火が完全に消えたのを確認して、コンロと網を返却にいく。ゴミ捨て場も同じ建物のはずだけど、奈美と大也さんの姿は見あたらなかった。泰斗さんが黙ったままなので顔を覗き込むと、びっくりしたように後ずさる。その様子に、私もびっくりしてしまった。ずっと何か言いたげにしているんだけど何も言ってくれないから、どうしていいか分からない。しばらく待っていると、泰斗さんは立ち止まって絞りだすように言った。
「もえさん、今度二人きりでどこか行こうかと思うんだけど、どこか行きたい場所はある?」
そう聞かれて、私はどこに行きたいかを考えた。前に行った定食屋でもいいし、他に美味しいところがあるなら知りたい。泰斗さんなら美味しいお店をいっぱい知っていそうだ。いや、美味しいお店とかそういうことじゃないのかな。二人きりって限定しているし、もう少しロマンチックなことなんだろうか。それとも、純粋に私が行きたいところなのか。どう答えたらいいのか迷っていると、泰斗さんはそっと私の手を握った。
「もえさん、僕と二人で行くのはいやかな。僕は、もえさんと一緒に楽しみたいんだ。もえさんとずっと一緒にいたい」
「泰斗さん」
「もえさん、僕と付き合ってくれないかな」
「あ、あの。はい。私でよければ」
こんなところで告白されると思わなかったから油断していた。私、変なこと言っていないよね。泰斗さんにそっと抱き寄せられて、その胸に顔を埋めようとしたら、近くで声が聞こえた。ぐうとかきゃあとか言う声で、それは明らかに奈美と大也さんの声だった。告白シーンを目撃されたからか、泰斗さんががっくりと肩を落とす。二人の姿が見あたらないからどこに行っているのだろうと思っていたら、こんな近くにいるなんて。覗き見しているなんて、趣味が悪い。
「泰斗さん、俺みんなで競馬場に行きたいな。ダメ?」
「大也、何でこんなところに。もしかして、話を全部聞いてたのか。いくら何でも怒るよ」
「全部っていうか、九割くらい聞いてたよ。まあ、全部みたいなもんだな。聞いてたっていうか聞こえたんだよ。そんなことより、二人でなんて言わずにみんなで行こうぜ、競馬場」
「それはもえさんに」
「泰斗さん、いいんじゃないかな、競馬場。私行ってみたい。生でレース見てみたいよ。みんなでっていうのもいいと思う、何だか私たちらしくて」
何だかんだ一緒にいることが多いから、これはこれでいいんだと思う。そう言うと、泰斗さんは私がそうしたいならと納得してくれた。何か、みんなで競馬場に行ったら、大也さんが一人で夢中になって、奈美が置いてけぼりになりそうな気もするけど。そうなっても、私たちがいれば奈美も楽しめるだろうし。競馬場へはみんなで行くのがよさそうだ。
「どうせなら、札幌記念いきたいよな。札幌記念」
「札幌記念ってどんなレースかな。G1なの、違うの。私まだどれがG1レースなのかも覚えてないよ。勉強しなきゃ」
「大也、いきなり札幌記念はないよ。もっと空いてる日に楽しんでもらわなきゃ」
「まあ、確かに。混んでるところに行って競馬場嫌いになってもいやだしな」
「じゃあ、競馬場は空いている日に行って、札幌記念はみんなで中継見ようか」
「もえさん、あったまいい。それ、それだよ。俺が求めてたのは」
子どものように喜ぶ大也さんと、いまいち何だかよく分かっていない奈美。泰斗さんは仕方がないなあと言い、二人でどこかへ行くのは今度にしようとこっそり囁いた。泰斗さんは私をどこへ連れていってくれるのだろう。ちょっとどきどきしてきた。そのときは、奈美にも大也さんにも邪魔されずに、二人きりを楽しみたい。
それにしても、付き合って初めて行くのが競馬場だなんて。私たちウマが合うんだなあと思う。馬好きだけに。