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第64話 結婚恩赦



南蛮帝国の帝都に戻った男は、沈痛な面持ちで皇帝の前に跪いた。

その顔には覚悟が滲んでいる。


彼は、自らの罪を理解していた。


——ジパング王国の王女を盗撮し、第七王女を尾行した罪。

——それが、南蛮帝国とジパング王国の外交関係を危機に陥れたこと。


その結果、自国の名誉を傷つけ、皇帝陛下の信頼すら失ったのだ。

己の愚かさを悔いても、もはや取り返しがつかない。


男は観念し、処刑を覚悟していた。

ただ、最後に皇帝に詫び、潔く死を受け入れるつもりだった。


だが——


「貴様のせいでどれほど迷惑を被ったか知っているか?」


皇帝 アルグリット四世 は、鋭い眼光で男を睨みつけた。

手にしていた剣を抜き、切っ先を男の顔の前に突きつける。


男は息を呑んだ。


「どうか、存分にご処断ください。」


深く頭を下げ、静かに目を閉じる。

次に開くことはないかもしれないと覚悟していた。


しかし——


「そのつもりだった。」


皇帝の声は冷徹だった。

男は微かに身震いする。


「……だった?」


思わず聞き返した男に、皇帝は嘆息するように続けた。


「貴様、なぜ今ここにいられるかわかっているか?」


「……陛下の婚約の恩赦と聞きました。」


震える声で答える男。


「そうだ。」

皇帝は剣を納めると、男を鋭く見据えた。


「だが、恩赦を提案したのは、ジパングの第四王女、風姫殿だ。」


「風姫殿下が……?」


「彼女は、世の婚約のために尽力してくださった恩人だ。その彼女からの提案を、聞き入れねばなるまい。」


男は驚きを隠せなかった。

敵国であるはずのジパング王国の王女が、なぜ自分のために恩赦を?


「そして、風姫殿下からの提案はもう一つある。」


「……それは?」


「世は、まもなく結婚する。」


「……はい。」


「結婚による恩赦だ。」


男は再び息を呑む。


「え……それは?」


「命までは取らん。」

皇帝は淡々と続けた。


「だが、二度と公職につけると思うな。」


男はその言葉を聞き、目を閉じた。


「……は、はい……!」


生きていることが信じられなかった。


処刑される覚悟だったのに、命を拾われた。

それも、かつての敵国の王女の慈悲によって——


「風姫殿下はこう言っていた。」


皇帝の言葉に、男は顔を上げる。


「『貴様のような奴は、好ましく思ってはいないが、それでも、やたらと命を奪うべきではない』……とな。」


「……!」


「風姫殿下に感謝するのだな。」


皇帝は椅子に深く腰を掛け、男を一瞥した。


「さっさと家に帰れ。世の前から消えよ。」


男は震える手を床につき、深々と頭を下げた。


「……陛下、ありがとうございます……!」


それは、生涯二度と戻ることのない宮廷からの、最後の退出だった。


こうして、彼の運命は大きく変わることとなった——。



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