晩餐会が無事に終わり、雪乃は王宮の門を出たところで、ようやく大きなため息をついた。
「疲れた……けど、なんとか乗り切ったわね。」
特製マカロンは貴族たちに大好評だったし、王族からの賛辞まで受けた。だが、その反動で心も体も限界に近かった。
用意されていた馬車に乗り込むと、雪乃は背もたれに深く体を預けた。
「もうこんな仕事、二度とごめんだわ……。」
そう呟きながら、紅茶を飲みたい衝動に駆られるが、ここには愛用の茶器も、落ち着けるカウンターもない。それが余計に彼女の心を乱していた。
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忍と弥生との再会
「雪の庭」に戻ると、忍と弥生が入口で出迎えた。
「お嬢様、お疲れさまでした。」
「おかえりなさいませ。どうでしたか、王宮の晩餐会は?」
雪乃は疲れた顔のまま、二人に答えた。
「ええ、まあね……スイーツは大成功だったし、褒められすぎてもう嫌になるくらいよ。」
弥生がニヤリと微笑む。
「つまり、お嬢様は自分の魅力で貴族たちを虜にしてしまったと。」
「違うわよ! 私の魅力じゃなくて、マカロンの魅力よ!」
雪乃は慌てて否定するが、忍は静かに指摘する。
「お嬢様、王女らしさが漏れていなかったか心配です。」
「全然漏れてないわよ! ……多分。」
二人の軽い追及をなんとかかわし、雪乃は疲れた体を引きずるようにして店内へ向かった。
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晩餐会を振り返る雪乃
カウンターの奥に座り、ようやく紅茶を一口飲むと、雪乃はほっとした顔になった。
「やっぱり、自分の店が一番落ち着くわ。」
弥生が少し心配そうに尋ねる。
「でも、本当に問題はなかったんですか?」
雪乃は少し黙った後、晩餐会での出来事を思い出しながら話し始めた。
「まあ、途中でちょっとしたトラブルはあったけどね。マカロンをドレスにこぼしたり、貴族同士で軽く言い争いがあったり……。」
「それ、結構なトラブルでは……?」
弥生が眉をひそめるが、雪乃は軽く手を振って言った。
「でも、私がうまく収めたから大丈夫よ。『スイーツは争いを和らげるものですわ』なんて言ってね。」
「お嬢様、それ本当にその場のノリで言っただけですよね?」
忍が冷静に指摘すると、雪乃は視線をそらして紅茶をもう一口飲んだ。
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新たな波乱の兆し
その時だった。店の扉が再びノックされる音が響いた。
「この時間に誰かしら?」
雪乃が不思議そうに呟くと、忍が扉を開けた。そこに立っていたのは、晩餐会で出会った王宮の侍従だった。
「雪乃店主様、夜分遅くに失礼いたします。実は、本日の晩餐会でのスイーツについて、王宮より正式に追加の注文が入りました。」
「追加の注文?」
雪乃は驚いた顔で立ち上がる。侍従は続けて言った。
「次回の王宮の催しで、ぜひ再び『雪の庭特製マカロン』を提供いただきたいとのことです。」
その言葉に、雪乃の顔が青ざめた。
「……え? またやるの? そんなの聞いてないわ!」
「申し訳ございませんが、王宮からの正式なご依頼ですので……。」
侍従の丁寧な言葉に、雪乃は頭を抱えた。弥生と忍も微妙な表情を浮かべている。
「お嬢様、これはチャンスかもしれませんよ。」
弥生が慎重に切り出すが、雪乃は即座に否定した。
「チャンスじゃないわ! これは罰ゲームよ!」
侍従は困惑しながら頭を下げる。
「お返事は数日以内にいただければ結構ですので、どうぞご検討ください。」
そう言って立ち去る侍従を見送り、雪乃はカウンターに崩れ落ちた。
「もう嫌……自由な喫茶店ライフがどんどん遠のいていく気がするわ……。」
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次なる準備を始める気配
しかし、雪乃がいくら反対しようとも、弥生と忍は冷静に次の準備を進める気配を見せ始めていた。
「お嬢様、次回の王宮の催しでは、さらに華やかなスイーツを用意したほうがいいですね。」
「そうですね。今回のマカロンを基に、アレンジしたものを考えておきましょう。」
二人の話を聞きながら、雪乃はふてくされたように紅茶を飲み干した。
「なんで私の喫茶店が、こんなことになっちゃったのかしら……。」
カウンター越しに聞こえる街の喧騒は、今日も穏やかだ。しかし、雪乃の心の中では、次なる波乱が迫っている気配がしてならなかった。
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エンディング
雪乃の嘆きが静かに店内に響く。
「どうして私の店、もっとひっそりしていられないのかしら……。」
忍が小さく呟く。
「お嬢様の魅力が強すぎるからでしょう。」
「それ、褒めてるんだか皮肉なんだか分からないわよ!」
弥生が小さく笑いながら、こう言った。
「でも、お嬢様。どんな波乱が来ても、私たちが支えますから安心してください。」
その言葉に、雪乃は少しだけ救われた気分になりながら、再び紅茶を注いだ。果たして次の王宮の依頼をどうするか――それを決めるのは、もう少し後になりそうだった。