目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3話 駅までの道。

 泰斗さんに駅まで送ってもらうことになったわけだけど、スーツ姿の知的美男子と冴えないよれよれカーディガン女が並んでいるのは、どう考えても不自然だった。人の行き交う道を二人で縫うように歩いていく。通行人がちらちらと私たちを見ていて不快だ。だから送らなくていいって言ったのに。それでも、みんな私のことを心配してくれたのだからと、何とか自分に言い聞かせる。


「今日はつまらなかったでしょう、すみません。ああいう場は慣れていなくて、もえさんを楽しませることまで気が回りませんでした」

「いえ、あの、気にしないで下さい。私も男性がいる場は苦手で、なかなか話せなくてごめんなさい」

「何人かでいるより、二人きりの方がいっそ話しやすいです。大也は慣れているみたいだからいいけれど、僕はどうしても緊張してしまいます」

「私もです。奈美に頼まれたから来たようなもので、それでなかったら好んで顔を出しません」

「似ていますね、僕たち」


 泰斗さんはやわらかく微笑むとすっと半歩近寄った。その横を自転車がすり抜けていく。歩道走っちゃダメだろ、自転車。けど、泰斗さん私のこと気遣ってくれたのかな。基本、優しい人なんだろうな、この人。さっきレストランで全然喋らなかったのは、異性とわちゃわちゃするのが苦手なだけだろう。私のことを避けていたわけではないようだ。取り敢えず嫌われていなくてよかった。

 それにしても、気になるな。視線が。


「泰斗さん、こんなよれよれのカーディガン着た女が隣にいてイヤじゃないです?」

「いえ、気になりませんよ。仕事帰りですから普通です。妙に気合い入れてお洒落してる女の子の方が苦手です。気後れしてしまって」

「そうなんですか。でも、泰斗さんと釣り合わないのか。さっきから視線が」

「視線は気のせいですよ、きっと。気にしない方がいいです」


 気にしない方がいいと言われても、明らかに見られてるもんなあ。泰斗さんは気にならないんだろうか。もしかして、いい男だから見られ慣れているとか。そうならすごいなあと思う。私なんて羨望の眼差しを向けられたことないもんな。

 今頃、奈美と大也さんはどうしているだろう。お酒でも飲みながら二人で語り合っているのだろうか。酔ったノリで自らお持ち帰り望まなきゃいいけど。いくら何でも、初めて会った日にお持ち帰りはよくない。


「何考えてました?」

「奈美と大也さんが上手くやっているといいなあと思って」

「そうですね。奈美さんは大也の好みのタイプだから、僕も上手くやっていてくれるといいなと思います。取り敢えず手だけ出さないように祈ってますよ」

「大也さん、手が早いです?」

「大丈夫だとは思いますよ。大事なものにはなかなか手を出さないタイプなので」


 大事に思われるかどうかが、奈美の運命の分かれ道ってところか。大事に思われていてほしいな。奈美、前の彼氏と別れてからずいぶん落ち込んでいたから。今日もすごく嬉しそうだったし、早く新しい彼氏が出来るといいなあと思う。奈美は奈美で私のことを心配してくれるんだけど、私は彼氏を作らないのだから心配はない。

 大也さんは積極的に奈美を口説いているけれど、泰斗さんはそうでもなさそうなイメージ。勝手なイメージだけど。


「そろそろ駅ですね。今日は本当に申し訳なかったです」

「謝らないで下さい。私も自分から話せませんでしたし。今日は美味しいお店に連れて行ってもらえてよかったです」

「そうですか、それはよかった。あそこへはよく行くんですよ。いいお店なんで、今度は女子同士で行っても楽しいかもしれませんよ」

「そうですね。今度は友だちを誘って行ってみます。それじゃあ、送ってくれてありがとうございました」

「気をつけて帰って下さいね」


 泰斗さんは駅の前で手を振っている。私も軽く手を振り返した。駅に入って、もういないだろうなと思いつつ振り向くと、泰斗さんがまだいたのでお辞儀をして改札に走った。

 それから地下鉄に揺られながら、私は奈美と大也さんのことを考えていた。少しお酒を飲んだ所為か、頭が若干ぽうっとする。眠くなってきたので、眠らないように気をつけないと。それとコンビニに寄って帰らなきゃ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?