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第9話 買い物中のこと。

 今日は母から買い物を頼まれた。いつもならあゆみに頼むのだが、今日はあゆみが風邪気味らしい。その買ってきて欲しいものというのがとにかく重そうだった。油に醤油、牛乳に味噌、他にも重そうなものがある。これは一人では持てそうにないなと思ったので、悠里に荷物持ちを頼むことにした。しかし、隣にいってみるも悠里はパチンコにいっており、代わりに智哉がついてくることになったのだ。うん、気まずい。前は何でも気軽に話せていたはずなのに、どうして今はこう気まずくなってしまったのだろう。智哉の方は結構普通に話しかけてくるから、そう思っているのは私だけなのかもしれない。


「えっと、タマネギとキャベツにじゃがいもと。もう、お母さんたら何でこんな重いものばっかり。他は油と醤油と味噌だよ。使ってるメーカーとか知らないよ、どうするのこれ」

「メモ見せて。うん、ちゃんと商品名が横に書いてあるよ。あかりに分かりやすいようにしたんだね」

「あゆみなら普段使ってるものが分かるんだろうけど、私は滅多に料理しないしなあ。智哉は料理とかするの?」

「一人暮らしだったしね。困らない程度には出来るよ」


 なるほど、料理が出来ないのは私だけってことか、恥ずかしい。あの悠里ですら簡単な料理は出来るというのに。智哉は料理出来る人ばかりじゃないよと慰めてくれるが、恥ずかしさが倍増しただけの話である。智哉も最初は何にも作れなくて、回数重ねたら徐々に出来るようになったのだそうだ。私はそこまで回数こなさずに諦めてしまったからなあ。出来るまで頑張ってみるという根性は私にはない。晩ごはん過ぎのスーパーは空いていてのんびり買い物が出来る分、智哉との会話が多くなって困っていた。そこへ、誰かが私に声をかける。確かにあかりといったので私のことだろう。


「あかりさん、お買い物ですか?」


 誰だろうか。どこかで見たような顔だが、名前までは思い出せない。でも、声をかけられたのに挨拶しないのも変かと思い頭を下げた。男はぴしっとしたスーツ姿で、清潔感だけある。ただし、他に褒めるところは見あたらない。こんな男は前に会ったような気がするのだが。


「覚えてないですよね。僕ですよ。お見合いしたじゃないですか」

「あ、ああ。そうですね、お久しぶりです。今日はお買い物ですか?」

「はい。あかりさんもお買い物なんですね。もしかして、一緒にいるのは彼氏さんですか?」

「ええ、まあ」

「彼氏さんいたんですね。それじゃあ、僕が振られるわけだ。それではお幸せに」


 男は妙に深々と頭を下げると、総菜コーナーへ向かっていった。へえ、あのときのお見合い相手の男だったのか。相変わらず清潔感しか取り柄がないな。というか、言葉通じるじゃん。面接官ではなかったのか。というか、お見合いを断られたのにごく普通に話しかけてくる神経が分からん。お見合いは断っておいて正解だったな。智哉は牛乳を二本持って、男の後ろ姿を見送っていた。お見合いの話は飲み会のときにちらっとしたけど、どう思ったんだろう。智哉は牛乳をカゴに入れて、じっと私を見下ろした。


「あれが噂のお見合い相手なんだ。ちょっと変わった人かな」

「そうそう。話の通じない異世界人かと思ったら、今日は言葉が通じたみたい。まさかこんなところで会うなんて、世の中狭いね」

「で、あかりはあの人との縁談を断ったこと後悔してないの?」

「してないよ。今、断ってよかったって思っていたくらい。あの男と結婚するくらいなら、一生独身でいい」

「そうなんだ。僕はね、今の会話聞いててちょっと嬉しかったんだ。あかり、僕のことを彼氏っていわれたときに否定しなかったでしょ」

「そ、それは話の流れって奴だよ。あれで否定してしつこく話しかけられるのもいやだし」

「うん、そういうことにしておく」


 何がそういうことにしておくだよ。いやだったんだよ、あの男につきまとわれるの。会話はかろうじて出来たとしても、私はあのときの面接を忘れていない。本当にいやだったんだ。だから咄嗟に彼氏ということにしてしまったけれど、何だかまんざらでもない顔をしているな。何を喜んでいるんだ、一体。その意味が分からないほど子どもでもないけれど、私はどうしたものだか悩んでしまった。幼なじみがいきなりそういう感じを出してきたら、普通に悩むだろ。私はどう反応すればいいんだ。


「さて、荷物も積み込んだし帰ろうか」

「買い物付き合わせて悪かったね。重いものばっかりだしさあ。お母さんに重いものは分散して買うようにいっておかないと」

「僕はいつでも買い物に付き合うよ。買い物とか嫌いじゃないし、あかりと二人ならなおさら」

「何いってんの。私は買い物はごめんだよ」

「あかりは僕と一緒に買い物するのはいやなんだ。それはちょっとショックだなあ」


 あれ、智哉ってこんな風に喋ったっけ。そりゃ、昔の智哉と今の智哉では違うってことは分かっているつもりだけど、流石に変わり過ぎじゃないのか。というか、二人でお茶したときも飲み会のときも、こんな軽口はたたかなかった気がするけど。猫被ってたのか。こんな智哉も悪くないなと思ったのは内緒の話だ。奈々が妙に智哉を推してきていたけど、もしかして何か聞いてたのか。だとしたら納得がいくんだけど。そんなことを考えているうちに自宅前に着いた。


「中まで運ぼうか?」

「いや、玄関まで運ぶの手伝ってくれれば大丈夫だよ。後は自分で運べるから」

「それはよかったようなよくなかったような。中まで運んだら、またお茶出来るかなと思ったのに」

「はいはい、調子に乗らない」

「ごめんごめん。今日は本当に嬉しかったんだよ。だから、もう少しだけ一緒にいたいなって思っただけなんだ」

「じゃあ、今度ね」

「うん、分かったよ。また今度」


 今度で納得してくれる男でよかった。私は智哉に手を振って玄関の扉を閉めると、重い荷物をキッチンに運ぶ。どうも今までロクでもない男に引っかかってきたせいか、慎重になっているようだ。智哉のことはそれなりに思っているし、向こうからそういう気持ちなんだということをさらっといわれたが、二十代の時のような気軽さではそういう方向には向かえなかった。智哉が今までのだめ男たちと同じとは思えないし思いたくもない。けど、やっぱり踏ん切りはつかないよなあ。

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