付き合い始めてみたものの智哉の仕事が忙しくて、ラブラブな時間は過ごせてはいなかった。もともと私はいちゃいちゃするのには抵抗があるタイプなので、それはそれでどうでもよかったりもする。智哉的にはいちゃラブする方が好きなのだろうか。それならそれで合わせないといけないんだろうけど。そんなことを考えていると、奈々から今日これから来られないかとのメッセージがきた。それも、出来れば智哉も一緒にとのことだ。智哉に連絡を取ってみると一人で退屈していたようで、すぐにいけるよと返事が来た。智哉の車のうしろで合流する。
「退屈してたなら、いってくれれば話し相手になったのに」
「あかりがくつろいでいるところ悪いかと思って。もう夜中だし」
「そんなこと気にする必要ないよ。付き合ってるんでしょ、私たち。いいじゃん、一緒にいたって」
「そうだね。今度こういうことがあったらお願いするよ。それにしても、奈々は何の用だって?」
「分からない。ただ、智哉を連れてきてくれないかって。また荒れてるとかじゃなきゃいいんだけど」
「そうだね、心配だね」
奈々の家の前に着くと部屋には明かりがついているので落ち込んで寝ているということはなさそうだ。玄関チャイムを鳴らすと、はーいといつもより半音高い声で返事がありドアが開く。奈々は満面の笑みで迎えてくれた。部屋はいつも通り綺麗で、今日もテーブルの上には可憐な花が飾ってある。ベッドには悠里が買ってきたという大きなクマのぬいぐるみがおいてある。私たちは決して大きくはないローテーブルを囲んで座る。奈々はよほど機嫌がいいのか、動作の一つ一つが弾むようだ。
「あかりはビールでいいかな。智哉くんはお茶にする?」
「いや、この時間にカフェイン取ると眠れなくなるから水でいいよ」
「うん、じゃあオレンジジュースね。ちょっと待ってて」
奈々は冷蔵庫に飲み物を取りにいく。私と智哉は顔を見合わせた。とりあえず、元気そうでよかったとうなずき合う。最近は元気そうにしていたから、落ち込んでいることはないだろうとは思っていたけれど、人生色々あるから断言は出来なかった。それも、理由もいわずに来てほしいというだけだったのも心配なポイントだった。何でもなくて本当によかった。奈々はそんな私たちの心配も知らず、にこにこと笑いながら飲み物を持ってきた。
「ごめんね。おつまみこれしかないの」
そういって、奈々は私と智哉に青椒肉絲とご飯を勧めた。いや、こんな時間にごはん食べたら太るわと思いつつ青椒肉絲を口にしたら、美味しすぎて結局ごはんに手が伸びる。隣で智哉ももくもくとごはんを食べていた。奈々はそんな私たちを目を細めて見守っているが、別にごはんを食べさせるために呼んだわけじゃないだろう。けれど、奈々はなかなか今日呼んだ理由を話し出そうとはしなかった。機嫌がいいからいいことなのだろうけれど、どうして話そうとしないのか。
「で、奈々は今日どうして呼んだわけ。何も用事がないのに呼んだってことはないでしょ」
「うん。何もないけど二人と話したかったっていったらどうする?」
「奈々、急に呼び出すからあかりは奈々のことを心配してきたんだよ。冗談はそこまでにしようか」
「ごめん。心配してたなんて思ってなくて。ただ、今日は伝えたいことがあったから来てもらったの」
「伝えたいこと?」
「うん。私ね、実は彼氏が出来たの」
そうかそうか、彼氏が出来たのか。は、彼氏が出来たっていったのか。あの落ち込みから彼氏が出来るまで、早くないか。私が絶句していると、奈々は可愛らしく笑いながら、恐ろしく濃い焼酎を流し込んだ。私は冷静になるためにビールを飲み干し考える。元婚約者の事件から間もなくて、たぶん全くの新しい出会いではないだろう。職場の人間か知り合いでもともと奈々のことを好きだった人間がいてくっついたというのが自然だ。そうだとすると、思い浮かぶ人物が一人しかいない。
「もしかして、新しい彼氏って悠里?」
「あれ、あかりはもう知ってたの。悠里くんには私から話すまで内緒っていってあったんだけど、話しちゃったのね」
「いやいや、聞いてないよ。普通に考えたら悠里しかいないんだよ。奈々の周りで好意寄せてるの。あのあと、相当通ってたみたいだし」
「通ってた通ってた。ていうか、今も出来る限り会ってるよ。今日は悠里くん仕事だから、あかりたちに伝える日にしようかなあと思ったの」
「それで花飾ってるんるんだったわけね。とりあえず、おめでとう」
「おめでとう奈々。悠里をよろしく」
奈々の話によると、あの衝撃から立ち直るのに悠里がすごい気を使ってくれたようだ。料理は作ってくれるし、プレゼントに花まで。何よりも奈々が嬉しかったのはくだらない話をたくさんしてくれたことだったようだ。それが一番奈々を元気にした。奈々が元気になったあとも悠里は通い続け、奈々の方もそれを受け入れていた。そして、いつのまにか付き合うことになっていたと。そういうことらしい。それだけの押しの強さなら落ちるわなあ。
「何だかね、今はすごく幸せなの。実は、悠里くんの作るものが美味しくてちょっと太ったくらい。これ、幸せ太りよね」
「奈々はちょっと太るくらいでちょうどいいよ。奈々が幸せそうで本当によかったよ」
「で、あかりと智哉くんはいつお付き合いするの?」
「それが」
「僕たちなら付き合い始めたばかりだよ。まだ二人で何も出来てないけどね」
「わあ、素敵。ねえねえ、記念にみんなで飲み会しない?」
付き合い始めた記念は分かるが、それが何故飲み会なのか。奈々は焼酎のボトルを持ち上げて笑っている。その笑顔が余りにも幸せそうで、いいよというしかなかった。智哉も納得しているようだ。軽く話し合った結果、飲み会は私の部屋でやることになった。私の部屋でやるのに、奈々が全部料理を用意するといったから、少しはこっちでも用意しようかと提案する。母なりあゆみなりに頼めば何とかなるだろうと思ったからだ。奈々は少し考えて、じゃあお願いしようかなといった。奈々と手分けする形になるから、うちは三品くらいあればいいだろう。何にしようか。ちょっとだけ、自分で作ってみようかなという考えがよぎったが、すぐに打ち消した。料理音痴なんだから、大人しく食べる専門にしておいた方がいい。無理はしないのが身のためだ。飲み会はすぐだ。準備しなければ。主に部屋の片づけを。