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第4話 ご褒美の日のアップルパイ



前日の喧騒が嘘のように、朝の店内は静まり返っていた。王宮からの晩餐会の依頼や貴族の貸切営業に追われた雪乃は、心身ともに疲れ切っていた。だが、彼女の気まぐれな性格が災いし、休みを取ることなく店を開ける羽目になっていた。


カウンターの奥で紅茶を淹れながら、雪乃は小さなため息をついた。

「はぁ……今日は静かに過ごしたいわ。誰も来ないでくれたらいいのに。」


それを聞いた弥生が、厨房から顔を出した。

「お嬢様、それなら今日は店を休みにしたほうがよかったのでは?」

雪乃は紅茶のティーポットを優雅に持ち上げ、冷静に答えた。

「そんなことできるわけないじゃない。私は店長なんだから、店を開けるのが責任ってものよ。」


弥生は呆れたような表情で首を傾げた。

「その割には、誰も来ないことを願ってるようですが。」

「いいのよ! 店は開けてるけど、誰も来なければ静かで最高じゃない。」

雪乃は誇らしげに胸を張りながらそう言い放つ。弥生はため息をつき、再び厨房に戻っていった。



---


扉が開く気配なし


店を開けてから1時間が経過しても、誰一人として訪れない。いつもなら常連客がちらほら現れる時間帯だが、今日は本当に静かだった。

「これは……奇跡かもしれないわ。」

雪乃は紅茶を片手にカウンター席へ移動し、のんびりと腰を下ろした。


忍が静かに店内を見渡しながら呟く。

「確かに、今日は静かですね。」

「でしょ?」

雪乃は満足げに頷きながら、目を輝かせて続けた。

「これよ、私が求めていた理想の時間! 静かな店内で紅茶を飲む優雅なひととき!」


弥生が厨房から再び顔を出し、少し鋭い口調で言った。

「お嬢様、それ、ただの個人的な時間では?」

「いいじゃない。それが“雪の庭”の特権なんだから。」



---


ご褒美スイーツの準備


店内が静かなまま時間が過ぎていく中、雪乃はふと思いついたように立ち上がった。

「こんな静かな日だからこそ、特別なスイーツを作りましょう。」


弥生が怪訝そうな表情で尋ねる。

「スイーツですか? 今日の分は十分に仕込んでありますよ。」

「違うの。これは“自分へのご褒美”スイーツよ。」


雪乃が向かった先は厨房。彼女はリンゴを取り出し、皮をむき始めた。

「今日はアップルパイを作るわ。私のためだけにね!」


弥生が半ば呆れながらも手伝おうとすると、雪乃が制止する。

「弥生、これは私がやるの! 今日のアップルパイは私の努力とご褒美の結晶になるんだから!」


忍が静かに口を挟む。

「お嬢様、それでご褒美の価値が上がるのであれば、どうぞご自由に。」



---


アップルパイの準備


雪乃はリンゴを薄切りにし、砂糖とシナモンをまぶしてボウルに入れる。

「ふふ、これだけで美味しそうでしょ?」

弥生が慎重に返す。

「確かに、美味しそうですが……お客様用ではなく本当にご自身用ですか?」

「もちろんよ! だって今日は“ご褒美の日”なんだから!」


生地を広げ、リンゴを丁寧に並べる雪乃の顔は満足感に満ちていた。

「これをオーブンで焼けば、きっと最高のアップルパイになるわ!」


オーブンにパイを入れると、店内には次第に甘い香りが広がり始めた。

「この香りだけで癒やされるわね……。」

雪乃は深呼吸をしながら、幸せそうに微笑んだ。



---


静寂に包まれる店内


焼き上がりを待つ間、雪乃はカウンターに戻り、紅茶を飲みながらつぶやいた。

「やっぱり静かな日は最高ね。これが毎日続けばいいのに。」


忍が冷静に応える。

「お嬢様、そうなるとお店の経営が成り立ちません。」

「いいのよ! 私は儲けるために喫茶店をやってるわけじゃないんだから。」


弥生が少し眉をひそめながら尋ねる。

「では、何のために?」

「それは……私が楽しむため!」


その言葉に弥生は苦笑しながら、再び厨房へ引っ込んだ。



---


焼き上がりのアップルパイ


やがてタイマーが鳴り、アップルパイが焼き上がった。オーブンを開けると、黄金色に輝くパイが顔を出す。雪乃は歓喜の声を上げた。

「見て! 完璧な焼き上がりよ!」


弥生が横から覗き込み、「確かに美味しそうですね」と感心する。

雪乃は慎重にパイを取り出し、少し冷めたところで一切れ切り分けて皿に乗せた。

「これよ! 私への最高のご褒美!」


彼女はバニラアイスを添え、ホットキャラメルソースをたっぷりとかけた。

「これで今日の疲れも吹き飛ぶわ!」



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締めの一言


カウンターに腰掛けた雪乃は、一口食べて満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり自分へのご褒美って最高ね。こんな日がもっと増えればいいのに。」


その言葉に、忍が小さく呟いた。

「そのためには、営業日を減らす必要がありますね。」

「いいわね、それ!」

雪乃が即答すると、弥生は深いため息をついた――。



 店内に漂う甘いアップルパイの香りが、雪乃の疲れた心を癒やしていた。黄金色に焼き上がったパイを目の前に、彼女は満足そうに頷いた。

「これよ、私が欲しかった時間。そしてこれが、その時間にふさわしいご褒美!」


カウンターに腰掛け、雪乃はアップルパイを一切れ取って口に運んだ。温かく香ばしいパイと、冷たいバニラアイスのハーモニーに思わず笑みがこぼれる。

「完璧ね。やっぱり私の作るスイーツは最高だわ!」


その横で、弥生が静かに片付けをしながら尋ねる。

「お嬢様、本当に今日はこのまま誰も来ないんでしょうか?」

雪乃は少し考え込む素振りを見せながら、のんびりと答えた。

「来なくてもいいのよ。むしろ来ないほうがいいわ。」


弥生は呆れたように首を振った。

「それで“営業”と呼べるのかどうか……。」

「大丈夫よ、営業してるフリさえしていればね!」



---


静寂を楽しむ雪乃


雪乃はアップルパイを食べ終えると、再び紅茶を淹れてカウンターに戻った。店内には誰もおらず、ただ静かな時間が流れていた。外から聞こえる街の喧騒も、店の扉を閉めると別世界の出来事のように感じられる。


「こういう日がずっと続けばいいのにね。」

雪乃がつぶやくと、忍が静かに答えた。

「しかし、お嬢様。それではお店の存在意義がなくなってしまいます。」


「存在意義なんて関係ないわ。私は私のためにこの店を開いているの!」

雪乃が断言すると、忍はそれ以上何も言わず、ただ一礼して厨房へ戻った。



---


突然の来客?


その時、店の扉がゆっくりと開いた。扉に取り付けられた小さなベルがチリンと鳴り、雪乃は驚いた顔で振り返る。

「えっ、誰?」


扉をくぐって現れたのは、近所の商人であるフレデリックだった。彼はにこやかに手を振りながら、店内に入ってきた。

「やぁ雪乃店主。今日は開いてたんだね!」


雪乃は内心「せっかくの静けさが台無し!」と叫びたくなったが、表情には出さずに軽く微笑んだ。

「ええ、まぁ……一応ね。」


フレデリックはカウンターの席に腰を下ろし、メニューを眺め始めた。

「今日は何か特別なスイーツでもあるのかい?」


雪乃は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔で返答した。

「残念ながら今日は……そう、特に何もないのよ。」


すると、弥生が厨房から顔を出し、無邪気に言った。

「お嬢様、アップルパイがありますよね?」


雪乃は弥生を睨みつけながら、小さな声で囁いた。

「これは私のご褒美なの! 他の人に出すものじゃない!」


フレデリックがそれを聞きつけ、笑いながら言った。

「へぇ、アップルパイがあるならぜひいただきたいな。」


雪乃は渋々アップルパイを切り分け、一皿に盛り付けて差し出した。

「これで満足してくれる?」



---


予期せぬ感謝


フレデリックはフォークを手に取り、一口食べると目を輝かせた。

「なんて美味しいんだ! これは本当に特別なスイーツだね!」


その言葉に、雪乃はほんの少しだけ満足感を覚えたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「それは良かったわ。でも、これは特別だからね。次に来てもあるとは限らないわよ。」


フレデリックは感謝を述べつつ、紅茶も注文してゆっくりと味わい始めた。店内は再び静けさを取り戻し、雪乃も一息つくことができた。



---


再び訪れる静寂


フレデリックが帰った後、店内はまた静けさに包まれた。雪乃はアップルパイの残りを見つめながら、小さな声で呟いた。

「本当に静かで平和な一日って、やっぱり素晴らしいわね。」


弥生が紅茶を持ってきながら尋ねる。

「ですがお嬢様、この調子で営業を続けていけるのでしょうか?」


雪乃は少し考え込みながら紅茶を一口飲んだ。

「それは……まぁ、なんとかなるでしょ。私は“気まぐれ店主”なんだから。」


その言葉に、弥生は呆れたようにため息をついた。忍は微笑を浮かべながら一言。

「お嬢様らしいですね。」



---


次への伏線


しかし、静かな時間は長くは続かなかった。弥生が外の看板を確認するために出ていくと、慌てた表情で戻ってきた。

「お嬢様、大変です! 看板が“CLOSE”のままでした!」


雪乃は驚いた顔をして叫んだ。

「えっ……本当?」


その真実に気づき、雪乃は心の中で「しまった!」と叫びながらも、表向きは平然を装った。

「まぁ、結果オーライよね。静かだったし。」


弥生は呆れ顔で、「本当にそれでいいんですか?」と問い詰めたが、雪乃はどこ吹く風で紅茶を飲み続けた。


フレデリックが帰り、再び訪れた静寂に雪乃はようやく安堵のため息をついた。

「やっぱり静かな店内が一番よね……。」


カウンターで紅茶を片手に、アップルパイの残りを眺めながら独り言をつぶやく。

「あとでゆっくり全部食べるとして、もう今日は誰も来ないわよね。」


その言葉を聞いた弥生が厨房から顔を出し、少し疑わしげな表情を見せた。

「お嬢様、そんなことを言っていると、また誰か来ますよ。」


雪乃は紅茶を飲みながら涼しい顔で答えた。

「大丈夫よ。今日はここまで完璧にご褒美の日。誰も来ないほうが奇跡だわ。」



---


看板の確認


しかし、その静寂を破るように、弥生が再び厨房を出て外へ向かう。外の掃除をしていた弥生は、ふと店先の看板に目を向けた。

「……え?」


看板に書かれているのは、大きな文字で「CLOSE」。営業中であるはずの時間に「CLOSE」のままになっていることに気づき、慌てて店内に戻る。


「お嬢様、大変です! 看板が『CLOSE』のままです!」


雪乃はアップルパイをつまみながら驚いた顔をする。

「えっ? 本当に?」


弥生が真剣な表情で頷くと、雪乃は慌てて立ち上がった。

「ちょっと待って、そんなことってあるの?」


忍も状況を確認するために外へ出て、弥生の言葉を裏付けるように戻ってきた。

「確かに『CLOSE』のままです、お嬢様。」


雪乃は顔を青ざめながら、小さく呟いた。

「まさか……それが理由で今日は静かだったの?」


弥生はため息をつきながら言った。

「間違いありません。お嬢様が確認し忘れたのでしょう。」



---


開き直る雪乃


一瞬だけ反省した様子を見せた雪乃だったが、すぐに気を取り直して言い放った。

「でも、それならそれで良かったじゃない! 誰も来なかったおかげで、こうして静かな時間を楽しめたんだから!」


「お嬢様、それを言うなら営業する意味がありません。」

弥生の冷静な指摘に、雪乃は頬を膨らませながら反論する。

「私が楽しむために営業してるんだから、それでいいの!」


忍が静かにフォローするように言葉を挟む。

「とはいえ、お客様が来なければ経営が成り立ちません。次回からは看板を確認する習慣をつけましょう。」


雪乃は腕を組んで考え込んだ後、ふてくされたように言った。

「まぁ、次は気をつけることにするわよ……。」



---


レオンの登場


その時、突然扉が開いた。再び店内に響くベルの音に、雪乃は驚いて振り返る。そこに立っていたのは、常連のレオンだった。


「なんだ、やってるんじゃん。」

ニヤリと笑いながら店内に入るレオンに、雪乃は不機嫌そうな顔をする。


「やってないわよ! 今日は定休日!」

「定休日? 不定営業のくせに定休日って言われてもなぁ。」


その言葉に、雪乃は苛立ちを隠せずカウンターを叩いた。

「うるさい! 勝手に入ってこないで!」


しかしレオンは全く動じず、カウンター席に腰を下ろす。

「だって扉が開いてたし、中にお前がいたら営業してると思うだろ。」


雪乃はしばらく睨んだ後、深いため息をつきながら言った。

「もういいわ……で、今日は何しに来たの?」



---


アップルパイを狙うレオン


レオンはカウンターの奥で残っているアップルパイに目を向け、ニヤリと笑う。

「それ、美味そうだな。俺にもくれよ。」


雪乃は即座に首を振った。

「ダメよ! これは私の“自分へのご褒美”なの!」


「いいじゃねぇか、少しくらい。」

「絶対にダメ!」


二人のやり取りを見かねた弥生が口を挟む。

「お嬢様、少しだけお裾分けしてもいいのでは?」


「弥生、何言ってるの!? これは私のご褒美よ!」

「ですが、せっかくお客様がいらっしゃったのですし……。」


雪乃はふてくされた顔で小さく舌打ちをした後、アップルパイを一切れだけ切り分けて差し出した。

「これで満足してよね! でも、それ以上はないから!」


レオンは笑いながらアップルパイを受け取り、一口食べると目を輝かせた。

「これ、うまいな! お前、本気で作ったのか?」


「当たり前でしょ!」

雪乃は胸を張って答えたが、心の中では少しだけ満足感を覚えていた。



---


締めの一言


アップルパイを食べ終えたレオンは、カウンターに身を乗り出して言った。

「でさ、次回は何作るんだ? また来るから教えてくれよ。」


雪乃は呆れたような顔をしながら言い返した。

「そんなの教えるわけないでしょ! 来るなら勝手に来れば?」


「でも開いてるかどうか分かんないんだよな。」

「そうよ! 開けるかどうかは私次第なんだから!」


レオンは苦笑いを浮かべながら席を立った。

「ほんと、自由すぎる店だよな。でも、まぁそれが悪くないんだよ。」


レオンが去った後、雪乃は紅茶を飲みながら小さく呟いた。

「やっぱり迷惑客は迷惑よ……せっかくのご褒美の日が台無しだわ。」


弥生と忍はそんな雪乃を見て微笑みながら、それぞれの仕事に戻った。店内には再び静けさが戻り、雪乃は残りのアップルパイを口に運びながら、また一息ついた。






レオンが去った後、店内には再び静寂が戻った。雪乃はカウンターに腰掛け、最後の一切れとなったアップルパイを皿に移すと、ナイフとフォークを手に取った。


「やっと静かになったわね。これで私の“ご褒美の日”が本当の意味で完成するわ。」

紅茶を淹れ直し、一口飲んでからアップルパイを切り分けて口に運ぶ。甘く煮込んだリンゴの香りとサクサクのパイ生地、冷たいバニラアイスの調和に、雪乃の顔が自然とほころぶ。

「やっぱり最高ね……私の腕って本当に天才的だわ。」


弥生がそっと近づき、雪乃の空になった紅茶のカップにお茶を注ぎながら呟いた。

「お嬢様、本日は結局お客様が二人もいらっしゃいましたね。」

雪乃はむっとした顔をして言い返した。

「そのうちの一人は迷惑客よ! カウントしないで!」


「ですが、お店を開けている以上、お客様が来るのは当然では?」

弥生の冷静な指摘に、雪乃はふてくされたように紅茶をすすった。

「そうかもしれないけど、今日は私の“ご褒美の日”だったのよ。それを邪魔されるのは納得いかないわ。」



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新しい来客の予兆


その時、外からまた扉のベルが鳴った。雪乃は目を丸くしながら弥生を見つめた。

「まさか、また迷惑客?」


弥生が慌てて扉の方に向かうと、そこには近所の子どもたちが数人、店の外で顔を覗かせていた。彼らは小声で話し合いながら店内を見つめている。

「お嬢様、どうやらお子様たちが興味を持たれているようです。」


雪乃は眉をひそめながら、アップルパイの皿をそっと引き寄せた。

「ダメよ、これは私のご褒美なんだから!」


しかし、忍が静かに言葉を添える。

「お嬢様、ここはサービス精神を見せるべきではありませんか? 子どもたちが帰ってしまう前に何かご用意を。」


雪乃はしばらく考え込んだ後、渋々立ち上がった。

「わかったわよ。でも、このアップルパイは渡さないから!」



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特製プチアップルパイの登場


雪乃は急いで厨房に向かい、小さなサイズのアップルパイを作り始めた。簡単にできるようにと事前に用意していたパイ生地を使い、一口サイズに成形する。リンゴを薄く切り、小さなパイに載せてオーブンに入れた。

「これで十分よね。まったく、子ども相手にここまでしなきゃいけないなんて。」


忍と弥生が見守る中、オーブンから甘い香りが漂い始める。子どもたちは店の外で待ちながら、その香りに目を輝かせているのが窓越しに見えた。


「できたわよ。」

雪乃は焼き上がったプチアップルパイを皿に盛りつけ、店の外に持っていった。

「ほら、これでも食べて帰りなさい。」


子どもたちは歓声を上げてパイを受け取り、一口食べると笑顔を見せた。

「お姉さん、ありがとう! すごく美味しい!」


その言葉に、雪乃は少し得意げな顔をした。

「当然でしょ。私はプロなんだから。」



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本当のご褒美の日の意味


子どもたちが楽しそうに帰っていった後、店内に戻った雪乃はカウンターに座り直した。弥生が紅茶を差し出しながら微笑む。

「お嬢様、今日も結局忙しい一日になりましたね。」

「忙しいってほどじゃないわ。ただ、予定外のことが多すぎたのよ。」


雪乃は残っていた紅茶を飲み干しながらつぶやいた。

「でも……まぁ、悪くなかったかもしれないわね。」


忍が静かに付け加える。

「お嬢様、今日のお客様たちはみなさん楽しそうでしたね。」

「ええ、まぁ。それは認めるわ。でも次こそ、本当に誰も来ない“ご褒美の日”にしたいわね。」


弥生と忍は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。



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締めの一言


夕方になり、雪乃はようやく最後のアップルパイを食べ終え、満足げに深呼吸をした。

「やっぱり、自分へのご褒美は最高ね。今日みたいに“少しだけ”静かな日がもっと増えればいいのに。」


弥生が控えめに尋ねる。

「お嬢様、その“少しだけ”が難しいのでは?」

「いいのよ、私は気まぐれ店主なんだから。全部私の気分次第で決めればいいの。」


その言葉に忍が静かに微笑みながら一言。

「次回は、看板の確認も忘れないようにお願いいたします。」


「はいはい。」

雪乃は投げやりに答えながら、次のご褒美の日を思い描いていた――。






店内の片付けが終わり、雪乃はカウンター席にどっかりと腰を下ろした。アップルパイを焼き、子どもたちに振る舞い、迷惑客(=レオン)まで対応した今日一日を思い返しながら、紅茶を一口飲む。


「決めたわ。」

突然、静寂を破るように雪乃が口を開いた。


弥生が片付けの手を止め、振り返る。

「何を決めたんですか?」


雪乃はどこか誇らしげに胸を張って答えた。

「週休二日にするわ。」


その言葉に、弥生は一瞬きょとんとした顔をした後、冷静に尋ねた。

「お嬢様……一日たった三時間しか営業しないのに、二日も休むんですか?」


雪乃は紅茶を飲みながら首を振る。

「違うわ、週に二日営業して、一週間休むのよ。」


弥生はその答えに固まり、一瞬だけ時が止まったような空気が流れた。

「……えっ? 一週間休むって……五日も休むんですか?」


その場にいた忍も驚いた表情で口を開く。

「それ、週休二日じゃなくて週休五日ですよ、お嬢様。」


しかし、雪乃は悠然と紅茶を飲み干し、さらに衝撃的な提案を続けた。

「違うわ。二日営業したら、その後七日間休むの。つまり、一週間休むってことよ。」


弥生と忍は同時に顔を見合わせ、あっけに取られる。


「お嬢様、それはもう週休二日ではありません。それは“営業二日”で“週休五日”どころか“週休七日”ですよ!」

忍が冷静に指摘するが、雪乃は意に介さず、悠然と続ける。


「そうじゃないわ。私の理論では、二日営業した後に一週間休むんだから、“週休”の概念は守っているのよ。」


弥生は頭を抱えながらつぶやいた。

「お嬢様、その理論だとお店の存続が危ぶまれるどころか、もはや趣味以下です。」


忍もため息をつきながら続ける。

「そもそも、二日営業した後に七日休むというのは、どこから週休二日という発想になったのでしょうか……?」


雪乃は紅茶のおかわりを淹れながら、微笑みを浮かべて答えた。

「気分次第よ。営業と休みのバランスが大事なの。」



---第五話予告


「お腹が空いたので閉店」


開店してからわずか30分、いつものように紅茶を飲みながら優雅に振る舞っていた雪乃が突然叫んだ。


「オーダーストップの時間です!」


弥生と忍、そして数少ないお客たちが一瞬で固まる。


「はぁ?」

弥生が呆然としながら雪乃に尋ねる。

「お嬢様、開店したばかりですよ? どうしてオーダーストップなんですか?」


雪乃は紅茶を置き、真剣な表情で言い放った。

「だって、お腹が空いたの。だから、今日の営業はあと30分で終わり。」


店内にいた全員が耳を疑った。忍が困惑した表情で口を開く。

「お嬢様、朝食を召し上がってからまだ1時間も経っていませんが……。」


「でもお腹が空いたの!」

雪乃はふてくされたように腕を組み、誰にも譲らない態度を見せる。


「それが理由で閉店なんですか?」

弥生の冷静な指摘に、雪乃はきっぱりと頷いた。

「そうよ。だってお腹が空いたら働けないでしょ?」


店内には呆れるため息と、笑いを堪えようとする忍の表情が交錯する中、次なる騒動の幕が上がる――。



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締めの一言


弥生と忍はしばらく言葉を失っていたが、最終的に忍が静かに結論を出した。

「お嬢様、その“週休二日”案、誰にも理解されないと思いますよ。」


「いいのよ。私は私のペースでやるんだから。」

雪乃は満面の笑みで答えると、残りの紅茶を飲み干した。


その様子を見て、弥生と忍は深いため息をつきながら片付けを再開した。


店内には、紅茶の香りと雪乃の自由奔放な笑みだけが残っていた――。



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