目が覚めると昼だった。いつもなら朝はしっかり起きられるのだが、夜更かししたので起きることが出来なかったようだ。平日の昼間に人がいるわけもなく、しんと静まり返ったキッチンで用意されていた朝ごはんを温めた。一人で食べるのは何だか味気ないなあと思いつつテレビをつける。別に見るわけではないが、何か音が欲しかった。何も音がしないと、ちょっと不安になってしまう。朝ごはんをさっさと済ませて片づけ、ソファにひっくり返った。ちょうど窓から隣の家が見える。智哉はそろそろ仕事を始めたのだろうか。
『あかり、おはよう。今日は遅かったね。眠れなかったのかい?』
聞き慣れた声に足元を見ると未崎が立っていた。私が蛙を潰したような声で唸って返事をすると、足元から移動してローテーブルに腰をかけ、満面の笑みを浮かべる。こちらは起きたばかりだというのに、未崎はテンションが高そうでうんざりとした。
「今日は何か用があってきたわけ。まだ競馬の予想をするには早いし、用事は特にないはずだけど」
『用事がないと来ちゃいけないのかな』
「今起きたばかりだから、遊びたいんなら後にして。まだ眠いから二度寝するかもしれないし」
『眠れなかったのは智哉くんのことを考えていたりしたのかな。意外と乙女だよね』
「殺されたいの?」
『もう死んでるよ』
私はテレビを消して自室へ向かう。家族は私が守護霊とはなせるのは知っているが、見えない人から見ると独り言をいっているようにしか見えないはずだ。今は家族は留守にしているけれど、急に帰ってくることもあるだろう。だから、自室へ行くのだ。家に帰ってみたら、娘があらぬ方向を見て独り言をいっているなんて、ホラーでなければ病気である。一応未崎には話しかけるなら自室にいるときにしてくれといってあるが、よく忘れるのだから困ったものだ。自室でベッドに座ると、未崎は部屋の真ん中に座った。あの飲み会で片づけて以来、部屋は綺麗な状態をなんとか維持している。これはすごく珍しいことだ。
「何で私が智哉のことを考えていたって思ったわけ」
『だって、昨日買い物に二人でいってきたでしょ。私は心配だからそばにいたんだよね』
「全部聞いてたってこと?」
『まあ全部とはいわないけど、九割以上は聞いてたよ。いいじゃんいいじゃん、智哉くんの方はあかりに気があるみたいだよね。何て返事するの。もちろん、受けるんでしょう?』
全くうるさい守護霊だ。この人が曾祖父だなんて思いたくない。確かに智哉はそれっぽいことをいってはいたけど、はっきりいわれたわけではないし、今はなかったことにしておきたいというのが正直なところだ。別に智哉のことをどうしても恋愛対象としてみられないというわけではないけど、幼なじみをいきなり恋愛対象にするのは私的にムリだった。もう少し時間をかけるなり決定的な言葉があるなりすれば、また別なのだろうけど。
「分かんないよ、どうするかなんて。幼なじみをいきなり恋人にするのは抵抗があるって」
『私は幼なじみを恋人にするのも、結婚するのも何の抵抗もなかったよ』
「あんたはね。私は抵抗があるんだよ。小さいときのあんなことやそんなことをお互いに全部知ってるんだ、いやにもなるじゃん」
『え、それってよくないかな。いちいち過去のこととか、好きなこと嫌いなこととか、わざわざ話さなくてもみんな分かっていてくれるんだよ』
「それがいやなんじゃん」
『あかりはそういうとこ難しいよね』
私のことを難しいというな。ただでさえ、付き合った男から扱いが難しいだの、距離感が難しいだのいわれてるのに。何が難しいんだか自覚がないから困ってるんだよ。未崎がいうには、幼なじみ同士で付き合う利点は分かってもらいやすいこと。それなら、私も理解されるだろうか。幼なじみの智哉なら面倒だとか難しいとかいわずに付き合ってくれるのだろうか。難しい女といわれて、多少なりとも傷ついていた私にとってはいいことなのかもしれない。けれど、私と付き合うことが智哉にとってプラスになるのだろうか。この年になると付き合ったらすぐに結婚がちらつく。重荷になる気しかしない。
『そうだ、あかりにはまだ話してなかったね。人に相性があるように、守護霊にも相性があるんだよ』
「守護霊同士の相性なんてあったんだ」
『うん。相性っていうか、守護霊同士の仲の良さだね。それも付き合う上では重要なんだよ』
「そんなこと今までいわなかったじゃん」
『今までの相手だという必要がなかったんだよ。こういっちゃ何だけど、今までの相手ってダメな奴ばかりだったじゃん。けど、今回は相手が智哉くんだからいうんだよ』
「何で智哉は別なの」
『いい人でしょ。それはあかりが一番よく知ってるはず。私的にはいい人と上手くいって欲しいよ』
普段ふざけてばかりいるけど、一応私の幸せを願っていてくれるんだ。それはありがたいが、わざわざこういう話をするってことは、智哉の守護霊と相性がよくないんだろうか。智哉の守護霊は十代後半の女の子だったはず。そんな女の子と未崎が仲良くお話出来るとは思わない。
「もしかして、智哉の守護霊と仲が悪いの?」
『仲が悪いってことはないと思うよ。あかりと智哉くんが小さい頃から何度も顔を合わせてるし。ただ、話したことはあんまりないかな』
「あんまりないって、どの程度まで交流があるわけ」
『えっと、挨拶に軽く会釈する程度かな。声をかけてもあんまり返事がないから』
それは無視されているのでは。もしかすると、未崎は智哉の守護霊にがっつり嫌われているのかもしれない。いや、智哉と私がくっつくって決まったわけじゃないから、そんなこと今気にしても仕方がないわけだけど。
「守護霊同士の仲が悪いとどうなるの?」
『縁起が悪い』
「なんだ、それだけか」
『あかりと智哉くんの場合は守護霊が見えるから、仲の悪い守護霊を見続けることになるよ。ついでに、あかりは話せるから守護霊に文句いわれたりする可能性もあるよね』
それはそれでいやだなあ。縁起が悪いだけならいいけれど、文句はいわれたくないな。今まで付き合った相手の守護霊は何もいってこなかったけど、そういうタイプではなかったのか、未崎と仲がよかったのか。守護霊同士の仲がよくないということは、私と智哉は縁がなかったということかな。それはそれで残念な気がしていた。