日曜日。いつものように悠里が私の部屋に遊びにきて、下らない話をしながら二人で競馬中継を見ていた。今日は桜花賞しか賭けていないのだが、何だかんだずっと競馬を見てしまう。昨日の飲み会は盛り上がったと嬉しそうに話す悠里。けれど、それは悠里が奈々の手料理を食べて勝手に舞い上がっていただけではないのだろうか。私は意識的に飲むペースを落とし、飲む量も減らした。それでも二日酔いになってしまう辺り、お酒は弱いのかもしれない。しばらく経ったとき、悠里が遊びに来ていることを聞きつけたあゆみがお茶を入れてきてくれた。
「お姉ちゃん、お客さんが来ているならお茶くらい出しなさいよ」
「お客さんって認識がなかったわ」
「悠里でも一応はお客さんなのよ。ほら、お茶とアップルパイ持ってきたから食べて」
「ありがとな、あゆみ。このアップルパイはあゆみの手作りか?」
「そうよ。さっき焼き上がったばかりだから、まだ温かいわよ」
「うん、美味しいけど奈々さんの料理の方が上だな」
「文句いうなら食べなくても結構よ」
あゆみはそういって皿を片づけようとするが、悠里はアップルパイにフォークを突き立ててかぶりつく。いつもならここで文句をいって部屋を出ていくのだが、今日は自分の分のお茶も用意してきたようだ。何か話したいことでもあるのだろうか。あゆみは自分で作ったアップルパイを食べて、美味しいと胸を張る。確かに美味しいのだが、そういうことって自慢するものだろうか。私は自分では作らないのでよく分からない。
「私、智哉さんにちらっとしか会ってないのよね。でも、ほんの少し見ただけでもいい男だったあ。お姉ちゃんたち、一緒に飲んだんでしょ。ずるいよ」
「ほら、俺の顔見ておけよ。似たような顔だから」
「似たようなって、全然違うじゃない。智哉さんはもっとこう、知的な感じよね。本当にいい男だわ」
「まあ、確かにいい男ではあるね。そんなに智哉と一緒に飲みたかったのに、何でまた用事入れたの」
「入れたっていうか、友だちが彼氏と大喧嘩しちゃったらしくて、仲裁にいったのよ。友だちが途中でブチ切れなければ、すぐに帰ってこられたのに。本当にもう」
あゆみはそういってお茶を流し込む。この子には熱いっていう感覚がないのだろうか。私は猫舌なので、まだお茶を飲めていない。アップルパイだけ食べている。あゆみは昨日飲み会に参加出来なかったことを、本当に残念に思っているようだった。そうだよなあ。隣に住んでいるとはいえ、そうそう会う機会はないもんなあ。私と悠里は共通の趣味があるので別なんだけど。一緒に競馬を見るとか、そういう目的がないと声もかけづらい。
「智哉さんに会いたいなあ。友だちが喧嘩なんかしなければ。仲裁にいっちゃった私も私だけど」
「そういう友だちを大事にするところが、あんたのいいところなんじゃない。昨日のことはすっぱり忘れて、今後について考えた方が建設的だと思うけどね」
「そうそう。何なら、アップルパイでも持っていけばいいんじゃないか。どうせたくさん焼いたんだろ。智也は甘いもの好きだから、届けたら喜ぶと思うぞ」
「喜ぶかしら」
「美味いしな。訪ねていけばお茶くらい入れてくれるかもしれないし」
「私、いってくる」
あゆみはお盆片手に飛び跳ねるようにして部屋を出ていった。これからアップルパイを持って智也のところへいくつもりなのだろう。悠里はのんびりお茶を飲んでいたが、そこに急に未崎の姿が現れてのけぞった。悠里は見えるのだ。未崎は私と悠里の後ろに正座して、テレビを見ている。これはいつものことなのだが、悠里はいつも必ず驚く。見ていて飽きないといえば飽きないんだけど、いい加減慣れてもいいんじゃないだろうかという気もする。
「はあはあ、未崎さん来てたんだ。びっくりした」
「うん、今日は桜花賞だから、楽しみにしてたんだよ。未崎がいるからって、気にしなくていいから」
「分かった。じゃあ、聞くけどあゆみをいかせてよかったのか。あれ、結構本気だぞ」
「あゆみは面食いだからね、智也みたいなタイプには弱いよ。彼氏とも別れたばかりだし、食いついたんじゃないかな。ああ見えて肉食タイプだから、食われるのは智也の方だよ、きっと」
「そういうんじゃないんだけどな」
じゃあ、どういうことをいいたいんだ。話をするなら簡潔かつわかりやすくして欲しい。そうこうしているうちに桜花賞が始まった。未崎が盛り上がりまくって、拳を振り上げて応援している。そのオーバーリアクションにおびえる悠里。結果はフェリーニヒングが一着で、未崎の推していたペスカーラが二着。未崎は撃沈した。悠里もうなだれているのでたぶん推しが来なかったのだろう。
「あかりはどうだった?」
「うん、勝ったな。その様子だとだめだったっぽいね」
「あー、今週もだめだった。仕方ない、気晴らしにパチンコいってくるかな。そうそう、智哉が会いたそうにしてたことだけ伝えておくよ」
「智哉が、何の用だろう」
「自分で考えてくれ。俺は銀の玉に呼ばれてるんだ」
悠里は出ていき、私と未崎だけが残された。未崎はがっくりと肩を落としてしまっていて見ていて可哀想なくらいである。
『用がなくても会いたいときは会いたいんだよ。それが男ってもんだよ。分かってあげなよ』
「そういうもんかねえ」
『そういうもん。会いに行かないのかい?』
「今はあゆみと楽しくお茶してるだろうから、邪魔はしないでおくよ」
『後悔しないかい。妹よりも自分の気持ち、自分の人生だよ』
「妙に推してくるね。男の目にも智哉はいい男に映るのか。まあ、いいや。私はあゆみの邪魔して恨まれるのはいやだからね」
『あかりがそれでいいなら』
「そんなことより、せっかくだからパチンコでもいくかい」
『あかりのそういうところが好き』
守護霊に好かれてもな。
桜花賞で負けて気落ちしているだろうから誘ってみたけれど、思った以上に喜んでいて、思わず笑ってしまった。自分で打てるわけでもないのに楽しいのかなと思いつつ支度をして玄関へ。ちょうど、銀の玉に呼ばれた悠里と出くわしたので、一緒にいくことになった。悠里は後ろを着いてくる未崎にまたも驚きながらも、車に乗せてくれた。あゆみは智哉と談笑しているそうだ。智哉と話していられるなんてすごいな。私だったらきっと途中で言葉に詰まる。
未崎のリクエストにより、今日は潮物語を打つことにした。