午前中に智哉が助言してくれたので、お昼ごはんが終わってから奈々に連絡してみた。会いにいっていいかと聞くと、奈々は待ってるよと返事をしてくれたので、私はお菓子と智哉が買ってくれたケーキを持って家を出た。歩いていくか車でいくかで悩んだけれど、早く顔が見たいので車でいくことに。ケーキを持ち歩いて転んだりしてもいやだし。奈々の家には車だとあっという間に着く。お土産を手に車を降りて、奈々の家の玄関チャイムを鳴らした。
「あかり、いらっしゃい。上がって上がって」
「じゃあ、お邪魔するね」
あの夜、荒れていた部屋はとても綺麗になっていた。前より綺麗になったくらいの印象を受けた。どうしてだろうと思ったら、ぬいぐるみが増えていたり、花が飾ってあったりしていて、それで印象が違うようだ。見慣れない大きなクマのぬいぐるみがベッドの上に、可愛らしい黄色のフリージアがテーブルに飾ってある。いつも部屋は綺麗な奈々だけれど、花を飾ってあるところを見るのは初めてではないだろうか。私はお土産のお菓子とケーキをフリージアの横に置いて座る。
「お土産にお菓子持ってきたよ。こっちのケーキは智哉から」
「もしかしたら二人でくるのかなと思ってたんだけど違ったのね」
「うん、一応智哉も誘ってみたんだけど、今日は用事があるから無理だって。仕事始めたから忙しいみたいだよ」
「そうなんだ。それにしても、ケーキだなんて気を使わせちゃったね。今度お礼いわなきゃ」
奈々はそういうと、お茶を入れにキッチンへ向かう。元気になったという話は聞いていたけれど、こんなに元気になっているとは思わなかった。表情は明るいし言葉もはっきりとしていて、落ち込んでいたのが嘘のようだ。空元気なのかなと様子をうかがってみたけれど、そういう様子は見て取れない。奈々はお茶を持ってくると、ケーキを皿に載せ私に差し出す。ケーキの甘い香りに混じるお茶の香りがいい。奈々のところで飲むお茶は銘柄はわからないけれど、いつもいい香りがする。
「奈々、もう元気になったんだね。まだ落ち込んでるかもしれないと思ったらなかなか連絡も出来なくて、ごめんね」
「いいのいいの。私の方こそちゃんと生存報告しなくてごめん。気持ちの整理がなかなか上手くいかなくて」
「そりゃそうだよね。あれだけ落ち込んでたんだもん、気持ちの整理に時間がかかっても仕方がないよ」
「本当にごめんね。あかりと智哉くんにはみっともないところ見せちゃったなあ。色々してくれたのにお礼もいってなくて、情けないよ」
「気にしなくていいよ。智哉の方も気にしてないと思うから。ただ、奈々の方から元気だよって伝えてあげてよ」
奈々は微笑んでうなずくと優雅にお茶を飲んだ。こういう所作が綺麗なんだよな。私にはどうやってもまねの出来ない動作と雰囲気だ。私はこんないい子なんだけどなあと思いながらケーキを頬張る。イチゴの乗ったシンプルなものだが、クリームがさっぱりしていてなかなかに美味しいケーキである。奈々も満足そうに食べていて、その顔を見ているだけで満ち足りた。こんな奈々の表情を曇らせた男がどんな奴だったのか。見てみたいような、見たら殴りそうな。
「その、気持ちの整理はだいたい出来たの?」
「何かもうどうでもよくなったよ。女がいるんじゃないかっていうのは薄々は知ってたの。ロクでもない男に捕まって、運が悪かった。というか、見る目がなかったんだね」
「何それ、前々から女がいたってこと。ちょっと信じられないんだけど。そいつの名前いいなよ、わたしが殴ってくる」
「やめときなよ。殴る価値もない男だよ。そんな男のためにあかりが怪我したらいやだよ」
「ああ、腹が立つ。奈々を傷つけて」
「あはは、怒ってくれる人がいるだけ、私は幸せだよね」
奈々はそういって笑うと、お菓子の袋を開けた。一口食べると、可愛らしく美味しいという。本当に殴ってやりたいわ、奈々を捨てた男。奈々が殴る価値もないというから我慢するけれど、本当なら海に沈めてやりたいくらいである。私ならそんなことされたら、きっと何かしている。信じていた人ならなおさら。奈々はよく我慢出来るな。奈々は怒っているというよりは呆れているという印象だった。
「そうだ、奈々。悠里がごはん作りに来てたって聞いたんだけど」
「うん、来てるよ。あかりたちが来てくれた日の次の夜、突然ごはん作りに来たって。それからは毎日来てくれてるよ」
「毎日?」
「そう。もう元気になったっていっているんだけど、心配だからって」
「迷惑ならちゃんといった方がいいよ」
「迷惑とかじゃないよ。悠里くんが来て色んな話をしてくれて気が紛れたところもあるし。ごはん美味しくて太りそうよ」
あれ、悠里ってそんなに料理出来たっけ。私の記憶だと店のフードメニューの簡単な調理が出来るくらいって聞いてたんだけど。おいおい、料理が出来ないのは私だけかよ。奈々が太りそうというなら、悠里の料理の腕は確かなのだろう。何だか置いてけぼりを食らった感満載である。とりあえず、奈々がご飯をしっかり食べられているようでよかった。悠里は奈々が元気を取り戻すのに一役買っていたのか。
「悠里くんね、ごはん作るだけじゃなくて、ぬいぐるみくれたり花を持ってきてくれたりしてね」
「じゃあベッドの上のクマと、このフリージアは悠里が持ってきたの?」
「そう。男の人から花をもらったのなんて初めてよ。考えてみたら、悠里くんは今までも私に元気くれてたんだよね。私のこと美人だとか可愛いだとかいって。全然気にもしていなかったけど」
「悠里の場合元気づけようとしているというよりは、本心がダダ漏れなだけだと思うよ」
「本心ならなおさら嬉しいよ。だって、本当に私のこと美人とか可愛いとか思ってくれてるってことでしょ」
私はベッドの上の大きなクマのぬいぐるみと目の前のフリージアを交互に見比べた。これをどんな顔して悠里が持ってきたのかと思うと笑ってしまう。悠里、私が思っていたよりもやるな。その後、たぶん悠里が今日もくるのではないかというので、私は競馬を見なければならないといって退散することにした。奈々は残念そうにしていたが、私がいたのでは悠里の恋路の邪魔になるだろう。もっとも、悠里はそんなことを気にはしないだろうけれど。