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第20話 志緒。

 私はその日パチンコにいってはみたものの、負けたので早々に帰ってきた。ついていない日はついていないと割り切って、すっぱりやめるに限る。ただ、パチンコから帰ってくると暇で仕方がない。家族はみんな仕事にいっているし、話し相手がいない。一人でテレビを見ていても仕方がないので昼寝でもするかと思っていたとき未崎が現れた。何故だか満面の笑みを浮かべて、ベッドに寝転がる私を見下ろしている。こっちはパチンコで負けたというのに、こうも機嫌がよさそうだと腹が立つ。


「ずいぶん機嫌がよさそうだな。何か用?」

『いや、智哉くんといい仲になったんでしょう。二人がくっつくのを望んでいた私としては嬉しいわけだよ』

「何で望んでいたのか全然分からんのだけど」

『あかりはダメ男続きで疲れてたでしょう。それを癒してくれるのは智哉くんじゃないかなって思っていたんだよ。幼なじみはいいよ』

「私と智哉がどうこうっていうより、幼なじみ同士でくっつけたいだけじゃないの」

『否定はしないよ。せっかく隣に幼なじみがいるんだもの。素晴らしいと思うのは私だけかな』

「ああ、そんなの未崎だけだよ」


 未崎はちょっとしゅんとしたけれど、すぐに笑顔に戻る。私は起き上がり、真正面から未崎を見つめた。本当に、曾祖父さんの見た目が私より若いのはどうにかならないものだろうか。イラつく。自分が幼なじみと結婚して上手くいったからって、妙に幼なじみを推してくるし。結局、智哉とくっついた私も私だけど。智哉と付き合い始めたとはいえ、今のところ特別なことは何もしていない。智哉の仕事が忙しいのだ。これで私が仕事を始めたらすれ違いの毎日が続くのではないかと思う。けれど、いつも一緒にいるよりはちょっと距離がある方が落ち着くので、今くらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。私的に。たぶん智哉は一緒にいたいというんだと思う。こういうところが私の面倒なところらしい。距離感がつかみにくいというか。


『前に男がいる幸せなんていらないっていってたことがあったよね』

「あったあった。前の男の件で、もう男はいらないって思ってたからね」

『でも、あかりも幸せになってもいいんだよ』

「幸せになってもいいよといわれても、幸せってなりたいからってなれるもんでもないでしょ」

『そうだよ。だからこそ幸せになって欲しいんだよ。今までと違って普通の彼氏が出来たんだし』


 幸せに、か。今まではロクな男いなかったから、未崎がこういうのも分からないでもない。しかし、付き合っておいて何だが、智哉と幸せになるイメージというのがあまり出来ない。これは他の男のときも同じだったのだが、二人で幸せに暮らしていくイメージが出来ないのだ。未来に起こる困難が山のように浮かんでくる。相手の浮気、ギャンブル、借金。そんなものが幸せを壊していくイメージばかりだ。ただ、智哉との未来に見える困難は他の男よりは少なかった。智哉に問題となる部分が少ないからだろう。予想される困難が少ないからといって上手くいくわけでもないんだろうけれど、他の男たちよりはマシだろう。別れない未来は相変わらず見えないが。


「幸せになれればいいんだけどね」

『そうはいかないわよ!』


 私の呟きに喰い気味にツッコミを入れてきたのは、窓辺に立つ髪の長い少女だった。そう、智哉の守護霊だ。いつの間にか、私の部屋に来ていたようだ。私を見る少女の目は敵を見るそれと変わらない。未崎が挨拶しようとするが、そちらを見もしない。ただ、私を睨みつけていた。


『私は貴女を智哉の彼女だなんて認めない。全力で追い払ってみせるわ』

『志緒ちゃん、まずは落ち着いて』

『貴方は黙ってて』

『志緒ちゃん』

『黙っていてといっているの』


 どうやら、この守護霊の名は志緒というらしい。窓際で仁王立ちをして私をさらに睨みつける。未崎は声をかけようとしてやめたようだ。諦めたが正しいのかもしれない。何が気に入らないのか知らないが、私は相当嫌われているらしい。妙に高圧的な子で、未崎に一切喋らせない。だからといって、一方的にいいたいことをいって出ていくわけではない。話したいという願望はあるんだろうか。


「追い払ってみせるってどういうこと」

『どういうことも何も、そういうことよ。私は智哉に幸せになってもらいたいの。だから、相応しくないと思った相手は智哉のそばにいられないようにしてきたの。私はね、貴女は智哉に相応しくないと思っているの。だから、覚悟してちょうだい』

「智哉が好きで付き合ってた相手を勝手にそばにいられないようにしたわけ」

『そうよ。それが智哉の為なの。智哉のためなら私は何だってするわ。私が智哉を守るの』


 そういって、志緒は胸を張った。迷惑な話である。私は男と付き合うと色々なパターンの別れを想像するわけだが、智哉と付き合う上で想像したのは守護霊との不仲だった。どういう不仲になるかまでは想定していなかったが、こうして私の部屋に乗り込んでくるとは思わなかった。困ったな。私はこうして守護霊と会話することが出来るけど、それ以上のことは何も出来ない。今まではだいたい話し合って解決してきたのだけれど、どうも志緒を説得出来る気がしない。自分の主張ばかりでこっちの話は聞いてくれなさそうだ。タチの悪い霊とタイプが似ている。


『警告はしたわよ。いやなら別れるがいいわ』

「いやとも別れるともいってないけど」

『私たち守護霊はそこらの霊と違って出来ることも多いのよ。そこの無能な守護霊から聞いていないかもしれないけれど。別れたくなるようなことをされる前に別れる方が賢明よ』


 おいおい、他人様の守護霊を無能呼ばわりするな。本当に無能なんだから可哀想だろうが。未崎は志緒のことが苦手なのか、すっかり萎縮してしまった。志緒は悪役のような悪い笑いを浮かべると、早く別れなさいといって去っていった。何だか高笑いでもしそうな雰囲気だったな。似合うだろうな、高笑い。そう思うと笑えてきた。どうやら、私は別れる運命にあるらしい。智哉とは上手くいくかもしれない、そんな気に少しでもなれたのに。今までの男よりはマシだと思えたのに、どうにもならないもんなあ、守護霊は。仕方がないなあ、もう。

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