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第35話 難航する条約締結2:壱姫と海賊問題



ヴィクトリアは静かに紅茶を飲みながら、落ち着いた口調で言った。

「少し長い滞在になりそうですので、時々こちらに来させてもらいます。」


「え?」雪乃が意外そうに目を見開いた。「調印するだけじゃなかったのですか?」


ヴィクトリアは小さく頷き、ため息をつくように話を続けた。

「そのはずでした。しかし、このまま調印できないという事実がわかりまして……壱姫様は、その対応に時間を取られているのです。」


「星姫姉様は、草案がまとまったと仰ってましたよ?」月が首をかしげる。


「草案そのものに問題があったわけではありません。」

「じゃあ、何が問題なんです?」花が尋ねると、ヴィクトリアは少し申し訳なさそうに口を開いた。


「この国の近海をテリトリーとする海賊の存在です。それでは、安心して貿易ができないと。」


「確かに、海賊がいるなら、調印どころじゃないですね。」雪乃が深く頷いた。

「で、王国はどうするつもりなんですか?」月が続けて尋ねる。


ヴィクトリアは少し肩をすくめて言った。

「ラルベニア王国は、海賊を一掃するつもりだそうです。」


「じゃあ、それで解決じゃない。」花が少し安心したように言うと、ヴィクトリアは微妙な表情を浮かべて首を振った。

「それが……壱姫様が海賊の一掃に協力したいと申し出てしまいまして。」


「……え?」一同、耳を疑ったように同時に声を上げる。


「他国の姫君にそんなことをさせるわけにはいかないと、ラルベニア側は言っているのですが。」

「当然ですよ!」雪乃が叫ぶように言った。


ヴィクトリアは苦笑いを浮かべながら続けた。

「壱姫様が、『妾は海賊退治が得意だ。海賊は大好物じゃ』と仰ったものですから……その一言で話し合いが紛糾してしまいました。」


「大好物って……」月が呆然とした表情で頭を抱えた。


「壱姫姉様らしいけど……」花が苦笑いを浮かべる。


「そういえば、壱姫姉様がジパングで一夜にして海賊を殲滅したっていう話、伝説になってますよね……」雪乃がぼそりと呟いた。


その言葉に、一同は深くため息をつきながら一様に頭を抱えるのだった――。


草薙の尊の真実


ヴィクトリアは少し申し訳なさそうに言葉を続けた。

「しかも、幸か不幸か、我々が乗ってきたのは草薙の尊でして……」


その言葉に、月は驚愕の表情を浮かべながら叫んだ。

「あの巨艦!?護身の装備って言いながら、とんでもない戦闘力を持ってるやつじゃない!」


ヴィクトリアは淡々と頷き、説明を続けた。

「はい、その通りです。あの艦に搭載された魔導粒子砲は、一撃で海賊船を蒸発させる威力を持っています。」


「壱姉様は、戦争でも始めるつもりなの……?」雪乃が呆然とした声で呟く。


「もともと国王の乗艦だからという理由で持ち出してきただけです。」ヴィクトリアがそう言うと、月はさらに声を荒げた。

「国王の乗艦を戦艦にしちゃったのは、どこのどいつよ!」


その場が静まり返った中、花がそっと小さく手を挙げた。

「はい……ごめんなさい。」


「え!?あんたが作ったの!?」月は目を見開いて花に詰め寄る。


花は首を振りながら、弁解するように言った。

「作ってない。設計しただけ……。」


「それを作ったって言うのよ!」月が怒りを隠せずに叫ぶ。


花は肩をすくめながら、さらに続ける。

「造ったのは、造船技師だから……。」


その言葉に、月は頭を抱えながらため息をついた。

「そういうのは屁理屈っていうのよ!」


雪乃も困ったように笑いながら、冷静を取り戻そうと声をかけた。

「でも、壱姉様がそれを使ったら……海賊どころか近海全体が大混乱になりそうね。」


「まさに壱姉様のやり方ですわね……。」ヴィクトリアは苦笑いを浮かべたが、どこか誇らしげな表情も見せていた。


そして、月はため息をつきながら呟いた。

「はぁ……もう壱姉様を止めるのは無理だわ。」


店内には、誰も否定できない空気が漂っていた――。


草薙の尊の秘密


ヴィクトリアは話を続ける。

「もともと壱姉様が『父上の乗艦だから、絶対の防御力が必要!』と仰って……そして、さらにこう言われたのです。『攻撃こそ、最大の防御だ』と。」


その言葉に、月は頭を抱えながら、深いため息をついた。

「なんで、それが戦艦にまでなっちゃうのよ……?」


すると花が、自分の功績を少し誇るように、でも控えめな声で言った。

「だって、金属装甲船を造るってなったら、攻撃も考えないとバランスが取れないし……でもすごいでしょ?ジパング初の金属装甲船だよ?鉄なのに浮くんだよ。」


雪乃が驚きと呆れを込めて、花の顔を見た。

「花姉様、それは確かにすごいけど……なんで鉄の船が浮くのか、本当にわからないのよね。」


花はにこやかに頷いて答えた。

「簡単だよ!浮力の原理を利用してるだけ。要は、船全体の体積を大きくして水を押しのければ……」


「いや、理屈はいいのよ!船が浮くのはもうわかってる!あんたがすごいのは十分知ってるの!」

月が手を振りながら、花の説明を遮った。


「でも、そのすごい技術を戦艦に使うのは……どうかと思うわ。」

雪乃が、少し疲れたように呟くと、花は首をかしげた。

「でも、壱姉様が言ったんだよ。『攻撃こそ、最大の防御だ』って。」


月は肩を落としながら、ぼそりと呟く。

「壱姉様が言ったら、誰も逆らえないもんね……もうどうしようもないわ。」


雪乃も同じように肩を落とし、誰も反論できない状況に、店内には微妙な沈黙が漂った。


「……それにしても、花の技術力、本当に恐ろしいわ。」

月がそう締めくくると、花は満足げに微笑んでいた――。


花へのため息


月は呆れたように、深いため息をついた。

「頭いいのになんでそんな簡単に口車に乗るかな……壱姉様の言葉に流されるんだから。」


花は少し困ったような表情を浮かべながら、手を合わせて小さく言った。

「だって……壱姉様の言葉には説得力があるんだもん。あの場で『それは違う』なんて言えないよ……。」


月はさらに肩を落として、頭を抱えた。

「いや、花なら言えるでしょ?あんたの頭脳と技術力があれば、『これ以上は危険です』くらい言えばよかったのに。」


花はその指摘に申し訳なさそうに笑った。

「うーん、確かにそうかもしれないけど……壱姉様って、何でも正しく見えるというか、妙に納得しちゃうんだよね。」


雪乃が苦笑しながら口を挟んだ。

「花、きっとあんた以外にもそういう人、いっぱいいるんだろうね。だから壱姉様ってあんなに絶対的なんだわ。」


ヴィクトリアもそのやり取りに静かに耳を傾けながら、淡々とした口調で補足した。

「壱姉様の言葉は、時に理屈を超えた説得力を持っています。それに抗うのは、ほとんどの人にとって不可能ですから。」


月は頭を振りながら、さらにため息をつく。

「それじゃ、もうどうしようもないじゃない……。」


花は笑顔で軽く手を挙げて、明るい声で言った。

「でも、すごい船になったんだよ!ジパングの技術の結晶だし、壱姉様も喜んでくれてるから、結果オーライってことで!」


「結果オーライとかの問題じゃないのよ!」

月が思わず声を張り上げると、店内には再びため息と呆れの空気が漂った。


壱姫からの勲章


ヴィクトリアがふと真剣な表情で言葉を続ける。

「これはまだ内緒なのですが……壱姫様が即位なさった後、最初に授ける勲章を花様に与えたいとおっしゃっておられました。」


花は突然の話に目を見開き、驚きの声をあげる。

「えっ!?わ、私に勲章を!?何で!?そんなの、私にはもったいないよ!」


ヴィクトリアは微笑みながら頷き、壱姫の意図を説明する。

「壱姫様は、花様がジパングの発展に大きく貢献されたことを非常に高く評価しておられます。特に金属船や魔道技術の進歩による国防力の強化は、国の未来にとって欠かせない成果だと。」


月が半ば呆れながらも笑みを浮かべて口を挟む。

「まあ、それだけのことをやってるんだから、勲章くらいもらって当然なんじゃないの?」


花は恐縮した様子で首を振りながら言った。

「いやいや、私はただ設計図を書いてただけで……実際に作って、運用してくれてるのは他の人たちだし……。」


雪乃が優しく笑いながら言葉を添える。

「でも、花がいなければ、その設計図自体が存在しなかったわけでしょ?みんなが認めてるんだから、素直に喜べばいいのよ。」


それでも花は照れくさそうに頭を掻きながら、小さく呟いた。

「なんか、褒められるのに慣れてないから、落ち着かないなあ……。」


ヴィクトリアは穏やかな声で締めくくった。

「壱姫様も、花様にはもっと自分の偉業を誇ってほしいとお考えのようです。ですので、その勲章は壱姫様からの感謝の気持ちでもあるのです。」


花はその言葉に少しずつ納得したように、控えめに頷いた。そして小さな笑みを浮かべながら、ぼそっと呟く。

「じゃあ……壱姉様がそう思ってくれてるなら、ありがたく受け取ろうかな。」


店内は一瞬、穏やかな空気に包まれたが、月が冗談っぽく口を開く。

「でも、その勲章、花がまたとんでもないものを作らないようにって牽制だったりして。」


その一言に、店内は笑いに包まれた。


雪乃は苦笑いを浮かべながら呟いた。

「むしろ、とんでもない物を作らせたいのが壱姉様なんだから、困ってるのよ。花は、それを簡単に実現しちゃうし……。」


その言葉に、月が大きく頷きながら付け加える。

「そうそう。壱姉様が『これが欲しい』って言ったら、花は絶対に断らないもんね。それどころか、さらに改良案まで出してくる始末。」


花は恥ずかしそうに頬を掻きながら小声で反論する。

「だ、だって……壱姉様が頼んでくるのって、面白いものばっかりなんだもん。断る理由が見つからないっていうか……。」


ヴィクトリアがそれを聞き、少しだけ苦笑を浮かべた。

「壱姫様のお考えは常に先を行っていますからね。花様の才能を信じていらっしゃるのも事実ですが、時折、そのスケールの大きさに周りが振り回されるのもまた……日常の風景ですね。」


雪乃がため息交じりに言った。

「その『日常の風景』を、どうにかしてほしいんだけどね……。まあ、結局、花が何でも作れちゃうのが原因なんだけど。」


月は笑いながら指をさした。

「そうよ!花、ちょっとくらい無理なものは無理って言いなさいよ!」


花はさらに恥ずかしそうに顔を赤らめ、ぼそっと言う。

「……でも、壱姉様の期待に応えたくて……つい。」


その控えめな態度に、雪乃も月も呆れながらも微笑みを浮かべる。


「ほんとに困った天才ね。」


雪乃のその言葉に、一同はまた笑い合った。そして、壱姉様という規格外の存在と、それに応えられる花という稀有な才能に改めて感心しつつも、どこかあきらめに似た安心感を覚えていた








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