――

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