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第3話 お見合いの結果と智哉の帰郷。

 奈々の家から帰ると家族は出かけてでもいるのか、誰もいなかった。そこで私は自室で寝直すことにした。奈々の部屋と比べると飾り気がなく、雑然としている。部屋の中で可愛いといえるものは推し馬のぬいぐるみくらいだった。推し馬のぬいぐるみは結構たくさんあって、そこだけはきちんと整頓されている。推しを雑に扱うことは許されないのだ。

 脱いだワンピースは一応ハンガーに掛けて、部屋着代わりのTシャツとハーフパンツに着替えてベッドに横たわる。急に動いたら目眩がした。二日酔いで気持ちが悪い。奈々のペースに引きずられて飲んでいたら飲み過ぎてしまった。今度からは自分のペースを守ろうと思う。いつもこうして後悔するが、次もたぶん飲み過ぎる。しかし、朝方まで飲んでいたというのに寝付けない。私は水でも飲もうとキッチンへ向かった。


「あれ、お姉ちゃん。帰ってきてたの。車ないからいないかと思ってた」

「ああ、あゆみいたんだ。車なら奈々のところに置いてきたよ」

「朝まで飲んだのね、大丈夫?」


 キッチンには妹のあゆみが大量の荷物を持った悠里を従えて冷蔵庫の片づけをしていた。私はうんとだけいって、取り敢えず水を飲む。お腹がたぷたぷになるほど飲んでも喉は渇いたままだ。あゆみも悠里も呆れた表情をしている。


「あかり、お見合い失敗してヤケ酒したのか?」

「いや、断られるように頑張ったからね。失敗してるなら万々歳よ。ていうか、あれで失敗しないわけがない」

「お姉ちゃん、何をしたのよ一体。断られるように頑張ったところに残念なお知らせをしなきゃいけないんだけど、相手からは断られてないよ。相手の方は結婚に向けて進めたいみたい」


 何故だ。ギャンブルの話も守護霊が見える話もちゃんとしたではないか。それに、真っ青になって私をおいて帰ってしまったではないか。なのに、何故に断らない。意味分からん。体面上、結婚さえ出来れば誰でもいいのか。おばさんの手前、自分から断るのはよくないと思っていたけれど、こっちから断ってやらないといけないようだ。ああ、面倒くさい。あとで、おばさんにお断りのメッセージを入れておこう。


「そうだ。奈々から聞いたんだけど、智哉がこっちに帰ってくるんだって?」

「おいおい、その話なら俺が一ヶ月以上前にしたろ。あゆみと覚えてないんじゃないかっていう話はしてたけど、本当に覚えてなかったんだな」

「お姉ちゃん、人の話をちゃんと聞かないから」

「ちゃんと聞いてないんじゃなくて、ちゃんと聞いてるけど覚えてないんだよ」

「おばあちゃんみたいなこといわないでよ、全く」

「おばあちゃんみたいか。それは笑えるな」


 勝手に笑ってくれ。本当にちゃんと話は聞いているのだ。自分に必要ない情報とかはすぐに忘れてしまうけれど。ということは、智哉のことは私にとってどうでもいいことだったんだろうか。そうは思っていないはずなのになあ。すぐに忘れてしまう。

 あゆみは冷蔵庫の片づけを終えるとお茶を入れてくれた。あゆみが焼いたクッキーをお茶菓子にして、熱い茶をすする。今日は父と母は出かけていて、あゆみは悠里に付き合ってもらって買い物にいっていたらしい。ゆっくりとお茶を飲んでいると、具合の悪さがやわらいでいくようだ。


「ていうかさ、智哉ならもう帰ってきてるよ」

「え、帰ってくるのって何日か後だって聞いてきたんだけど。聞き間違ったのかな」

「いや、聞き間違いじゃないよ。あっちでやることが片づいたから、少し早めに帰ってきたんだと。今は荷物の片づけやってるよ」

「そうだったんだ。それにしても、何でまたこんな田舎に帰ってきたわけ」

「知らないよ。それは本人に聞いてくれ」


 何だ、もう帰ってきてるのか。私は立ち上がり、隣の家の二階の窓を見上げた。人影が動いている。あれが智哉だろうか。訪ねていけば会ってくれるんだろうが、今すぐ会うのは気が引けた。帰ってくるということを忘れていたのが申し訳ないし、何より酒が抜けてない。いきなり、二日酔いで酒の臭いがする幼なじみには会いたくないだろう。お茶でも飲んで酔いを覚まそう。窓辺を離れようとしたとき、ちらっとだけ姿が見えた。ちょっとだけどきっとした。


「悠里、奈々が智哉が帰ってくるならみんなで飲み会しないかって。智哉に聞いておいてくれない?」

「いいけど、智哉は酒飲めないぞ」

「あ、そうなのか。それじゃ、誘っちゃ悪いかな。弟はザルなのに智哉は飲めないのか」

「悪かったな、ザルで。飲めないけど、誘っちゃいけないってことはないと思うぞ。たぶん断らないし、逆に喜ぶんじゃないかな。ところで、奈々さん元気?」

「お姉ちゃんと飲んでたんだから元気なんじゃないの。あんた、奈々さんには婚約者がいるのよ。もうすぐ結婚するの、それを忘れないでね」


 悠里は奈々のことが好きらしいけど、あゆみのいうとおり奈々には婚約者がいる。もうすぐ結婚する予定のはずなんだけれど、こんなに私たちと遊んでいて大丈夫なんだろうか。奈々は秘密主義というわけではないが、婚約者の話はあまりしてくれないから、上手くいってるんだかどうだかよく分からない。悠里は薄気味悪い笑みを浮かべる。


「そっか、奈々さんと飲めるのか。それはいいな。よかったら、奈々さんの手料理が食べたいって伝えておいてくれるか?」

「分かった。奈々に悠里のために料理を作ってやってくれって伝えておくよ。食べたいものがあったらいってくれれば、それも伝えておく」

「奈々さんの手料理なら何でも。じゃ、俺はそろそろ勝負しに行くわ」

「今日は何で勝負?」

「潮物語打ってくるよ。あかりは行かないのか?」

「まだ具合悪いから、今日は無理だな。頑張れよ」


 悠里は稼いだら飲み会にいい酒を持ち込んでやるといって去っていったが、たぶん負けて帰ってくるのだろう。悠里がそういうことをいってパチンコにいくときは、だいたい負けるのである。ギャンブルをしないあゆみはひたすらに呆れていた。私と悠里はギャンブル仲間でもあって、たまに一緒にパチンコに行くし、競馬中継を見たりもする。周りからは理解されない趣味を持つもの同士気が合うのだ。

 その後、悠里から智哉が飲み会に参加したいといっていると連絡がきた。飲み会は奈々の休みに合わせて土曜日はどうだということだ。それを奈々にも伝えておく。悠里が手料理を食べたいといっているのも忘れずに。奈々からは了解との返事がきていた。ちなみに、悠里がいい酒を持ってくるという情報はないので、パチンコの方は撃沈したようだ。

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