閉店後、いつものように月が明日の準備を始めようとすると、ヴィクトリアが静かに立ち上がり、月の前に立ちはだかった。
「月姫様、お忘れではありませんか? 私がここにいる限り、姫様が働くことは決して許されません。」
その言葉に、月は驚きで目を見開いた。 「ちょ、ちょっと待ってよ! 今日の接客は確かにヴィクトリアに任せたけど、明日からは私の仕事よ! 」
ヴィクトリアは冷静な目で月を見つめ、静かに首を振った。 「姫様自らが手を動かすなど、このヴィクトリアがいる以上、断じて許されません。」
「そ、そんな…。」 月は言葉を失い、思わず雪乃に助けを求めるような目を向けた。しかし、雪乃はまったく動揺する様子もなく、どこか呑気に笑っていた。
「まぁ、月。楽ができるんだからいいじゃないの。」
「雪姉様!?」
月の抗議に耳を貸さず、雪乃はゆったりと椅子に腰を下ろし、紅茶をすすり始めた。その様子を見た月は思わず頭を抱えた。
「雪姉様がそんな態度だから、ヴィクトリアが調子に乗るのよ!」
するとヴィクトリアが軽く微笑みながら一歩前に出た。 「雪姫様のおっしゃる通りでございます。私は、壱姉様がこの国を訪問され、帰国されるまで、こちらに逗留させていただきます。」
その言葉に、月はさらに驚いた。 「え!? じゃあ、私の仕事はどうなるの?」
ヴィクトリアは胸に手を当て、毅然とした態度で答えた。 「すべて私が引き受けます。姫様方はどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。」
月は唖然とし、しばらく呆けたように立ち尽くしていたが、やがてハッと我に返った。 「ちょっと待って! それじゃ私は完全に居場所がなくなるじゃない!」
弥生が月の肩をポンと叩きながら苦笑した。 「月様、今日はもうあきらめた方がいいですよ。ヴィクトリア様に逆らっても勝ち目がありませんから。」
その言葉に、月は悔しそうに唇を噛んだ。
雪乃の冷静さ
一方、雪乃は紅茶を飲みながら、落ち着いた声でヴィクトリアに尋ねた。 「ところで、ヴィクトリア。壱姉様は本当にこの国に来るの?」
「はい、雪姫様。壱姉様は近日中にこちらにいらっしゃる予定です。そして、この国との正式な友好条約の調印式にご出席されます。」
その言葉を聞いた瞬間、店内の空気が一変した。
「壱姉様がこの国に来るって、本当なの?」 月が声を震わせながら尋ねると、ヴィクトリアは軽く頷いた。
「はい。壱姉様は陛下の代理としてこの国にご訪問されます。」
その言葉を聞いた瞬間、弥生や忍、さらにはクラリスやセリーヌまでが凍りついた表情を見せた。
「壱姉様がこの国に…?」 クラリスが思わず小声で呟いた。
「壱姉様…第一王女が来られるとなると、ただ事ではないわね。」 セリーヌも不安そうに呟く。
最強のメイドと最恐の王女
「ヴィクトリア、壱姉様のことだけど…。」 雪乃が少し間を置いて尋ねると、ヴィクトリアは微笑を浮かべたまま答えた。
「ご心配には及びません、雪姫様。壱姉様は私がいなくても十分にお一人で何事も対処される方です。」
その言葉に、弥生が小声で呟いた。 「それが一番怖いんだけど…。」
忍も同意するように頷いた。 「壱姉様が放し飼いなんて、本国で何が起こるかわからないわ…。」
そんな中、月が震える声で言った。 「ねぇ、私たち、このままじゃ『雪の庭』が壱姉様に乗っ取られたりしないわよね?」
ヴィクトリアは微笑を浮かべながら答えた。 「ご安心ください。壱姉様はそのようなことはなさらないでしょう。ただし…壱姉様の意向に逆らわなければ、ですが。」
その曖昧な答えに、店内の全員が一層の不安を感じる。
未来への不安
「壱姉様が来るなら、ここにまた波乱が起きるわね。」 雪乃がため息をつきながら言うと、ヴィクトリアは静かに一礼した。
「すべて私が対応いたしますので、どうぞご安心ください。」
しかし、その言葉に安心する者はいなかった。 むしろ、壱姉様の訪問によって何が起きるのか、誰もが胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
こうして「雪の庭」は、次なる試練に向けて、静かに夜を迎えることになったのだった――。