着いたのは少し町中から外れたところにある、いわゆる食堂だった。この格好で入るのが躊躇われるようなお上品なレストランだったらどうしようと思っていたので、こういうお店なのはありがたい。和風で落ち着いた感じの店内に仕事帰りのサラリーマン風の人がたくさんいる。人の声はするけれど、うるさくもなく静かすぎもせず居心地がいい。メニューを渡されて見てみると、定食メニューがずらっと並んでいた。定食が多いから男の人が多いのかな。
「もえさんは魚はお好きですか?」
「はい。お魚好きですよ」
「このお店は魚がすごく美味しいんです。おすすめはホッケですかね。ここの干物はやみつきになりますよ」
「そうなんですか。じゃあ、ホッケ定食にしようかな」
私たちはホッケ定食を注文して、グラスに注がれた水を飲んだ。定食屋だからか、男の人と二人きりで食事という気がしない。奈美だったらこういうの嫌がるんだろうけど、私は気に入った。ホッケ定食というのがいいではないか。男の人ってこういうところへも誘ってくれるんだ。何だか嬉しくなる。
「泰斗さん、私を食事に誘ったりして、彼女作らないんですか?」
「出来ればいいなあくらいに思ってます。なかなかいい人に出会えなかったもので。もえさんはどうですか?」
「私は今のところ彼氏を作る予定はないです。私もなかなかいい人に巡り会えないので」
「普通に働いているとなかなか出会いってないですよね。かといって、大也みたいに積極的に求めていけるタイプではないっていうか」
「分かります。私も奈美みたいにはなれなくて」
笑い合ったところに料理が運ばれてきた。大きめのお茶碗に多めに盛られたご飯にわかめのお味噌汁。イカの酢味噌和えの小鉢にお漬け物がついて、大きなホッケの半身がどんと横たわる。豪快にして繊細な定食だ。ホッケの身はふわふわしていて、ご飯も美味しい。お腹が空いていたので、染み渡るようだ。夢中になって食べていて、気がつくと泰斗さんが笑顔で見ていたので、急に恥ずかしくなる。
「もえさん、敬語で話すのやめましょうか。何だか堅苦しくて疲れてしまいます。いやでなければ」
「分かりました。確かに、敬語で話していると仕事の延長みたいな気分になりますよね。じゃあ、今から敬語なしということで」
「自分で言っておいて何だけど、急に敬語なくすと照れるね」
「うん。何を喋っていいか分からなくなっちゃう」
二人して照れて、自然と言葉少なになってしまった。何をどう話そうか考えながらご飯を食べる。話すことが少ない分食事がはかどってしまって、気がつくと定食をまるまる食べきっていた。結構な量があったのに米粒一つ残さないなんて、ちょっと女の子らしくなかっただろうか。そっと泰斗さんの顔を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
「もえさんは食べっぷりいいね。一緒に食べていてすごく美味しく感じるよ」
「そうかな。女の子のくせに食べ過ぎとか」
「僕はたくさん食べる子が好きだからなあ。そこのところ、大也とは正反対なんだよね」
「大也さんはたくさん食べる子好みじゃないのかな。なら、奈美はぴったり。あの子は私と違って食が細いから」
結局、何だかんだ奈美と大也さんはお似合いのカップルみたいだ。お互いにほっとしていて笑ってしまった。敬語じゃなくなった所為か、ナチュラルに笑えてる気がする。
泰斗さんは流石にお腹に空きはないですよねと聞いてきた。ちょっとはありますよと答えると、ここの隠しメニューはパフェなんですと笑う。私と泰斗さんはそれなりの大きさのチョコパフェを完食してから店を出た。それから少し郊外を流して、いつものように最寄り駅まで送ってもらった。