サッカー。たった一つのボールを足だけ使って、相手のゴールに入れるスポーツである。世界で最も人気あるスポーツであり、数多くの国にはそのプロチームがあると言われている。そのプレー人数は20XX年になった今、世界で約30億人を越えていた。そしてそれは日本も同じであり、スポーツ人口ナンバーワンがサッカーへと変貌してもはや数十年が経った。そのため、4年に一度開催されるワールドカップは異様な盛り上がりを見せており、数多くの日本人がテレビの前でワールドカップグループステージの死闘を見ていた。しかし・・・
「・・・今試合終了の笛が鳴らされました。サッカー日本代表、グループステージ敗退です・・・ベスト16に届かず・・・」
テレビのアナウンサーが残念そうに声を絞り出しながら状況を伝えた。サッカー日本代表はグループステージのリーグ戦を1勝もできないまま敗退した。そしてピッチ上には結果を受け入れられないのか、選手たちが寝そべったり、悔しそうに地面を叩いたりしていた。そこには絶望に染まった青があった。
「世界の壁は高かった・・・ここからもう一度這い上がりましょう」
アナウンサーがそう最後の言葉を放ち、日本代表のサッカーは終わった。しかし、その終わりは始まりでもあった。数多くの少年たちがその勇姿を見ており、誰もが世界の頂点を取りたいと願っていた。
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「お母さん! サッカーやりたい!」
「
息子の発言に母親は困惑した。今の時代は自分の子供、特に男子にはサッカーをやらせるというのはスタンダードになっていた。しかし、母親には息子の願いを叶えられない事情があった。
「姉さん! 修斗には絶対にサッカーをやらせるべきよ! だってあの
「はぁ・・・
「あっ・・・ごめん。私、つい興奮して・・・」
千早は妹の茜の発言に頭を手で抑えながら答えた。そして茜は千早にいけないことを言ってしまったと思い、すぐに申し訳ない表情をした。
「? どうしたの? 茜姉ちゃん?」
「大丈夫よ、修斗。修斗はそろそろ寝ないとね。ほら、歯を磨いてきて」
修斗は茜に大きな返事をして洗面所へと向かっていった。そして茜と千早はリビングに残って話の続きをした。
「姉さん、お金の事は分かっているわ。それでも私は修斗にサッカーをやらせるべきだと思う。私も今年から就職したし、家にお金を入れることはできる。だからやらせてみない?」
「・・・サッカーにはお金がかかるわ。スパイクだって何足履き潰すか分からない。それに諸々の諸経費だってね。これからの修斗の養育費とかのことを考えると厳しいと思う」
「・・・姉さんが事故にさえ遭わなかったら」
「それは言わないでね」
「ごめん・・・」
久遠千早。24歳で女子ワールドカップへの出場を果たし、その右足で得点を量産して準優勝へと導いた。その功績から欧州のクラブチームに女性どころか、日本人サッカー選手として初の在籍を成し遂げた人物であった。しかし悲劇はその3年後、ワールドカップを翌年に控えた時期であった。千早は幼馴染と結婚して
「ともかく、修斗には悪いけどサッカーボールを買うので許してもらうわ。ほら、この話は終わり。私達も寝ましょ」
「・・・うん」
二人は話し合いを終えて、就寝することを決めた。そして翌日、修斗にサッカーをやらせることができないことを伝えた。修斗は泣いたが、数日後に千早がサッカーボールを与えると機嫌が良くなった。
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「おーい! 昼休みグラウンドでサッカーするから参加するやつ集合な! 五組のやつらと試合するから勝とうぜ!」
小学校のとある昼休み、玉緒のクラスの中心人物である田中がサッカーをするとクラス中に伝えた。クラスメイトは我先に試合へ出ることができる11人になろうと、田中の元に集まっていった。
「田中君ってサッカークラブでサッカーやっているらしいよ。しかも上手いんだって」
「へぇ、すごいね。小5で上手いんなら将来プロのサッカー選手になるのかな?」
「どうする? 今のうちに付き合っちゃう?」
クラスの女子は田中の話で持ちきりだった。サッカーが上手いやつが人気者になる。これはどのクラスでも同じことであった。
(田中なんて下手なやつ集めて、自分が目立とうとしているだけじゃないか・・・)
玉緒は見抜いていた。田中は自分よりボールの扱い方が下手なやつとばかり一緒に遊んでいるということを。それで自分が目立つようにゴールを決めていた。そのことがなんだか卑怯に感じていた。
(まぁサッカー習っていない俺がいうのもおかしいけどね)
玉緒はクラスのみんなが田中のサッカーが見たいと田中の周りに集まっている中、一人寝たふりをして過していた。すると自分の方に誰かが近づいてくるのが分かった。
「さ、
田中は玉緒の席をスルーして、玉緒の席から数えて2つ前の席に座る早乙女姫乃(さおとめひめの)へと話しかけに行った。
「私、あなたのサッカーに興味ないの。ここで本読んでいるわ」
「そ、そんな事言わずにさ。俺、ハットトリック決めるから」
「・・・」
(無視すんのかよ・・・)
早乙女姫乃。ロングヘアで、もはや完成されたと言われるほどの美少女。大和撫子という言葉が似合っており、学年を通り越して、学校一の美少女であった。
「ま、まぁ気が向いたら来てよ」
田中は早乙女に伝えると、クラスメイトをぞろぞろと連れてグラウンドに向かって行った。そして奇しくも教室に残ったのは玉緒と早乙女だけになった。
「寝たふりしているの、バレているわよ」
「えっ! いやぁ・・・まぁね」
玉緒は早乙女に指摘されてすぐに身体を起こした。早乙女はそれを確認すると本を読むことをやめて立ち上がり、玉緒の机へとやってきた。
「ねぇ、修斗。せっかく二人きりなれたんだから恋人のすること、したくない?」
「えっ! いや! その・・・俺達まだ子供だし・・・」
「あら? 私は手をつなごうとしただけよ。何を想像したのかしら?」
「・・・からかわないでよ」
玉緒と早乙女は小学生にしてすでに恋人同士であった。そうなった理由は玉緒が小3の時、早乙女が近くの公園に妹とサッカーをしに来ていたことがきっかけであった。玉緒もたまたまその公園に来ており、入口近くで買ってもらったサッカーボールを使って遊んでいた。その時、誤ってボールを蹴り損なった早乙女が公園の外へと飛び出し、車に惹かれそうになった。それを見た玉緒は自身が持つ最大の力でボールを蹴り、尻もちをつきながらも車のフロントガラスにボールを着弾させた。おかげで早乙女は轢かれずに済んだ。
「からかっていないわよ。あの時、修斗が助けてくれなかったら私はいないんだもの。私は修斗に全てを捧げてあげるわ。だから告白したの。修斗も「うん」って言ってくれたじゃないの」
「でも、それは・・・」
「まさか、嘘だった?」
「いや、そんなことは・・・」
玉緒が早乙女を助けた直後、早乙女は玉緒に惚れた。そして月日が流れて小5の始業式の次の日、玉緒は机に入っていたメモにしたがって放課後に校舎裏へと行くと、早乙女から告白された。早乙女はクラス替えで玉緒と再開し、運命だと感じていた。そしてその告白に玉緒は思わず「うん」と返事をしていた。
「せっかく同じクラスになって男女の関係になったのにさみしいなぁ。ねぇ来週から夏休みだよね? デート行かない?」
「いや、その、子供二人だけっていけないと思う・・・」
「はぁ・・・まだまだ子供ね、修斗は」
早乙女は少しがっかりとした表情をした。玉緒は自分が早乙女と仲いいことがバレると、クラスメイトからいじめられると思い、隠れて付き合うことを選んだ。
「・・・ねぇ、修斗はサッカーをしないの? 才能あると思うけど」
「うちは貧乏だからね。サッカーしている余裕は無いんだよ。でも、俺はそんなでも楽しく過ごせているからいいよ」
「そう、せっかく上手いのに・・・」
早乙女は玉緒がサッカー上手いことを知っていた。それと同時に家庭事情も知っていた。そのため、それ以上は追求しなかった。その後、クラスのみんなが来るまで二人は談笑した。そしてそれから数日が経って夏休みを迎え、特になにもイベントが無いままそれも終わり、始業式を迎えた。そしてこの始業式の次の日、玉緒の運命を変える人物に出会った。