飲み会当日の昼。私はエプロンをしてキッチンに立っている。何でこんなことになったのかというと、おつまみ作りを母に拒否されたのだった。そこで私はあゆみに頼んだのだが、手伝うんならオッケーだよといわれたのだ。あゆみは一度いったことはなかなか曲げない。それで説得は諦めた結果が現状なのである。それでも手伝ってくれるというだけマシなのかもしれない。これであゆみからも完全拒否されていたらと思うとぞっとする。
「で、メニューは何」
「えーっと、頼んでたのは唐揚げとポテトサラダと手羽元の煮物かな」
「自分で作ると思ってないから、面倒なものリクエストしたでしょ」
「そんなことはないといっておくよ」
「ちょっとお姉ちゃんに手羽元の煮物は無理ね。味付けが難しいわ。そうね、料理初心者でも楽に作れる浅漬けで我慢して。あとは作る手順紙に書いてあるから頑張って」
「手伝うんじゃないの」
「近くで見て危なそうなら手伝うわよ」
こうして私は何年かぶりに料理をすることになった。まずは唐揚げの肉にした味を付けるあいだに、浅漬け用のキャベツとキュウリを刻む。手元が若干怪しいが、何とか順調に刻んでいく。あゆみはそんな私の手元をガン見していた。見られていると緊張して手元が狂いそうになるのだけれど、どうにかならないものだろうか。
「へえ、お姉ちゃんって包丁使えるんだ。私はてっきり第一関節切り落とすくらいには使えないんだと思ってた」
「一応包丁くらいは使えるよ。何年生きてると思ってんの。家庭科だってあったし、ちょっとだけ一人暮らししてたしね」
「だって、使ってるの見たことないんだもの。仕方がないじゃない」
第一関節切り落とすくらいって、それじゃあ血みどろの事件になってしまう。キャベツとキュウリに塩をして置く。これはこれでオッケー。次はジャガイモの皮むき。これがなかなか難しい。ジャガイモの皮をむくよりも、自分の手の皮をむきそうだ。そんな私にあゆみはピーラーを差し出した。一応使い方は知っているが、使うのはこれが初めてだ。使ってみた感覚としては、こっちも手の皮をむきそうで怖いといったところか。
「お姉ちゃん、智哉さんといい仲になったのね」
そういえば、あゆみは智哉のことが好きだったのだ。それは知っていたけれど、何故あゆみが私と智哉の仲を知っているのか。私は疑問に思いながらも、ジャガイモとニンジンをゆでながら、タマネギを少しスライスする。包丁でやると目が痛くなるので、スライサーを使った。
「何で、あゆみが私と智哉の仲を知っているわけ。奈々にだってこの間話したばかりなのに」
「前に一緒にお茶して欲しいっていったら、お姉ちゃんのことが好きだからって断られたのよ。二人の仲に気がついたのはお姉ちゃんが妙に機嫌がいいからよ」
「それって、態度に出てるってこと?」
「ダダ漏れよ」
「そうだったのか。ダダ漏れだとは思わなかったな」
「幸せオーラはお父さんとお母さんも感じてるらしいわよ。智哉さんといい仲ということまでは知らないけど。はい、イモ潰して」
ゴリゴリジャガイモを潰していると、ふわっとゆで立ての香りがして食べたくなった。ここは我慢我慢。しかし、結構ジャガイモが多かったな。かなりの量のポテトサラダが出来そうだ。私は多いなと思いつつも大量のジャガイモとニンジンにマヨネーズをぶち込んだ。仕上げに生のタマネギを入れる。
「ずいぶん大量に出来たわね。半分はポテトサラダコロッケにしようか。目先が変われば食べやすくなるでしょ」
「衣をつけて揚げるってこと?」
「そう。油の準備して」
ここからは揚げ物である。唐揚げとポテトサラダコロッケを揚げるのだ。ポテトサラダをコロッケにするという発想はなかったな。中身はゆでたジャガイモだし問題はないだろうが。と思ったら、あゆみ曰くうちでは何度も出ているメニューらしい。私がポテトサラダコロッケだと気づかずに食べていただけのようだ。
「あゆみは智哉のこと忘れられるの?」
「色々考えた結果、おばさんにいい人がいないか聞いてみてるとこ」
「おばさんにって、お見合いでもするつもりなわけ。私じゃあるまいし、あゆみにお見合いはまだ早いでしょ」
「私は早く結婚したいの。綺麗なうちにウエディングドレス着たいのよ」
「そういう願望があるならいいけど、お見合いに期待するのはどうかな」
「お姉ちゃんが失敗したからって、私が失敗するとは限らないでしょ。黙ってみててよ。お姉ちゃんより先に結婚するんだから。はい、油に投げ入れようとしない」
だって、熱々の油がはねたら怖いじゃないか。私がそういうと、投げ入れる方が怖いと叱られた。箸でゆっくり入れればはねないから大丈夫といわれ、疑いつつ衣をつけたポテトサラダを投入する。あゆみはすぐそばに来て鍋をのぞき込む。そうか、あゆみは結婚願望が強かったのか。姉妹でそういう話はあまりしてこなかったから知らなかった。ウェディングドレスは若いうちに着たいとは可愛い理由じゃないか。私は正直ウェディングドレスなんかどうでもいいけど、あゆみには大事なことなのだろう。
「何とかポテトサラダコロッケも唐揚げも揚がったわね。油に投げ入れようとしたときはどうしようかと思ったわよ」
「だから、私は料理しないんじゃないか。危ないでしょ」
「でも、今回見てて思ったけど、意外と基礎は出来てるのよね。ちょっと練習したら上手くなると思うんだけど」
「いや、今までどうにもならなかったもの、いまさらどうにかなるとは思えないよ。料理は食べる方がいいや」
「いまさらどうにもならないって、今日それなりに何とかなったじゃない。ちゃんと食べられるもの作れたんだし。智哉さんに手料理食べさせたいって思わないの?」
そういうのは器用な人がやることだと思ってた。あゆみとか奈々みたいな。恋人のための料理を作るなんて所業を私がやってもいいんだろうか。思えば悠里も相当自分の家で練習してから奈々に食べさせていたらしい。うちの家族はそこまで協力してくれるのだろうか。
「してくれるよ。信じてよ、家族を」
あゆみの言葉にちょっとだけ頑張ってみてもいいかなと思った。でも、私の失敗料理を食べてくれというのは勇気がいる。あゆみは信じてよというけれど、毎日失敗料理ばかり食わせてと思われたらどうしようと思う。よく図太いといわれる私だけど、そういうところだけは何故だか繊細なのだ。私が見るからに困った顔をしていたのか、あゆみはいくらでも手を貸すからと肩を叩き、唐揚げを一つ食べて美味しいねといった。