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第12話 プリティーホース。

 泰斗さんは一旦ゲームをやめて、食べましょうかとサンドイッチとスープを持ってきてくれた。材料があるということは、いつも料理をしているのだろう。レタスとハムのサンドイッチも野菜の入ったスープも美味しかった。食べている間、ゲームと競馬の話も出来たし、私は満足していたのだけれど、泰斗さんは何かを言おうとして躊躇う素振りを何度も見せた。どうしたのだろう。


「泰斗さん、どうしたの?」

「いや、その。もえさんは美少女ゲームとかする男をどう思うかなって」

「いいと思うけど。泰斗さんは美少女ゲーム好きなの?」

「ウマ女子ってゲームにハマってて。けど、前の彼女って美少女ゲームにも理解がなくて、気持ち悪いって言われてしまって」

「それはヒドい」


 ウマ女子とは競走馬を擬人化したスマホのアプリゲームである。牡馬も牝馬もみんな美少女になってレースをするというゲームだ。私は気にはなっていたもののやったことはなかった。けれど、人が好きだと言ってやっているゲームを否定するのはどうかと思う。前の彼女さんとはとことん相性が悪かったようだ。泰斗さんはほっとしたように笑って、食器を片づけると、テレビをつけた。


「今日はよかったら一緒にメインレース見ないかな。いつも一人で見ているから寂しくて」

「あ、私も。今日は福島がラジオNIKKEI賞で、中京がCBC賞、函館が巴賞だったかな」

「そうそう。一緒に見ようよ」

「今日は賭けるの?」

「いや、賭けるのはG1レースの時とかくらいだよ。大也みたいに自信がもてないから、三連単はやらないかな。ワイドにちょっとくらいだね」


 泰斗さんはそう言って笑うと、お菓子を差し出す。私がお菓子に手を伸ばすと、麦茶を入れてきてくれた。どこまでも気の利く人である。


「もえさんは推し馬いる?」

「大体想像ついてるんじゃないかな」

「シュクラかな。惜しかったよね、ヴィクトリアマイル」

「私、白毛とか葦毛の馬が好きなの。それ以外にも好きな子いっぱいいるけど」

「なるほどね」


 優しく笑った泰斗さんはすっと立ち上がると、私が寝かされていた寝室に入っていった。何をしてるんだろうと思ってついて行くと、寝室のカーテンが開けられており、室内の様子が分かった。壁際に馬のぬいぐるみがたくさん飾られている。ぬいぐるみの他にも、馬のグッズが所狭しと並べられていた。

 泰斗さんはたくさん並んでいる馬のぬいぐるみの一つを手に取ると、私に手渡す。


「これ、シュクラのぬいぐるみ。真っ白で可愛いよね」

「シュクラのプリティーホースのぬいぐるみ!」

「あげるよ。僕は二つ持っているから。正確にはJFバージョンと、桜花賞バージョン。ヴィクトリアマイルバージョンを二つ持ってるんだよ」

「ええっ、いいの?」

「ぬいぐるみまでは持ってないかなあと思って」

「ありがとう。どうしよう、すごく嬉しい」


 私はシュクラという白毛の牝馬が大好きで、グッズを買おうかと迷っていたのだけれど、買ったことはなかった。何か、シュクラのぬいぐるみを一つ買ってしまったら、次々推し馬のグッズが欲しくなる気がして。ただでさえ整理整頓が苦手なのに、物が増えたら片づけられなくて、可哀想なことになってしまいそうだ。推し活は単勝を買うだけと心に決めていたけれど、手に入ってしまった。憧れのシュクラのプリティーホース。


「通販もやってるけど、それだけ好きなのに買わないのはもったいないね」

「その、片づけが苦手だから。泰斗さんみたく上手く飾れないなって」

「枕元にでも置いておくと良いよ」


 その枕元がごちゃごちゃなんだけど。けれど、そんなことは恥ずかしくて口に出せない。家に帰ったら頑張って片づけて、飾る場所を作ろう。

 それから、私たちは二人でメインレースで盛り上がって、ちょっと名残惜しいなと思いつつ、ぬいぐるみを抱きしめて帰宅した。泰斗さんに家まで送ってもらうのは初めてで、ちょっと照れくさかった。

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