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第13話 偶然とたばこの銘柄。

 日曜日の朝、起きると誰もいなかった。両親もあゆみも出かけたらしい。テーブルの上に買い物リストなるものがあり、私に買い物にいけということのようだ。昼からはNHKマイルカップを見なければならないので、午前中のうちに買い物を済ませることにした。車でいつものスーパーへ向かう。たばこに火をつけて、考える。

 あれから奈々と連絡を取っていない。奈々の方からも連絡はなかった。元気にしているのか心配ではあるが、連絡はしにくい。もしかしたら、私たちが帰ったあとに、また落ち込んだかもしれない。婚約者に裏切られたのだから、そういう可能性の方が高いだろう。だとしたら、安否確認は頻繁にしない方がいい。冷静になる時間は必要だろう。

 私はいったんスマホに目をやってからたばこを消し、出来るだけ近いところに車を止め、店内に入った。


「あれ、あかり」


 背後から声をかけられて振り向くと、智哉がにこやかに手を振っている。智哉がこんなところに何の用だろうと思ったら、智哉の方も親に買い物を頼まれたらしい。メモ用紙を見せて笑う。


「あかりも買い物頼まれたんだね。重いものがあるなら持とうか?」

「智哉だって自分の買い物があるでしょ。今日はたいして重いもの頼まれてないから大丈夫だよ」

「それは残念。あかりの手伝いしようと思ったのに」

「ふざけないでよ。で、智哉は何を頼まれたの?」

「今日は牛乳と卵とその他諸々。何だか色々頼まれたよ。あかりは?」

「私は野菜だね。レタスだとかキュウリだとか、いいのがあったらトマトもって書いてあるけど、私には野菜の良し悪しなんか分かんないんだよね。困った」

「それなら僕が見てあげようか。野菜なら少し見れるから」


 野菜は智哉に見てもらうことにした。智哉はレタスを手に取ると、良さそうだねとカゴに入れ、次にキュウリを見に行く。母も私が料理出来ないのを知っているのに、こういうものを頼むのだから困る。もしかしたら、あゆみに頼んだつもりだったのだろうか。真相は不明である。智哉はキュウリをカゴに入れ、次にトマトを品定めし始めた。トマトを見る目は穏やかだ。あのとき、智哉はたぶん怒っていた。微妙にいつもと表情が違っていた。智哉は奈々のことをどう思っているだろう。


「奈々とあれから連絡取ってないんだけど、どのタイミングで連絡取ればいいんだか分からないんだよね」

「それは、あかりの好きなときでいいんじゃない。奈々は元気だよ」

「え、智哉は奈々と連絡取ったの?」

「いや、僕が連絡取ったわけじゃないよ。悠里がごはんを作りにいったみたいなんだ。元気にしていたし、喜んでもらえたって舞い上がってたよ」

「悠里は本当にごはん作りにいったんだ。背中押したの私なんだよね」

「そうだったんだ」


 私たちは並んで歩きながら、商品を見てカゴに入れていく。そうか、奈々のところに悠里がごはんを作りにいったのか。本気っぽいなとは思っていたけど、本当に突撃するとは思わなかった。奈々が喜んでいたというところを見ると、元気になったのだろう。それとも、元気そうに振る舞っていたのか。そうなら悠里が気づくか。悠里は抜けてそうに見えて、そういうところには敏感である。


「連絡してないんだね。奈々の方も連絡しにくいのかもしれないし、いっそ会いにいってみたらどうかな。顔を見た方が安心するでしょ」

「そっかあ、元気そうなら会いにいっても大丈夫かな。いついこうかな」

「いつじゃなくて、お昼からでもいってみたらいいと思うよ」

「いってみようかな。奈々の顔見たいし。智哉は?」

「今日は昼から用事があるんだ。そうだ、昼から奈々に会いにいくんだよね。そこのお菓子屋さんでお菓子買おうか。きっと喜ぶよ」


 まず生鮮食料品売場での精算を済ませると、お菓子屋さんの方に歩いていく智哉。私はその後ろをついていった。店先に並んでいるお菓子を眺める。種類は少ないがケーキもあるようだ。頼まれた買い物しかしないから、お菓子屋さんを覗くのは初めてだった。私がクッキーやチョコのお菓子を買うと、智哉はケーキを買って私に渡してきた。


「ほら、僕はいけないから、気持ちだけ」


 そういって、受け取りを渋る私にぐいぐいとケーキを押しつけた。奈々、甘いものは食べていないかな。私はケーキを受け取り、奈々に持って行くことにした。買い物が終わって店を出ると、日射しがほんのりと暖かい。智哉の車に荷物を積み込むのを手伝って、私は自分の車に乗る。助手席に野菜たちを放り、たばこに火をつけたところで智哉が窓をたたく。まだ用事があっただろうか。そう思いながら窓を開けると、いつ買ったのかたばこを一箱くれた。銘柄は私が吸っているものである。


「気晴らしにどうぞ」

「悪いね。というか、よく私のたばこの銘柄なんて分かったね」

「前に飲み会したときにたばこ吸ってたのを覚えていたから。あかりのことはよく覚えてるんだよ」

「変なことも覚えていそうで怖いわ」

「色々覚えてるよ。あかりも僕のことをよく覚えているでしょ」

「どうかな?」


 智哉がにやにやしている。確かに、智哉のことは幼稚園のときのこととか、色々覚えていることがあるが、忘れていることもたぶん多い。智哉の方は記憶力がいいから、きっと私自身も覚えていないような黒歴史を覚えているのだろうと思う。それは本当に怖い。ふとしたときに、身に覚えのないようなことを指摘されそうで。智哉とは喧嘩をしたくはないものだ。ん。智哉はたばこを私に来ただけじゃないのか、なかなか立ち去ろうとしない。


「どうしたの、智哉」

「いや、その。奈々のことも落ち着いたみたいだし、もしよかったら今度二人でどこかにいかないかなってお誘い」

「もしかしなくてもたばこ渡すのは口実で、本当はこっちの方が本題なんでしょ」

「よく分かったね。本当は今日はどうかなと思ってたんだけど、奈々のところにいくでしょ。だから、今度」

「今度ね。分かった。けど、どこにいくわけ。この辺はなんにもないよ。何かあるのはずいぶん遠くだし」

「僕に考えがあるよ。楽しみにしてて。それじゃ」


 智哉は手を振って私が車を出すのを見送ってくれた。ケーキ買ってくれたり、どこかいこうといったり。これはもう、そういうことじゃないか。再会した当初は控えめに感じたのだが、何だかもうぐいぐい押してくる。よくよく思い出してみれば、智哉は幼い頃から最初は警戒した素振りを見せるものの、慣れた人には割と押しが強かったかもしれない。私もしっかり智哉のこと覚えてるなと思いながら、たばこに火をつけた。

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