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第8話 奈々の絡み酒。

 もう皐月賞が発走になろうというとき、奈々から電話がかかってきて、ちょっと来てくれないかといわれた。未崎も楽しみにしているし、皐月賞だけ見てからいくよというと、奈々は待ってるねと電話を切った。何だか、いつもと声のトーンが違ったように思えたけど気のせいだろうか。まあ、その辺は会ってみれば分かることだ。結局、皐月賞は私も未崎もすっかり負けてしまった。いつもなら景気付けにパチンコでもと思うが、今日は奈々のところへいかなければならない。上着を羽織って奈々の家へ向かった。


「いらっしゃい。上がって上がって」


 奈々の家は雑然とまではいかないが、いつもより少し散らかっていた。几帳面な奈々にしては珍しいことである。変な時間に呼んでごめんといいながら、お茶を入れてくれた。さっき、電話の声のトーンがおかしいと思ったけれど、今は普段と変わりない。部屋は散らかっているし、競馬を見ている時間に呼ぶなんてよっぽどのことがあったんだろうと思ったが、奈々はあくまで平静を装っている。


「奈々、今日はどうしたの。何かあった?」

「ううん、何もないよ。部屋が散らかってるから変だと思ったかな」

「まあ、それもあるかな」

「最近忙しくて片づける暇がなかったのよ。今日片づけようと思ったんだけど、何だか急にあかりに会いたくなってきちゃって。迷惑だった?」

「迷惑なんてことないよ。奈々と会えるのは嬉しい」

「今日は飲もうか。明日お休み取ってあるんだ」


 奈々はお酒が大好きだが、何もないのに昼間から飲むことは珍しい。しかも、料理をするのが趣味の奈々の用意したおつまみが乾物とお菓子である。これじゃあ、何かあったと疑われても仕方がないだろう。話を聞こうかと思ったけれど、今は話したい様子ではないのでやめておいた。こういうのはタイミングが大事だ。本人が話したいと思うときに話すのが一番いい。奈々は今日はビールからではなく、いきなり焼酎のボトルを抱えて飲み出す。


「ねえ、あかり。智哉くんのことはどう思ってるの?」

「どう思ってるもなにも。幼なじみが帰ってきたなあ、遊べるといいなあくらいにしか思ってないよ」

「男としては見られないってこと?」

「うーん。男として見たことがないからね、よく分からないよ」

「私的にはおすすめなんだけどなあ、智哉くん。顔もいいし性格もいい、これ以上の人はなかなか現れないと思うけど」

「智哉だって選ぶ権利があるでしょうが。未崎といい、何で推してくるんだろう」

「未崎ってあかりの守護霊の人だったわよね。智哉くんのこと推してるんだ。それは見る目あるね」


 それは見る目があるのではなくて、単に身近に男がいないから推してるだけじゃないだろうか。だいたい、智哉は今日もあゆみとお茶をしているはずだし。あゆみとの仲は着実に進展しているような感じだ。私はあの飲み会の日から顔を合わせてもいない。悠里から会いたがってるとは聞かされているけれど、何で会いたがるのか分からない。会ったところで、話すことが見つからなくて、お互い黙るのが目に見えている。智哉は口数が多い方ではないし、私は智哉相手に何を話していいのか分からない。黙り込むのが分かっていて、わざわざ会いたいとは思わない。気まずいだけだ。


「どうしてそんなに拒否するのかなあ。他の男紹介したときには気軽にあって、気軽に付き合ってたでしょ」

「他のどうでもいい男とは違うよ。そこら辺の男なら傷つけあって別れても何とも思わないけれど、智哉はお隣の幼なじみだからね。傷つけあって別れたら、今後のお隣とのお付き合いに支障が出る」

「傷つけるのが怖いのね」

「どうしてそうなる」

「そう聞こえたけど。それと最近、智哉くんはあゆみちゃんとお茶してるんでしょ。けど、あかりの話し方はそれを喜んで受け入れてる話し方じゃないのよ」


 喜んで受け入れている話し方じゃないか。奈々にはそう聞こえているんだ。あゆみと智哉はお似合いとはいわないが、仲は良さそうだし問題ないように思うけど。それに対して私がどう思うかはどうでもいいんじゃないかな。どうでも。正直なところをいうと、あゆみが羨ましく思える。昔の智哉と私の関係のようで。昔みたいに気軽に話せたらどんなにいいだろう。今じゃ気まずいだけだ。智哉はいつも通りの笑顔だけれど、すごく遠慮しているのが見て取れるし、私的には話すネタに困る。これではどれだけ推されても恋愛に発展しようがない。


「じゃあ、もし智哉くんがあゆみちゃんと付き合うようになったらどうするの?」

「それはもう祝福するしかないんじゃない。智哉があゆみのことを可愛いって思うのなら」

「私は智哉くんがあゆみちゃんを本気で相手にしているようには思えないのよね。あかりは智哉から誘われたりしないの?」

「ああ、何か悠里が会いたがってるとかなんとかいってたけど」

「会ってはいないのね」

「今のところ会う用事がないからね」


 奈々は何故だかがっくりとうなだれると、濃い焼酎を飲み干した。どうしたんだろう、今日は絡み酒の日なんだろうか。やけに絡んでくるなあ。しかも、智哉のことで。奈々がお酒を飲んで絡むことは滅多にないんだけど。やっぱり今日は奈々の様子がおかしいな。奈々はあんまり自分のことを話してくれないから、分かりようがない。今は酔っているから聞いてみようかとも思ったけれど、やっぱり話してはくれないだろうなあ。


「どうしたの、あかり」

「いや、なんでもない。奈々、明日はお休み取ってるんでしょ。飲もう飲もう。お酒注いであげる」

「いやいや、お酒は自分で。あかりの作る水みたいなの飲めないよ」

「水みたいかい。結構濃く作ってるんだけどな」

「私には水なのよ。で、智哉くんが会いたがってるなら、会ってみなよ。いやじゃないんでしょ。あっちにその気があるかもよ」


 ああ、奈々が出来上がりつつある。早い時間から飲んでるから、出来上がるのも早いな。私は奈々の様子を見つつ飲んでいるので、全く酔いが回らない。でも、二日酔いは辛いのでこのまま調子に乗らないように気をつけよう。しかし、智哉に会ってみるといいっていうけど、会うべきなんだろうか。用事もないのに会うとか不審者だと思われないだろうか。あゆみのように智哉が好きで、手作りお菓子を届けたいとかいう理由がないからなあ。会いたくないわけじゃないけど、積極的に会うのもどうかと思う。難しい問題だ。

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