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第5話 守護霊と智哉に会った感想。

 お風呂から上がって、髪の毛はまだ少し湿っている。ドライヤーのかけ方が甘かったらしい。もう一度乾かそうかとも思ったが、面倒なのでやめた。いつもすることはないが、今日もすることはない。あゆみはお菓子を作っていて相手にしてくれないし、お母さんも明日のお弁当の準備をしている。お父さんは特に何をするでもなく寝転がっているが、話しかけるほどの話題もない。結局、私はする事もないので自室に戻ることにした。まだ、寝てしまうような時間でもないし、何をしようか。

 自室に入り明かりをつけると、部屋の真ん中で男があぐらをかいていた。細身の優男で体がほんのりと透けている。この男が私の守護霊、未崎である。


『やあ、あかり。お風呂上がりかい?』

「うん、すっきりしたよ。で、今日は何でここにいるの」

『何でっていわれても、いたいからかな。私はあかりと一緒にいるのが好きなんだよ』

「普通守護霊って、困ってるときとか弱っているときにそばにいるもんじゃなかったっけ。何か、結構そばにいるけど大丈夫なの。死後の世界も忙しいっていってたじゃん」

『困ってる弱ってるのときはいなきゃいけないときだよ。それ以外でもそばにはいられるんだ。中にはべったり一緒にいるパターンもあるしね。死後の世界ねえ。忙しいときもあるけど、今は暇だから大丈夫』


 未崎はそういって笑った。未崎は守護霊なのだが、私の曾祖父でもある。私が子どもの頃は古めかしい言葉遣いでよく分からなかったこともあるのだが、今ではすっかり現代に慣れてしまっている。服装もパーカーを着ていたりするのだから、曾祖父とは思えない。霊はずっと死んだときの格好でいるのかと思いきや、相手に見せたい格好を見せることが出来るのだそうだ。この人はパーカーにデニムのハーフパンツという姿を私に見せたいらしい。まあ、考えてみれば未崎は三十年しか生きていないわけで、若い格好もしたいのだろう。曾祖父が見た目年齢は私より年下というのが本当にイラつく。

 私が座ると、机の上に置いてあったペンとメモ帳がふうっと浮いて、未崎の元へ漂っていく。未崎はそれを手に取ると、メモ帳をめくった。霊は物を触れない。けれど、特殊な力で動かすことが出来る。ポルターガイストみたいなものと思えばいいんだろうか。物が触れないわりに結構なんでもやってしまう。霊が見えない人から見れば怪奇現象以外の何者でもないんだろうが。


「未崎はメモ用紙なんか用意して何してるの」

『日曜日は桜花賞だろ。予想だよ予想。またいつもみたいに買ってくれるんだよね』

「三点だけに絞ってくれれば、私の買うついでに買っておくよ」

『悩んでるんだよね。やっぱり、ジュベナイル組が強いのかなあ。だとしたら、勝ち馬のペスカーラから買いたいところなんだよね』

「ペスカーラか。私は二着馬のフェリーニヒングからいきたいね」

『フェリーニヒングも捨てがたいんだよね。三点っていうのが厳しいなあ。どう絞るか。やっぱりペスカーラだよ、これでいこう。で、相手は』


 私の守護霊だからってこともないんだろうが、未崎はギャンブルが大好きである。今日も私と一緒にいるのが好きだからとかいってたけど、結局は競馬の予想をしたかっただけの話である。日曜日はたぶん競馬中継を隣で見るのだろう。それがいつものパターンだ。ちなみに、悠里も一緒に競馬中継を見ることがあるけど、霊が見える体質のため未崎が見えている。慣れているはずの未崎のオーバーリアクションいつも驚いているのは笑ってしまう。未崎はパチンコ屋にもたまに着いてきて後ろで見ていることもある。見ているだけでも楽しいらしい。


『あかり、幼なじみと再会したんでしょ。どうだった?』

「どうだったも何もないけど。智哉はうちに煮物届けにきただけで、ついでにちょっとお茶したかなってくらい」

『お茶してどうだったって話。色々話をしたわけでしょ。何かないの』

「うーん、基本的には高校のときと変わらないかな。物腰も柔らかいし、いやなことはいわないし。変わったとこっていえば外見。大人になったよね。って、何で頭抱えてるの」

『大好きだった幼なじみと再会するのに、そのくらいしか思うことないわけ』

「そのくらいしかって、普通大人になったなあくらいしか思わなくない?」


 未崎は何を期待しているのだろう。そりゃ、勉強が出来てちょっと年のわりには落ち着いた智哉に憧れた時期はあった。でも、それは小学生とかの話で、中学生くらいになると別の同級生と付き合っていたのだ。そんな小学生のときの憧れが、今更再会したからどうこうということもないだろう。確かに、智哉は相変わらず格好良かったけれど。仮に再会して私の心が動かされたとして、智哉の方は心を動かされることはないと思う。私が智哉なら、幼なじみがこんな女になってたらがっかりする。


『そっかあ。あかりは結婚とか諦めてるみたいだから、ここで一発幼なじみ相手に恋心思い出して欲しかったんだけどなあ』

「結婚を諦めてるのは男がどうにもクズばかりだからだよ。それと私を恋愛出来ない人扱いするのはやめてくれ。結婚はしたくないけど恋愛はしたいんだから」

『じゃあ、相手が幼なじみでもよくない?』

「私はそれでいいかもしれないけど、智哉にだって好みってものがあるでしょうが。幼なじみだからって上手くいくわけじゃないし」

『そういうもんかな。私は奥さんとは幼なじみだったよ』


 だめだ。幼なじみ同士で結婚した人は、幼なじみで付き合うことに何の疑問も抱かない。幼なじみっていったって、ずっと一緒にいたわけじゃない。十年以上の知らない期間があるのだ。その期間はどうやっても埋まらないし、その間にお互いに色々変わってしまっている。以前のようにはならないのだ。未崎はそこのところをよく分かっていない。

 話を振るだけ振っておいて、未崎は競馬の予想に戻ってしまった。どうにもジュベナイル勝ちのパスカーラが気になって仕方がないようだ。

 私も予想を始めるが、ふっと智哉の顔が浮かんで手を止めた。変な爆弾を落としてくれたものだ。子どもの頃のどきどきがちょっとだけ蘇ったじゃないか。結婚はしたくないけど恋愛はしたいんだっていうのもカミングアウトしてしまったし。ずっと誰にもいわずにきたのに。奈々でさえ、私が恋愛したいなんて知らない。未崎は私を振り回して楽しいんだろうか。

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