お茶会から数日が経った。喫茶店「雪の庭」は、いつもの穏やかな空気を取り戻していた。雪乃はカウンターで紅茶を飲みながら、久しぶりの静かな午後を満喫している。
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不穏な手紙の到着
その日、郵便屋が再び店を訪れた。
「雪の庭宛に男爵家から手紙が届いております。」
忍が受け取り、封蝋を確認すると、前回のお茶会に参加したフィリップ・オルヴィエ男爵家の紋章が押されていた。
「お嬢様、男爵からの手紙です。」
忍が差し出すと、雪乃は軽く眉をひそめた。
「男爵? またお茶会の追加注文かしら?」
不機嫌そうに言いながら封を切ると、中には丁寧に書かれた手紙が入っていた。
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> 親愛なる雪の庭の店主様、
先日の素晴らしいお茶会とスイーツを、心より感謝申し上げます。
貴店のスイーツのみならず、店主様の上品な佇まいとお人柄に深く感銘を受けました。
私は以前より理想の伴侶を探しておりましたが、ようやく運命の方に巡り会えたと確信しております。
ぜひ私の妻として、お側にいていただけないでしょうか?
フィリップ・オルヴィエ
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手紙を読み終えると、雪乃は一瞬言葉を失った。だが、すぐに声を張り上げた。
「……求婚ですって!?」
弥生が驚いて振り返り、忍も険しい表情で手紙に目を通す。
「お嬢様、本当ですね。しかも、かなり本気のようです。」
「本気!? 男爵が私に求婚するなんて、冗談にもほどがあるわ!」
雪乃は立ち上がり、手紙をテーブルに叩きつけた。
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雪乃の反応
弥生が恐る恐る声をかけた。
「お嬢様、どうされるおつもりですか?」
「断るに決まってるでしょう! そもそも私に求婚なんて、身分が釣り合わないじゃない。」
「お嬢様、王女がだだ漏れです。」
弥生の静かなツッコミに、雪乃は一瞬黙り込むが、すぐに言い返した。
「弥生、実際問題、異国の男爵との婚姻を父上が認めると思う?」
「……外交問題に発展しますね。下手したら戦争です。」
「でしょ?」
雪乃は紅茶を一口飲むと、大きくため息をついた。
「それにしても、どうしてこうなるのかしら。静かな午後を楽しみたいだけなのに……。」
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忍と弥生の提案
忍が冷静に口を開いた。
「お嬢様、丁寧に断る手紙をお送りするのが最善だと思われます。」
「そうよね。簡単に済ませられるならそれが一番だわ。」
弥生が心配そうに付け加えた。
「でも、お嬢様、内容には十分注意してくださいね。『格が足りない』とか言ってしまうと本当に問題になりますから。」
「そんなこと言わないわよ! ……多分。」
雪乃はふくれっ面をしながらも、内心では少し反省している様子だった。
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手紙を書く
その日の午後、雪乃は弥生と忍の助けを借りて、フィリップへの返信を書くことにした。
「拝啓、オルヴィエ男爵様……ええと、何て書けばいいの?」
「『ご厚意に感謝申し上げますが、事情によりお受けできません』で良いかと。」
忍が淡々とアドバイスするが、雪乃は納得がいかない顔をする。
「それだと冷たすぎない?」
「お嬢様、必要以上に感情を込めるほうが危険です。」
最終的に、以下のような文面が完成した。
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> 拝啓 フィリップ・オルヴィエ男爵様
先日はお茶会にご来店いただき、誠にありがとうございました。
また、私へのお心遣いと温かいお言葉に深く感謝申し上げます。
しかしながら、私は現在、喫茶店の運営に専念しておりますゆえ、
あなた様のご厚意にお応えすることは難しい状況でございます。
どうかご理解いただけますようお願い申し上げます。
敬具
雪の庭 店主 雪乃
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手紙を読み返し、雪乃は少し安心した様子で頷いた。
「これなら問題ないわね。」
弥生と忍もようやく安堵の表情を見せる。
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さらなる波乱の予感
手紙を書き終えた雪乃は、再び紅茶を淹れ直してカウンターに戻った。
「これで一件落着ね。もう二度と貴族の貸切なんて受けないわ。」
「お嬢様、次に何が起こるか分かりませんよ。」
忍の冷静な言葉に、雪乃は少しだけ不安そうに眉をひそめた。
弥生も微笑みながら言った。
「お嬢様の魅力が伝わりすぎたのかもしれませんね。」
「弥生、そんな魅力いらないわ。」
雪乃は憤慨しながらも、どこか諦めた様子で紅茶を飲み干した。
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こうして、雪乃の静かな午後は一見取り戻されたかのように思えた。しかし、フィリップがこの返事で諦めるとは到底思えない。喫茶店「雪の庭」にさらなる波乱が訪れる日は、そう遠くなさそうだった――。