その日は奈美が遊びに来ていた。奈美は部屋に入るなり、ずいぶん綺麗に片づけたねと言った。当然である。泰斗さんの部屋の綺麗さを見せられてしまったら、片づけないわけにはいかないだろう。それに、もらったぬいぐるみもちゃんと飾っておきたかった。ぬいぐるみを置くところを作るついでに家中片づけたみたいなものだ。
奈美コンビニの袋から買ってきたお菓子をテーブルに出した。
「ねえ、もえ。今日はお願いがあって来たのよ。私に競馬を教えてくれないかな」
「競馬。教えてくれって言われても、大して教えられることもないけど。どうしてまた競馬を?」
「ほら、大也さんが競馬好きじゃない。それに、もえも好きだし。私もちょっと興味があるのよね」
「競馬を教えてもらうなら、大也さんの方がいいんじゃないのかな。その方が楽しいと思うし、少なくとも私よりは詳しいよ」
「そうなんだけど。大也さんわりとガチな人でしょ。私は横で一緒に楽しみたいっていうか」
要するに、馬券を当てるとかの方に興味があるんじゃなくて、何となく楽しめればいいエンジョイ勢になりたいってことか。それなら、大也さんに教えてもらわない方がいいのかもしれない。大也さんだと、いきなり馬券の予想の仕方とか教えそうな気がするから。しかも、三連単。新聞の見方とか教わっても、奈美が楽しめるとは思えないし、どうしたらいいかな。一緒にふわっと競馬の話がしたいなら、目指すのは予想の仕方じゃない。
「うーん。楽しむならまずは推し馬見つけるのがいいのかな」
「推し馬かあ。どうやって探せばいいのかな。馬ってたくさんいるじゃない、その中か推し見つけるのって大変じゃない?」
「そうでもないよ。見た目が好きとかそういうのでいいんだし」
「馬ってみんな似たようなもんじゃないの?」
「馬も色々だよ。毛色だけでも鹿毛とか。うん、茶色っぽい馬もいれば、黒っぽい馬もいるし、白っぽい馬もいるよ」
私のSNSのタイムラインにアップされている馬の画像を見せると、奈美は毛の色が違うのねといって興味深そうに見ていた。しばらく見ていた奈美はスマホを私に返して、お菓子を摘む。私はキッチンへ麦茶を入れにいく。さて、毛色が違うのがいるということは伝えられたけれど、他に何をアピールすればいいだろうか。友だちが競馬に興味を持ってくれるのは嬉しいような、そうでないような。賭けるわけでないならいいか。
「馬に個性があるのは分かったけど、名前まで覚える自信ないかなあ。もえはどうやって馬の名前とか覚えたの?」
「うーん。私はゲームから入ったから自然に。ゲームに出てくる名馬の子どもが走ってたり、孫が走ってたりするから、そういうところから覚えたかな」
「なるほどねー。確かにゲームの方が取っつきやすそうではあるね」
「うん。ゲームから入ると覚えるのは早いかも。あと、推し馬探しするのに推し騎手から探すのもいいかも。結構カッコいい騎手がいるよ」
私が何人かの騎手の画像を見せると、奈美は確かに推せるわといって笑う。でも、大也さんの隣で推し騎手応援させるのも何だなあと思い直す。大也さんがやきもちやきそう。女性騎手を推すんならいいけど。だとすると、やっぱり興味があるならゲームから入るのがおすすめなのだろうか。
「騎手は後かな。興味があればゲームから入るといいかも」
「おすすめのゲームは?」
「うん、私がやってるダービーランっていう競走馬育成ゲームいいよ。あと、最近はウマ女子っていう擬人化ゲームも人気があるね。これは昨日アプリ入れたばっかりだから、まだ分かってないんだけど」
「ウマ女子は何か知ってる。女の子が走るんだよね。私もやってみようかな」
奈美はそれからゲームに興味を持ったらしく、私の部屋でダービーランを試しにプレイしている。結構気に入ったようで、帰りに買っていくといっていた。ウマ女子の方も試しにダウンロードしてみるそうだ。これでまた一人競馬沼に落ちていくんだなあ。