店内が客で賑わう中、扉が静かに開いた。入ってきたのは、ラルベニア王国の第一王子、アレックスだった。普段の威厳ある王子の姿とは異なり、今日はお忍びらしい。シンプルな服装に身を包み、目深にフードをかぶっている。
しかし、その気配を見逃す者はいなかった。
行く手を阻むヴィクトリア
アレックスが入口を進もうとしたその瞬間、店内から音もなく現れたヴィクトリアが、彼の行く手をふさぐように立ち塞がる。
「殿下。」
その静かな声には圧があり、アレックスの足が止まった。
「ご自分の立場を理解して行動なさってください。」
アレックスは面を上げ、ヴィクトリアを見つめる。普段なら彼の堂々たる態度に相手が怯むこともあるが、目の前のヴィクトリアは微動だにしない。
ヴィクトリアの忠告
ヴィクトリアは一歩も引かず、冷静な口調で言葉を続けた。
「現在、本国と貴国は友好条約締結に向けて、話し合いが進められている最中でございます。」
アレックスが口を開こうとしたが、ヴィクトリアが先に言葉を紡ぐ。
「非公式の場所での雪姫様たちとの接触は、お控えください。でないと、大変な事が起きても何ら責任を取ることが出来ません。」
「大変な事」――それが何を意味するのか、アレックスは知らない。だが、ヴィクトリアの瞳に宿る確信と威圧感が、彼の言葉を押し戻した。
第一王子の反論
「責任だと?」アレックスは低い声で問いかけた。
「私が雪乃と話すことが、なぜそんなに問題になる? 私はただ――」
ヴィクトリアはその言葉を遮ることなく受け止めたが、表情を変えることはなかった。
「殿下、その行動が雪姫様にどのような影響を与えるか、十分にお考えくださいませ。」
静かな中にも鋭い忠告に、アレックスは眉をひそめた。
壱姫への伏線
ヴィクトリアの言葉に含まれる「大変な事」という言葉が、アレックスの胸に引っかかった。だが、それが何を指すのか、彼女は一切触れようとしない。
(大変な事――それは壱姫のことであるが、それは彼に伝えるべきことではない。)
アレックスは内心で不満を抱きながらも、これ以上の押し問答は無意味だと悟った。
第一王子、退散
アレックスは静かにため息をつき、身を翻した。
「分かった。今日は引き下がろう。」
その一言を残し、彼は再びフードを深く被って店を後にした。
ヴィクトリアは彼の背中をじっと見つめながら、軽く一礼をする。
「ご理解いただき、感謝申し上げます。」
店内の片隅でお茶を楽しんでいた雪乃たちが、そのやり取りを遠巻きに見守っていた。月が小声で呟く。
「今の……アレックス様だよね? 雪姉様、私たちのところに来るつもりだったの?」
雪乃はティーカップを手に取りながら、静かに首を振った。
「いいえ、たぶんヴィクトリアが止めてくれたから、何も起こらずに済んだのよ。」
星姫が紅茶を飲みながら微笑む。
「さすがヴィクトリアね。あのアレックス様を制止せるとは。」
雪乃は小さく息をつき、遠くを見つめるように呟いた。
「でも、壱姉様の影がある限り、何かが起きる可能性は消えないわ。」