王宮での晩餐会当日。喫茶店「雪の庭」の店主・雪乃は、忍と弥生に見送られながら特製マカロンを運ぶ馬車に乗り込んだ。美しく梱包されたマカロンを見ながら、雪乃は微かに不安を覚える。
「本当に大丈夫よね? 優雅な店主を演じるだけでいいのよね?」
弥生が冷静に返す。
「大丈夫かどうかは、お嬢様次第です。」
忍も小声で付け加える。
「最低限、王女らしさが漏れないようお気をつけください。」
雪乃はため息をつき、馬車の窓から外を眺めた。王宮の壮麗な塔が見えてくると、胸の中で鼓動が早くなる。
「これが終わったら、またのんびり紅茶を飲む生活に戻れるんだから……。」
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王宮到着と晩餐会の開始
王宮に到着した雪乃は、荷物を預ける間もなく案内役の侍従に連れられて晩餐会場へ向かった。大理石の床と金箔の装飾が施された豪華なホールに足を踏み入れると、既に招待客たちが談笑している。
「ここが晩餐会の会場……広すぎて目が回りそうね。」
雪乃は小声で呟きながら、軽く深呼吸をした。案内役の侍従が声をかける。
「こちらが本日の特別招待客、喫茶店『雪の庭』の店主様です。」
その言葉に会場の視線が一斉に雪乃に向けられる。
「あなたが噂のスイーツ店主?」
上品な女性の声が響くと、雪乃は微笑みながら頭を下げた。
「ご紹介に預かりました、『雪の庭』の店主、雪乃でございます。本日は特別なスイーツをご用意いたしましたので、どうぞお楽しみください。」
その優雅な振る舞いに、貴族たちは感心しながら囁き合う。
「思ったより品のある方ね。」
「どこか高貴な雰囲気も感じるけれど……?」
雪乃は内心で焦りつつも、表情を崩さないよう努めた。
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マカロンの披露
晩餐会が進み、いよいよ「雪の庭特製マカロン」が披露される時間がやってきた。
侍従たちが華やかに盛り付けられたマカロンをトレーに乗せて運び出すと、会場中に感嘆の声が響いた。
「なんて美しいスイーツなの!」
「このカラフルな色合いと繊細な装飾……見ているだけで心が躍るわ。」
雪乃は誇らしげに微笑みながら説明を始める。
「こちらは、ラズベリー、ピスタチオ、バニラの三種のフレーバーをご用意いたしました。見た目だけでなく、味わいにもこだわった一品でございます。」
貴族たちは早速マカロンを口に運び、次々と感想を述べた。
「これは……素晴らしい! ラズベリーの酸味と甘さが絶妙だわ。」
「ピスタチオの風味がこんなにも豊かだなんて、初めてです。」
「まるで口の中で溶けていくような食感ね。」
雪乃は満足げに頷きながら、胸を張った。
「ふふん、これで王宮の評価も完璧ね。」
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突然のトラブル
しかし、その時だった。
一人の貴族男性が誤ってマカロンを手に持ったまま、隣の女性のドレスにぶつかってしまったのだ。
「きゃっ! ドレスが汚れてしまったわ!」
声を上げた女性の視線が、慌てた男性に向けられる。周囲もざわめき始め、雪乃はその様子を見て一瞬戸惑った。
「これはまずいわね……。」
雪乃は深呼吸をし、一歩前に出た。
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雪乃の対応
「どうぞご安心くださいませ。」
雪乃は柔らかな微笑みを浮かべながら女性に近づくと、持参していたクロスを差し出した。
「このクリームは、少量の水で簡単に落とすことができます。汚れが残ることはございませんので。」
女性は雪乃の落ち着いた態度に少し驚いた様子だったが、クロスを受け取ると、安心したように頷いた。
「そうなの? ありがとうございます。」
続いて、男性に向けて穏やかな口調で言った。
「どうぞお気になさらず。スイーツを楽しんでいただけるのが、私たちの何よりの喜びですから。」
その場にいた貴族たちも、雪乃の対応を見て感心の声を漏らした。
「さすが『雪の庭』の店主ね。こんなトラブルにも冷静に対処するなんて。」
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晩餐会の成功と王族の提案
晩餐会はその後も順調に進み、「雪の庭特製マカロン」は貴族たちの間で大好評を博した。
しかし、晩餐会の終わり際、王族の一人が雪乃に近づき、意外な提案を口にした。
「店主様、あなたのスイーツの技術には驚かされました。ぜひ王宮の専属パティシエになっていただけませんか?」
その言葉に、雪乃は一瞬固まった。
「え、専属……?」
内心では「絶対に無理!」と叫んでいたが、表情には出さずに丁寧に断る。
「光栄なお申し出をありがとうございます。しかし、私は『雪の庭』で自由な時間を過ごすことを大切にしておりますゆえ、申し訳ございませんが……。」
王族は少し残念そうな表情を浮かべながらも、笑みを浮かべて頷いた。
「そうですか。ですが、これからもぜひ王宮であなたのスイーツを楽しめるように期待していますよ。」
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帰路につく雪乃
晩餐会を無事に終えた雪乃は、馬車に乗り込むと大きくため息をついた。
「はぁ……これでようやく終わったわ。」
弥生と忍の顔が頭に浮かぶ。彼らがこの場にいたら、きっと呆れた顔をしていただろう。
「でも、これで王宮に私の名が刻まれたはずよ。ふふん、さすが私!」
そう自画自賛しながら、雪乃は窓の外を眺めた。喫茶店でののんびりとした日々が待っている――はずだった。
しかし、これがさらなる波乱の始まりであることを、彼女はまだ知らない。