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第12話 久しぶりの飲み屋と悠里の気持ち。

 私は珍しく外に飲みに来ていた。といっても、最近外に飲みにいくことがなく、馴染みだった店からも足が遠のいていたことから、悠里の勤める店に来ている。少し薄暗い店内。カウンター内には男性店員が何人か待機している。この店の客は若い子が多くて浮くんじゃないかなと思ったけれど、早い時間だからまだそんなに人はいなかった。悠里は私の姿を見つけると、仔犬のように駆け寄ってくる。


「あかり、珍しいな。何飲む?」

「んー、ビールかな。ちょっと消化不良なことがあってさ。一人で飲んでもつまんないし、悠里の店もいいかと思って」

「何で消化不良なんだよ。一人で飲むのがつまんないなら、奈々さんを誘えばよかったのに。奈々さんなら付き合ってくれるだろ」

「奈々のことで消化不良なんだよ。飲めない智哉を付き合わせるわけにもいかないしさ。いくとこなくて、ここ」

「奈々さんと喧嘩でもしたのか。智哉なら喜んで付き合ってくれると思うけどな。まあ、うちとしては客が来てるんだからありがたいけどさ」


 そういって悠里は私にジョッキを差しだし、二人で特に意味もなく乾杯した。奈々は元気にしているだろうか。昨日は元気を取り戻しつつあったけれど、本当にお弁当を作っただろうか。こんなこと考えても仕方がないのは分かってる。あんまりしつこく安否確認されてもいやだろうから連絡もしていないし、心配だけが募っていく。ため息を吐いていると、悠里が私の顔をのぞき込んで、デコピンをかましてきた。


「何すんだよ」

「暗い顔してるからさあ。やっぱり、何かあったんだろ、それも奈々さんがらみで」

「喧嘩したわけじゃないよ。ただ、辛いだろうなって」

「辛いって、奈々さんが辛い思いしてるのか。何があった、何があったんだ。俺の奈々さんに何があったんだ」


 胸ぐらつかんで揺さぶられて、酔いが回りそうだ。まあ、こいつに隠し事しても仕方がないか。奈々のことならいずれ知れることだろうし。それが今か、少しあとかの違いだ。ただ、いいかたに気をつけないと奈々さんのことが心配だと仕事をほっぽりだしていきかねない。取り敢えずビールを飲んでみたが、どう伝えても暴走モードに突入しそうで頭が痛い。


「奈々さん、そんな深刻な状態なのか?」

「いや、深刻ってか、そういう時期はすんだっぽい」

「何があったんだ?」

「婚約者と別れて荒れてた。何とかごはんは食べてくれたけど、眠れてるのか心配だよ。本人は前向かなきゃとか、元気出てきたとはいってたけど」

「何だよそれ、何で婚約者と別れるんだよ。奈々さんは幸せになるんじゃなかったのか。その話聞いてたら、奈々さんから別れた感じじゃないよな。相手は何をしたんだ。奈々さんに何をしたんだ」

「浮気だってさ」


 悠里は俯いてジョッキをおいた。唇を強くかみしめているのが分かる。悠里は奈々の幸せを誰より願っていた。相当ショックだったようで、カウンター内で座り込む。私はビールを飲み干して、カウンターの向こうをのぞき込む。うずくまったまま動かないので、他の店員も心配している。近くにいた店員が声をかけるとすくっと立ち上がり、ジョッキに半分残っていたビールをあおり、私に詰め寄る。


「誰だよ相手って。今すぐ殴りにいく」

「落ち着きなよ。相手が誰かは私も知らないんだ。紹介される前に別れたわけだからね。それに、相手を知っていたなら私が先に殴ってるよ」

「奈々さん、大丈夫かな」

「一応大丈夫っていってたし、特に連絡も来てないから様子見かな。頃合いを見て連絡してみるよ」

「いや。俺が会いにいく。奈々さんを慰めにいく。今すぐ奈々さんに会いにいく」

「だから落ち着けって。今は仕事中だろうが。仕事ほっぽっていくのを奈々は望んでないって」


 奈々は望んでいないというと思いとどまったようだ。でも、すっかりしょんぼりしてしまって、接客出来るようには思えない。やっぱりいわなきゃよかったかなとも思ったけれど、いずれ知る事実ではある。ショックだろうが仕方がない。


「俺、奈々さんのために何が出来るんだろう」


 悠里は真剣だった。悠里が奈々の話しか頭にないものだから、近くの店員が私と悠里にビールを注いでくれる。人が少ないので会話は丸聞こえだったものと思われた。悠里は思ったことは口にするタイプなので、たぶん職場であるこの店でも同僚に奈々の話はしていただろう。店員たちが心配そうに見ている。


「奈々のために出来ることか。悠里はいつも通りでいいんじゃないかな。普段通りに明るく話しかけてあげれば、奈々も元気になるんじゃないかと思うけど。特別なことはしなくていいよ」

「どうせだから、ごはんとか作ってあげたいな」

「ごはんなら自分で作るんじゃないかな。どうしても作るっていうのなら止めないけど。この間飲み会で手料理リクエストしてたじゃん。そのお礼っていう形なら自然かもしれないな。どうしても作りたいんならね」

「作りたい。俺じゃ力になれることないけど、何かしたいんだ。奈々さんの好きな食べ物って何?」

「奈々は好き嫌いないから、何でも食べるよ。けど、よく中華総菜作ってるから、中華が好みかもしれないな」


 悠里は中華ねえ、中華といって天を仰いだ。たぶん、中華のレパートリーを探しているのだろう。中華っていうとちゃんと作ろうとすると調味料が難しそうという印象しかない。今は全部の調味料の入った素なんかも売っているけど、悠里はどうするんだろう。というか、本気で中華を作るつもりなんだろうか。


「あかり、ありがとな。今日飲みに来てくれて」

「何だよ、急に」

「あかりが来てくれたから、奈々さんが傷ついてるって分かったんじゃないか。邪魔と思われないなら、そばにいたいよ」

「邪魔とかは思わないんじゃないか。ていうか、本当に奈々のことが好きなんだな」

「あたりまえよ。奈々さんは俺の天使だ」


 それから、結局結構遅い時間まで飲んでしまった。店も結構混んでいて騒がしかったけど、悠里が大体そばにいたのでありがたい。奈々のことは心配だしどうなるかと思ったけれど、悠里が訪ねていけば元気が出るような気もする。悠里はそういう人を元気にする力のある人間だと思っているから。ただ、ちょっと暴走気味なのが問題だけど。私は閉店前に帰ったけれど、悠里はちゃんと仕事もやり遂げたようだ。仕事ほっぽって奈々のところにいくんじゃないかと思って冷や冷やした。ただでさえ、奈々の手料理が食べたいために仮病使ってるのに。傷心の奈々に悠里の手料理。上手くいくといいけど。

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