「そろそろ開店しないと…」
月がいつものように開店準備をしようと入口へ向かうと、目の前に立ちはだかるのはヴィクトリアだった。
彼女は月の前に静かに一歩踏み出し、鋭い眼差しを向ける。
「なりません、月姫様。このような庶民の方々を迎える行為など、私が許すわけにはまいりません。」
毅然とした口調に、月はたじろぐ。
「ちょ、ちょっと待ってよヴィクトリア! 私が毎日やってることよ? どうして急にダメなの?」
月が必死に抗議するが、ヴィクトリアは冷静そのものだった。
「月姫様の手を煩わせるようなことは、この私が許さないと決めたからです。本日は私がすべてお引き受けします。」
ヴィクトリアはきっぱりと言い放つと、月を軽く背後に押しやり、自らがドアに向かう。
その様子を見ていた雪乃が、半ば呆れながら口を挟んだ。
「月、あきらめなさい。今日は、ヴィクトリアに何もさせてもらえないわね。」
雪乃の言葉に月は肩を落とす。
「そ、そんな…私のお店なのに…」
「…月…私の店よ…」
雪乃がつぶやく。
月が悔しそうに唇を噛むのをよそに、ヴィクトリアは扉を開け、堂々と店の外に立った。
「雪の庭、開店でございます。本日のスイーツは、サーターアンダギーでございます。」
ヴィクトリアは流れるような動きで開店の札を掲げ、完璧な笑顔でお客様を迎え始めた。
いつもと違う雰囲気
最初の数組のお客様は、見慣れないヴィクトリアの姿に少し戸惑っていた。
「いつも出迎えてくれる月さんはどうしたのかしら?」
「新しい店員さんかしら、すごく上品な人ね。」
そんな声がちらほら聞こえる中、ヴィクトリアは一切動揺せず、優雅で流れるような接客を続けた。
「いらっしゃいませ。本日もご来店いただきありがとうございます。ご案内させていただきますね。」
お客様一人一人に丁寧にお辞儀し、席まで案内する。その仕草の一つ一つが完璧すぎて、店内の雰囲気がどこか洗練されたものに変わっていく。
ヴィクトリアがメニューを手渡しながら言葉を添える。
「本日のおすすめは、沖縄発祥の伝統的なスイーツ、サーターアンダギーでございます。外はサクサク、中はふんわりと仕上げておりますので、ぜひお楽しみください。」
その言葉に、お客様たちが目を輝かせる。
「そんなに美味しそうなら頼んでみようかしら。」
「おすすめされると、やっぱり食べたくなるわね。」
完璧を超えた接客
ヴィクトリアは月以上のスピードと正確さで、注文を受け付け、スイーツを提供していく。
カウンター越しでその様子を見ていた弥生が、忍に小声で呟く。
「すごいわね…。月さんも接客上手だけど、ヴィクトリアさんはその何倍も完璧よ。」
忍も同意するように頷いた。
「確かに。あの立ち居振る舞い、接客のプロというより、まるで貴族がそのまま働いているみたいだ。」
一方、月は隅で悔しそうに見守るしかなかった。
「くっ…! ヴィクトリアのせいで、私の居場所がどんどんなくなっていくわ…。」
その横で雪乃が微笑む。
「月、安心して。ヴィクトリアが本気を出すのは今日だけよ。彼女も忙しい身なんだから。」
「そうだといいけど…。」
月は不満そうに呟きながらも、ヴィクトリアの接客の様子をじっと見つめていた。
お客様たちの反応
ヴィクトリアの接客は、次第にお客様たちの間で話題になり始める。
「今日の店員さん、なんて綺麗で丁寧なのかしら。」
「本当に素晴らしい接客ね。ここが一流レストランに思えるわ。」
その言葉を聞いたヴィクトリアは、軽く微笑んで一言。
「お客様が素晴らしい時間を過ごせるよう努めるのが、私たちの務めでございます。」
その一言に、お客様たちがさらに感動する。
「なんて品のある方なの!」
「また来たくなるわね。」
忙しい一日が終わる
閉店の時間が近づく頃、ヴィクトリアは疲れた様子を一切見せず、最後のお客様を見送った。
「本日はご来店いただき、誠にありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております。」
すべてのお客様を送り出すと、ヴィクトリアは満足そうに店内を見渡し、静かに息をついた。
「これで今日の役目は終わりました。」
月が駆け寄り、思わず叫ぶ。
「ヴィクトリア! あなた、本気出しすぎよ! 私、明日からどうしたらいいのよ!」
しかし、ヴィクトリアは動じず、微笑んで答える。
「月姫様、これが本来の接客のあるべき姿でございます。ですが、明日からはどうぞご安心を。明日からも完璧に、私がこなしてみせます。」
少複雑な表情を浮かべた。
「そうじゃないのよ…」
雪乃が軽く笑いながら言葉を添える。
「月。ヴィクトリアが刺激を与えてくれたんだから、明日からもっと素敵なお店にしていきましょう。」
こうして、最強のメイドが見せた本気によって、「雪の庭」はさらに魅力を増していくことになったのだった――。