「お父さん、ちょっといい?」
「珍しいな、翔真から話があるなんて」
月岡はリビングで自分の父親に自分の気持ちと玉緒の状況を話した。勝手に玉緒の家庭事情を話すのは気が引けたが、誰かに話をしたいとも思っていた。
「・・・なるほどな」
「俺は修斗とサッカーがしたい。でも無理強いはできない。俺はどうしたらいいんだ・・・」
「翔真、確かにお前や俺達からその修斗君にしてやれることはない。そもそも人様の家庭事情に首を突っ込むことはあまり良くない。それは分かるな?」
「はい・・・」
それは月岡も分かっていた。でも自分の気持ちに整理はつかなかった。そして月岡の父親は玉緒の事情を知ってもわがままを言わない自分の息子に関心をしていた。
「翔真、これは父さんからのアドバイスだ。修斗君から話を聞いて、お前は赤城SCに行きたいと思ったか?」
「それは・・・」
月岡は答えに詰まっていた。玉緒の話を聞くまでは絶対に行きたいと思っていたクラブだ。しかし今はなぜかその気がなくなりつつあった。
「それが答えだ。翔真、お前は受動的になっている。欲しいものがあるなら能動的に、自分から取りに行かないとダメだぞ」
「・・・俺は」
「それに何も環境だけが全てじゃない。海外の選手はお前よりも過酷な状況下でもプロになった人もいる。結局最後は環境ではなく、自分がどうするかだ」
「・・・」
「もう一度いうぞ、翔真。本気で欲しいものがあるなら自分から掴み取れ」
「あぁ! 分かったよ」
月岡はなにか吹っ切れたような表情をしていた。そしてそのまま自分の母親の元に向かい、赤城SCに電話をして欲しいと伝えていた。そして次の日、月岡は玉緒を前に呼び出されたところに呼び出した。
「修斗、聞いてくれ。俺は赤城SCには行かないことにしたよ」
「へぇ・・・えっ!」
玉緒は驚き、口を開けてしまった。まさか月岡が赤城SCに行かないっていう選択肢をするなんて思わなかったからだ。
「月岡君! な、なんでだよ! 行きたかったんじゃないのか!」
「最初はね、でも今は違う。俺は修斗とサッカーがしたい。それにお父さんからプロになるには環境は関係ないってことを教えてもらった。俺の努力次第で道は開ける。だから俺はこの道を選んだ」
「・・・月岡君、考え直したほうがいい。人生は基本的に1回だ。なら悔いのないようにするべきだと思う。確かにプロになるには努力が大事なのは分かる。でも、俺は環境も大事だと思う。せっかくの環境を手放すのか?」
「確かに環境は手放すかも知れない。でも俺はそんなものより君とサッカーがしたい」
「・・・」
玉緒は黙ってしまった。月岡の真っ直ぐな視線に。そして月岡はそのまま玉緒へと近づき、手を握った。
「俺と一緒に中学のサッカー部で全国を取ろう! 部活ならジュニアユースと違ってそんなにお金もかからないし、送り迎えも俺の母さんと父さんが一緒にしてくれるって約束をしてくれた。だからサッカーをしよう!」
「・・・そこまで言われたら俺も応えるしかないよ。一緒に中学で天下を取ろう! 目指せ、日本代表だ!」
「あぁ!」
玉緒と月岡はその場で決意のハグをした。その様子を早乙女も見ており、早乙女は二人を見つめて笑顔になっていた。
■■
「しっかし、翔真もすごいよなぁ。よく決断できたよなぁ」
「まぁね、正直迷ったけど、俺は欲しいものを自分で掴み取ることにしたから」
玉緒と月岡は放課後、近くの公園でサッカーボールを使ってパス交換をしていた。二人共相手の足元に正確なパスを出していた。
「それにしても本当に良かったのか? スペインでサッカーをしていて、有名だったんだろ? そんなやつが小学校でどこにも所属していないのはちょっともったいない気がするけどね」
「うーん。確かにそこは最期まで迷ったよ。俺達今5年生だから最低でも1年ブランクが空くことになるからね。できれば試合はしておきたいと思っているよ」
玉緒と月岡は談笑しながらパスを出し合い、段々と距離も取っていた。その様子をサッカー関係者が見れば、すぐにスカウトがされるレベルだった。そしてその様子を見ている星島と守谷がいた。
「よぉ翔真。聞いたぞ。赤城SCの入団断ったんだって? 幼馴染の俺に相談無く勝手に決めやがって」
「やっほー! セレクション以来だね、翔真! 修斗!」
「あれ? 篤じゃん! それに守谷君も! なんでここにいるの?」
玉緒と月岡がお互いに高い技術でパス交換をしていると星島と守谷が二人に話しかけた。月岡はまさか守谷とこんなところで会えるとは思わず、二人に近づいた。
「あぁ、健太郎は俺達と同じ学校だったんだよ。いきなり玄関で話しかけられたときは驚いたがな」
「それは俺もだぜ! まさか翔真と篤、それに修斗が同じ学校だとは思わなかったよ」
玉緒は世間が意外と狭いと思った。そして赤城SCはこのあたりで一番近いクラブチームのため、同じ学校に通学している人が受けることもある。しかしあの時一緒に仲良くしていた四人が同じ学校に通っているのは何かしらの運命があるなと玉緒は感じていた。
「というか、話したかったのはこれじゃねぇよ。翔真、お前なんで赤城SCに行かないんだよ。違うクラスの俺のところにも話が届いていたぜ。受かっているんだろ?」
「そう! それは俺も気になっていたよ! 俺なんて落ちたんだぞ。せっかく受かったのに行かないなんて損じゃないの?」
「そ、それは・・・」
星島と守谷は玄関でばったりと会った後、月岡が赤城SCに受かったのに行かないような素振りを見せたという女子の会話を耳にした。そこで真意を聞くために星島の案内で月岡の家に向かおうとしていたところで公園にいる二人を見つけた。
「で、修斗は? お前のことだから受かっているんだろ?」
「あぁ、星島君。俺も受かったけど、断ったよ」
「はぁ・・・お前もかよ」
星島はなんとなく玉緒も入団を辞退しているのではないかと思っていたが、それは的中した。四人はそのまま公園のベンチに座った。