「・・・修斗は気づいていたのね」
「でも姉さん! せっかく受かったのに・・・修斗だってあんだけ頑張っていたのに・・・」
修斗がランニングに出かけた後、二人はリビングに座って話し合っていた。テーブルには修斗の合格通知とパンフレット並べて。
「確かに修斗の言う通り、家には結構な負担よね。せめてもう少し安ければよかったのだけど。修斗のユニフォームとかスパイクとかのことを考えたら・・・」
「姉さん大丈夫だって! 私がもっと働けば問題ないでしょ! なんならうちの会社は副業OKだから大丈夫よ!」
「やめなさい、茜。あの子がそれを喜ぶと思う?」
「それは・・・」
茜は修斗がそれで喜ばないことを知っていた。茜から見ると修斗は大人な考えを持つ子供だった。宿題はちゃんとやるし、勉強だって自ら進んで行っていた。その様子は姉の千早を思い起こし、自慢の甥っ子であると感じて溺愛していた。もはや自分の息子と言っても過言ではなかった。
「でも、修斗にはサッカーをやらせるべきだと思うわ。姉さんも見たでしょ? 修斗のあの活躍ぶり。修斗は姉さんに似て、絶対に天才だわ。そんな子にサッカーをさせないのは日本の損失だわ」
「それは・・・そうね」
千早も自分の息子の才能には気づいていた。修斗が寝てから茜が撮影した入団セレクションでの活躍を確認したが、自分の息子だということを差し引いても天才だと言わざるを得ないパフォーマンスをしていた。茜の言う通り、修斗にサッカーをさせないのは日本の損失だということを理解ができた。
「でもね、茜。実際お金の問題は避けては通れない。仮に赤城SCに入会しても、次は赤城SCの推薦でJ下部のジュニアユースに行くかも知れないわ。そうなればもっと負担が増えるのよ」
ジュニアユースになればそれだけまた諸経費が増える。それに中学生になれば修斗の身長も伸びるため、ユニフォームのサイズやスパイクのサイズなど頻繁に変わる可能性もある。それだけならJ下部の組織が負担してくれる可能性もあるが、それに加えて遠征の増える可能性がある。正直家計はギリギリになること間違いなしだった。
「あっ! じゃあ兄さんに出してもらえばいいじゃない! サッカー選手でお金持っているでしょ」
「それもやめなさい。秀明なら事情を話せば出してくれるとは思うけど、あっちに家庭があるし、なによりもうそろそろ引退かも知れないって言っていたでしょ」
「そっか・・・」
秀明の性格なら甥っ子のサッカー費用などすぐに出してくれるだろうが、向こうも第二子が生まれ、養育費などがさらに必要になってくる。それに引退した後のセカンドキャリアもどうなるか分からない。そんな人物にお金を無心することに千早は気が引けていた。
「あぁ! もう! なんで東京ってこんな物価高いのよ!」
茜は頭を抱えながら唸っていた。茜は修斗にはのびのびサッカーをしてもらいたい。しかし、お金という到底すぐには解決できない問題に直面し、茜はそのまま机に突っ伏してしまった。
「・・・私の方からお断りの連絡を入れるわ。いいわね、茜。あと、もし修斗がこの件に関して思い詰めていたらすぐに言って。母親として私が責任を持って全てを受け入れるわ」
「・・・うん」
二人は決断した。この判断は日本サッカー会にとって大いなる損失だということを承知しながらも。そして千早はすぐに赤城SCに連絡をして断った。自らの足を恨めしいと思いながら。
■■
「え! 修斗・・・断ったの?」
「あぁ。まぁこっちにも事情があるからな」
玉緒は昼休みに月岡を人気のない廊下に呼び出して、赤城SCに受かったこと、そしてそれを辞退することになったということを伝えた。月岡は最初玉緒が受かったことに対して喜びを見せていたが、断ったことを伝えると驚きの顔を見せた。
「な、なんで! 修斗なら絶対に日本代表になれるだろう! それともサッカーがつまらなかったか! 俺のパスに問題があったのか!」
「お、落ち着けよ、月岡君・・・」
月岡は玉緒に近づき、玉緒の肩をゆすりながら問い詰めてきた。あまり大声を出すとひと目につくため、玉緒はなんとか月岡をなだめた。
「別にサッカーが嫌いとか、月岡君のパスがダメだったとかじゃないよ。単純に家庭の事情だ」
「家庭の事情?」
「あぁ。俺の家はな、父さんがいないんだ。母さんも足に障害が残っていて、一応障害者雇用で働けてはいるけどね。だけど、今は月岡君も会ったことのある叔母さんのもとでお世話になっているんだ。だから俺は家に負担をかけたくないんだよ」
玉緒は月岡に全ての事情を説明した。月岡は子供ながらに父親がいないということの厳しさは理解できているようだった。玉緒の告白に月岡は何も言えないようだった。
「まぁでもそんな悲観すんなよ! サッカーなんてボールがあればどこでもできるし、サッカーが楽しいっていうのは分かったよ。絶対に練習とかはしているから。昼休みとか気が向いたら誘ってくれ」
「・・・ごめん!」
月岡はそのままどこかへと言ってしまった。玉緒は一息ついてから教室に戻ろうとした。玉緒は正直に伝えてよかったのかと思ったが、月岡には嘘をつきたくないと思っていた。そしてそのまま教室に帰ろうとしたところで早乙女とばったり会った。
「姫乃、聞いていたの?」
「まぁね・・・修斗、本当にいいの?」
「いいよ。こればっかりは仕方ない。サッカーはボールがあればどこでもできるから続けるけどね」
「そう・・・」
「じゃあ俺は行くから。あっ、一緒に教室には戻らないよ。田中に目を付けられると面倒くさいし」
玉緒は早乙女にそう伝えた後、そのまま教室に戻っていつものように机に突っ伏して寝た振りをした。