私は志緒のことをどうやって智哉に伝えたものか迷っていた。自分の守護霊が私に嫌がらせをしていると知ったら、驚くだろうしショックも受けるだろう。出来るだけ、マイルドに知らせる方法はないものか。そう考えていたとき、本棚から本が落ちた。今夜も嫌がらせをする気らしい。私が渋々本を拾いにいくと、別の棚から物が落ちてくる。それはちょうど私の真上で、物は私の頭に直撃した。結構大きい箱だったので頭ががんがんする。最初は物が少し落ちる程度だったのだが、エスカレートしてきてないか。
「ああ、もう。何で私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ」
このままだと部屋がぐちゃぐちゃになるだけではすまなそうだ。怪我させられるかもしれないし、酷くなったら家族に影響が及ぶかもしれない。私は我慢するのが苦手なのだ。この際、智哉がどう思おうと関係ない。これが原因で別れても仕方がない。もともと、上手くいく未来なんて見えてなかったんだ。これ以上、寝不足になるのも部屋が汚くなるのもごめんだ。私はすぐに智哉を呼んだ。まだ寝てはいないだろう。連絡すると、智哉はすぐにいくといい、本当にすぐに来た。
「あかり、どうしたの。こんな時間に。酷いクマだけど、寝不足なの?」
「うん、まあ。実は、話したいことがあって呼んだんだ。ついでに、私の部屋も見て欲しい」
「あかりの部屋を。それはどういうこと」
「こういうことだよ」
私は部屋のドアを開けた。部屋の中は足の踏み場がないほど物が散らかっている。あまり動じることのない智哉だが、流石にこれは驚いたようで絶句している。私が先に足で物をかき分けながら進むと、智哉もついてきた。安全地帯がベッドの近くだけなので、私はベッドに腰をかける。智哉はそっと物を寄せて床に座った。夜中中暴れる志緒だが、流石に智哉がいると何もしてこないようだ。こういっちゃ何だが、かなり卑怯である。
「どうしたの、こんなに部屋が荒れちゃって。片づけるの手伝おうか」
「智哉が手伝ってくれても、すぐにまたこうなるからいいよ」
「すぐにまたこうなるの。どういうこと?」
「智哉は見える体質だから、自分の守護霊って分かってるよね」
「ああ、うん。髪の長い女の子だよね。急に守護霊の話なんかして、どうしちゃったの。もしかして、僕の守護霊が関係しているとかいうこと?」
「いおうかどうしようか迷ったんだけどね。実は智哉の守護霊の志緒がやったことなんだよ」
風もないのに窓ががたがたと鳴った。よくみると、部屋の隅に志緒の姿がある。その表情は明らかに怒っていた。怒りたいのはこっちの方である。智哉は気配を感じたのかきょろきょろと辺りを見回す。そして、背後にいた志緒の姿を見つけたようだった。
「どうしてこんなことするんだ。あかりに迷惑をかけるなんておかしいよ」
『どうしてって、貴方を守りたいからよ』
「智哉を守りたいからだって」
「あかりにこんなことをするのが僕を守ることにつながるとは思えない。今すぐやめてくれないか」
『いやよ。これが貴方を守ることになるの、これが最善なの』
「これが最善だって」
『ああ、もうこれじゃあらちがあかないわ。ちょっと体借りるわよ』
志緒はそういって私の隣に座ると、私の肩に両手を置いた。その途端、体が硬直する。金縛りにあったことはないけれど、たぶんそれと似たような感じなんだと思う。体が全くいうことをきかない。智哉に助けを求めようにも、声が出ない。視界の隅で未崎が心配そうに見つめている。何とかしてくれ、あんた私の守護霊だろうが。未崎は志緒より力が劣るということで、関与出来ないらしい。
『こうして話すのは初めてね、智哉』
「貴女は守護霊の志緒。あかりをどうしたんだ」
『心配しなくても彼女は大丈夫よ。ちょっと体を借りてるだけ』
「何が大丈夫だ、あかりは苦しそうじゃないか」
『ちゃんと話を聞いてくれたらすぐに解放するわよ』
智哉は黙った。頼む、別れ話でいいから早く終わらせてくれ。とんでもなく頭が痛いし吐き気も酷いし、すごく怠くて寒気もする。急に酷い風邪にかかった気分だ。正直辛い。息づかいも悪くなっているのを見かねてか、智哉が私の手を握ったがその感覚はなかった。私の体はすっかり志緒に乗っ取られたようだ。
『私はね、貴方を守りたいの。貴方は貴方に相応しい女性と結婚して幸せになるべきなのよ』
「あかりは僕に相応しくないとでもいいたいのか」
『そうよ。ギャンブルが趣味でろくに部屋も片づけないような女を認めるわけにはいかないわ』
「ギャンブルは趣味の範囲で楽しんでいるんだよ。別にいいじゃないか。今部屋が片づけられないのは貴女が嫌がらせをするからだろ。次々汚されたら僕だって片づける気が起きないよ」
『たとえそうだとしても、私は認めないわ。許さないわよ、こんな女。今すぐ別れなさい』
悪かったな、ギャンブルが趣味で。今のところそれで誰にも迷惑はかけてないわ。個人の趣味の範囲で楽しんでることをギャンブルだからってだけで否定するのはやめてくれ。志緒はギャンブルという響きが嫌いなだけなんだろうと思う。智哉は高圧的に迫る志緒にうつむいた。うなずいて別れるっていうんだろうかと一瞬思ったが、智哉は両手に力を込めて肩を震わせる。これって、もしかしてだけど怒ってるんじゃないだろうか。さっきから怒っている風ではあったけど、本気で怒っているみたいだ。
「黙って聞いていれば、好き勝手なことをいって。何だよ、こんな女って。僕の好きな女性にこんな女は失礼だろ。ギャンブルしようが部屋が汚かろうが、僕はあかりのことが好きだ。別れる気は一切ない」
『ちょっと、智哉。そこの女と結ばれたら不幸になるのよ。知ってる、そこの女の守護霊もギャンブル好きなのよ。絶対不幸になるわ。今の内に別れた方が賢明よ』
「あかりのことが嫌いなんだね。残念だけど、僕は貴女が嫌いだよ。不幸になるなんてどうして分かるんだ。今ここで生きてるのは僕だ。貴女じゃない。僕は僕の生きたいように生きる。もしこれ以上あかりに嫌がらせをするなら、今後供養はしないから」
ぶうんと両耳もとで酷い耳鳴りがして、体の硬直が解けた。智哉の言葉にショックを受けて、志緒が私の体を解放したらしい。具合の方は若干よくはなったけれど、頭痛と怠さは抜けていない。智哉は私を抱き起こし、大丈夫かと聞いた。あんまり大丈夫じゃないが、一応うなずいておいた。起きあがってみると、志緒は部屋の隅でしゅんとしている。そこに未崎が声をかけて二人で姿を消した。この件はこれで終わったようだ。それにしても、智哉があんなに怒るなんて驚いた。