外はすっかり暗くなり夜の闇に包まれていた。
予選準決勝は和馬と麻衣、そして、樹虎と
最後の二試合があまりにも速く終わったこともあり、流石の名門校の生徒たちも時間の潰し方に困っていた。
和馬と麻衣の部屋では前夜祭を行い賑やかになるはずだったのだが、麻衣の意向により前夜祭をすることはなかった。御前試合前の和馬の気遣ってのことだろう。部屋には和馬一人を残し、精神統一、イメージトレーニングのための環境を用意した。
麻衣はと言うと大阪の
「なんかすいません。突然」
「ええよええよ。お互い強い相棒を持つと大変よね」
小町は優しく微笑みながら言う。
「ええまあ。アイツのせいで遠征任務ばっかりなんですよ。いや、ほんと、一週間前なんて北海道に任務かと思いきや、次は沖縄で、その次は東京ですよ。それで地元の兵庫に戻れば御前試合の選抜戦で終わったら終わったで御前試合でまた東京。この一週間で実質日本一周してるんですよ、私!」
「分かる! その気持ちめっちゃ分かる! 樹虎のアホ、めんどくさい任務全部ウチに押し付けよんねん。そのくせ自分は地元しか動かへんし。そんなん有りかいなってなるねん!」
「やっぱりそうですよね! 学長は自由にするのは良いけど、自分勝手は駄目とか言うし。飛行機にでも括り付けて遠征任務に連れて行ってやろうかって思いますもん!」
「それめっちゃいい案! 今度やったろうかな」
二人は意気投合し大笑いし始める。
まさに前夜祭の如く賑やかな部屋を和馬は横切り、二人だけでどうやったらここまで騒げるんだと思いながらホテルを後にした。
☆☆☆☆☆☆
最善の注意を払って和馬はホテルから脱走することに成功した。
本当なら御神刀を置いて行きたかったのだが、刀祓隊の剣士は常時帯刀していなければならないという規則があるためできなかった。加えて、ホテル内外問わず、今は刀祓隊本部、それも御前試合が開催されているということもあって東京の至る所に刀祓隊の剣士がいる。だから帯刀している方が返って目立たないのだ。
ゆえにホテルから出るだけで十分近く掛かってしまった。
夜なのに街並みは少し明るく感じる。田舎には無いビル群の窓から漏れる蛍光灯の光や数えきれないほどの街灯がそうさせているのだろう。まさに人工的な光の海を見ているようだ。
地元の夜と比べるとなんだか目がチカチカして仕方がない。もっと自然な暗さを堪能したらいいのに。
和馬は初めての都会に心を躍らせるも、人の多さに面食らってしまいすぐに飽きてしまった。赤坂や秋葉原、六本木にも行ってみたかったが如何せん場所が分からない。あとから麻衣にホテルを抜け出したことがバレないようにスマートフォンを置いて来てしまったせいだ。それに加えて新宿駅にはもう入りたくない和馬は取り敢えず歩き続けることにした。
そんな時、目に入ったのがコンビニだった。都会ではなんの変哲もないコンビニでも和馬にとっては二十四時間営業のコンビニは珍しいものだった。
「都会のコンビニ恐るべし……」
と言いつつコンビニで買ったフライドチキンを頬張る。口いっぱいに広がる肉汁が甘く、スパイスが良くあう。
地元のコンビニと違い、品揃えが豊富でシャンプーやハンカチといった日常品の数々が置かれていることに驚く。加えて、プリペイドカードやギフト券なるものまで置かれ、さらにはジュースの種類も数えきれないほどだった。だから見つけたコンビニから片っ端に入店していた。
そして、その都度、ただ入店するのは申し訳ないため、手頃な揚げ物やパンや飲み物を買ってその場で食して次の店に赴いていた。
「さて、ゲームセンターとかいう場所を見て回りたかったけど、もう結構いい時間だな」
コンビニの時計は夜の九時だった。そろそろホテルに戻らなければ麻衣に気付かれるかもしれない。もしくはもう気付かれているかもしれない。
――急いで帰らねば!
和馬は駆け出しホテルに向かう。御神体や縮地を使わなくとも刀祓隊の剣士の走力はオリンピックの金メダリストよりも速い。ゆえに彼等は刀祓隊を引退してもスポーツ選手として生計を立てることはできない。
街を駆ける少年の影。
不意に路地裏を通った方が速いんじゃないかと思い、目前に迫った路地裏に飛び込む。狭いが速度を落とすほどじゃない。
そのまま気にせず路地裏を駆け抜けたその先で事が起きた。
伊織和馬の人生の中で最も壮大で常軌を逸した物語の始まりだった。
「な、なんだ?」
和馬の目の前で普通なら到底有り得ない光景が広がっていた。
刀祓隊の剣士六名が和馬と同い年くらいの金髪碧眼の巫女装束を着た美少女を囲んでいたのだ。それも抜刀した状態で。巫女装束の美少女も帯刀しているようだが、一目見ただけで剣士ではないと分かる。
そもそも容姿からしてどう見ても剣士ではない。これは偏見なのではなく本当に立ち姿から伺えた。
夜でも目立つ金髪を肩まで伸ばした美少女。その金髪を際立たせるほど肌は白く、美しい碧眼は街灯に照らされ宝石のように輝いている。身体つきは巫女装束の上からでも分かるくらい華奢で、刀を帯びていることが不自然で仕方がない。
顔つきは高校生くらいの割には幼さが残っている。おそらくそれが決めてだった。刀を振るうにしては備わっているべき鋭い覇気のようなものが感じられない。
その代わりに強い意志のようなものは感じられた。
いや、それ以前に刀祓隊の剣士の役目は妖魔を祓い、その場を清めることだ。どう見てもおかしな状況に変わりはない。
気付いた時にはもう和馬は御神体を展開して、抜刀した状態で金髪碧眼の巫女の前に立っていた。
「アンタ等本当に刀祓隊か? 女の子一人に六人掛かりとは、随分とまあ、警戒しているようで」
「貴様は
刀祓隊の女剣士が物凄い剣幕で言う。
和馬は振り返り「本当か?」と巫女に問う。
彼女は首を横に振り、掠れたような声で「加担しているのは……
「だとよ」
これ以上の会話は不要と言わんばかりに刀祓隊の剣士たちは一斉に斬り掛かる。
「最後通告も無しかよ」
和馬は背後の巫女を気に掛けながら一人目の太刀を受け止める。さらに二人目の太刀を一人目の御神刀にぶつける形で防ぎ、刀を横薙ぎして二人同時に御神体を解かせるほどの致命傷を与える。続く四人の斬撃は、大きく刀を振るうことで牽制し、その隙をついて三人まとめて瞬く間に斬り伏せていく。
「諦めな。ってこの台詞で当ってるのか?」
「貴様も妖魔に加担するつもりなのか!」
「それはない。絶対」
和馬は言い終えると同時に縮地で距離を詰め、勢いそのままに刀を振るい最後の一人を戦闘不能にする。後に和馬は、今倒した刀祓隊の剣士たちが近衛五芒星の率いる醒翁院家直属の特別機動遊撃隊だと知ることになる。
「っま、こんなもんか」
「あ、ありがとう、ご、ご、ざいま……す……」
「どういたしまして」
和馬は言いながら刀を鞘に納めると、巫女に怪我がないか確認する。ついでに視界の端でのびている刀祓隊の剣士たちの無事を祈る。
「これからどうするんだ?」
「えっと……逃げます。本当にありがとうございました!」
「そうか。なら出来るだけ遠くに逃げた方がいいな。よし、適当にトラックの荷台に乗り込むか。あ、俺、伊織和馬。君は?」
「ふ、伏見叶緒です。って、あの一緒に逃げるつもりですか?」
「もちろん。関わっちまったんだから最後まで付き合うよ。それに妖魔に加担したっていう話が気になるし。コンビニで出来るだけお金を下してくるからちょっと待ってな。あと服も変えよう。どこかの制服とかに。流石に巫女装束は目立つ」
「この下はジャージなので大丈夫です」
と言って叶緒はおもむろに巫女装束を脱ぎだしてジャージ姿になる。呆気にとられた和馬は視線を逸らそうとするが、視線が勝手に叶緒に引き寄せられてしまう。これが俗に言う万有引力というものだろう。全く目が離せなかった。
もう一度叶緒の容姿を確認する。
天然の金髪に幼さが残る顔立ち。華奢な身体で透き通るような白い肌がより一層金髪の美しさを際立たせる。さらに宝石のように輝く碧眼が可愛さと美しさを両立させている。
和馬曰く「出る所は出ていた。丁度いい具合に」だそうだ。
帯に差していた刀はどこから取り出したのかベルトに差し、着替え完了と言った面持ちで見詰めてくる。
(ああ、この子はなんて純粋なんだろう)
少しでも下心を出してしまった自分を呪う和馬だった。