「すごい繁盛だな。」
扉をくぐったアルベルトが店内を見渡しながら呟く。
雪の庭は開店直後だというのに、すでに満席に近い状態だった。穏やかな雰囲気の中にも忙しさを感じる光景に、彼は感心したように目を細めた。
その声を聞きつけたヴィクトリアが、音もなく彼の前に現れる。完璧な笑みを浮かべながら一礼し、流れるような声で挨拶をした。
「ご来店ありがとうございます、アルベルト様。本日はどうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。」
アルベルトは気まずそうに頭を掻きながら、ふとヴィクトリアを見る。
「新人か? 俺を知ってるってことは、最近ここに来たんだな。」
ヴィクトリアは表情を崩さず、静かな声で続けた。
「当店がこれほど賑わっているということは、貴店スタードール店が雪乃様のお役に立っていないということでしょうか?」
その冷静な追及に、アルベルトの顔が険しくなる。
「はあ? どういうことだ? お前、何を言ってるんだ?」
ヴィクトリアは一歩前に進み、微笑みを浮かべたまま淡々と答える。
「貴店スタードール店は、雪乃様が提供されたスイーツレシピを基に運営されているお店でございます。その目的は、こちら雪の庭の混雑を緩和すること。しかし、現状を見る限り、貴店はその役目を果たしていないようですね。」
「なんだと!」
アルベルトの声が少し大きくなる。店内の客たちがざわざわと振り返り始めたが、ヴィクトリアは意に介さず言葉を続ける。
「雪乃様がレシピを提供してくださったにも関わらず、現在こちらの混雑が緩和されておりません。それに対して、何か弁明できる立場でいらっしゃいますか?」
アルベルトは返す言葉を探しながら、周囲の視線を感じて居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
「いや、その……たしかに雪乃にはレシピをもらったけど、俺の店だって頑張ってるんだよ! そっちが人気すぎるだけで――」
「ヴィクトリア。」
突然響いた雪乃の穏やかな声が、店内の空気を和らげた。遊びテーブルでお茶を楽しんでいた彼女が、月や花の横を通り抜け、アルベルトの前に歩み寄る。
「アルベルト様、ヴィクトリアが少々言葉を選ばなかったようで、申し訳ありません。でも、あなたのお店があってこそ、私たちも助かっているんですよ。」
雪乃の柔らかな微笑みと言葉に、アルベルトは少し肩の力を抜いて苦笑した。
「助かってる、ねえ……。まあ、そう言ってもらえると救われるけどさ。でも、なんでこんなに混むんだ? 俺の店が落ち着かないと、そっちも大変だろう?」
雪乃は軽く笑いながら答えた。
「そうですね。でも、この忙しさも『雪の庭』の魅力の一つだと思っています。」
そのやり取りを聞いていたヴィクトリアが、再び一歩下がりながら一礼する。
「どうぞ本日は、当店の雰囲気をお楽しみくださいませ。そして、今後とも雪乃様にご尽力いただければ幸いです。」
「……分かったよ。今日はゆっくりさせてもらう。」
アルベルトはそう言い残して席に腰を下ろし、メニューを手に取る。その背中を見送りながら、雪乃は再び遊びテーブルに戻った。
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遊びテーブルに戻る雪乃たち
「さすが雪姉様……あの空気をうまく収めるなんて。」
月が感心したように呟く。
「まあ、それでもヴィクトリアの言葉の方がインパクトはあったけどね。」
星姫が紅茶を飲みながら軽く肩をすくめる。
雪乃は微笑みを浮かべながらティーカップを手に取る。
「これが『雪の庭』の日常なのよ。」