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よんただのチョイとアレな話。
よんただのチョイとアレな話。
よんただ
文芸・その他雑文・エッセイ
2025年05月12日
公開日
1.2万字
連載中
ほんの少しだけ霊感のある作者が、不思議なことを体験したり、スピリチュアル的なコトを綴った雑文です。 私は特定のカルト宗教に傾倒したり入信をしていません。 (ごく普通の宗派である、曹洞宗のお寺の檀家ではありますが…) お願いですから、私に対して腫れ物を触るように見ないで下さい。(苦笑) ◇ 貴方はこんなことを経験したことがあるでしょうか? 子供の頃、お風呂に入ると、決まって女の子の声が聞こえてきて、学校での悩みやたわいもないコトを話して勇気づけられたり。 父が亡くなって、数週間程度、仕事場や家に白いモヤが見えて確実に父だと思ったこと。  さらには、よく父が夢の中に出てきて、事ある毎に、親子の会話をしていたり…。 夕暮れ時に成田山新勝寺の出世稲荷を参拝しようとして、お社に立った途端、私と弟以外に誰もいないのに、女性の声で後ろから「ごめんなさい、今日は終わりだからね」と、私にだけ聞こえてきて、確実に荼枳尼天様だと確信したり…。 前日に、実家の階段から瀧のように水が流れて雨漏りをする夢を見て、嫌な予感がした私が、翌日に意を決して弟と一緒に実家の階段下収納を整理していたら、40年間、ズッとしまわれていた日本人形が出てきて、その段ボール箱を持った瞬間に、家の中からカタカタと音が聞こえて、肩や足が痛くなったり頭痛がしたこと。 夜中に目が覚めると、天井に呪詛が書かれた墨字がスクロールして流れ、脇に透明な髪の長い女性が見えたこと。 ◇ 私も、超優秀な霊能力者ではないし、ド素人でチョコッと見える程度ですから、わけが分かりません。 そんな中途半端な人間だから、訳の分からぬことをエイヤッと綴ってしまおうと思ったのが、この作品であります。 この作品を起こした際に、私は3ヶ月前に手術をしているので、小説が思うように書けません。 だからこそ、腕を鈍らせないように、雑文を綴ろうとした経緯もありまして…。 何時まで続くか分かりませんが、ネタが尽きた時点で作品を終えようと思っています。 長い付き合いになると思いますが、よろしくおねがいします。

1.家の庭に埋められた『からわけ』の破片。

 最初に読者へのインパクトを与えることが大切ですからね…。


 色々と考えましたが、自己紹介を交えながら、雑文的な与太話をしていきましょう。


 では、早速、本題に入りますか。


 ◇


 『からわけ』という、素焼きの土器に、願を掛けて割ることで、厄や災難を落とすコトをやる神社やお寺が、存在します。


『からわけ』にとかなどと書かれていて、それに願を掛けた上で、所定の場所にて、地面や石に叩きつけて『からわけ』を割るのです。


 そんな寺社の中には、自らの名前と、悪運や縁を切りたい事柄などを『からわけ』に書いてから、願を掛けて割る寺社も。


 願をかけた後に、悪いモノをことで、御利益があるものなのですが、やり方を間違えると、とんでもない厄災を招き入れる可能性があります。


 ◇


 さて、ここからは、私の家の事情などを自己紹介がてら、少し説明をしていきましょう。


 うちは父から跡を継いだ小さな町工場を経営しています。


 コロナ禍の最中、父が末期肺癌にて亡くなったあと、私たちは、町工場を私の妻や弟も加わって継いでいます。


 実家は工場の隣にありますが、実家は2世帯住宅ではないので、私と妻は結婚した後に、実家のすぐそばに家が建っている環境でして…。


 会社のほうに目線を移せば、ここ数年、自動車メーカーの不正問題やウクライナ戦争による物価高騰や電子部品の不足などもあって、町工場の経営が、倒産寸前の危機的な状況になりました。


 取引先に支払いを考慮して頂いたり、従業員を解雇し、私たちの給料も返上したりして、必死にお金のやりくりをしますが、ここ1~2年間においては、本当に地獄の日々を味わっています。


 その悪夢の1~2年の間に、工場内の機械や機器、家の中のモノも含めて、相次いで故障し、私は車で接触事故を起こし、母は敗血症で倒れて要介護5になり、さらに私に胸腺腫が見つかって、手術をするハメになったぐらい、不運が神がかり的に相次いで訪れました。


 実家は、弟が独身なので、今までは母と弟が一緒に住んでいましたが、母が敗血症で倒れましたが、奇跡的に命が繋がったものの、未だにリハビリ系の病院にて入院中ですし、要介護5では病状が安定しても、何処かの介護施設に入りざるを得ません。


 私の息子も、高校受験の半年ぐらい前から起立性調節障害を発症し、学校に行けなくなったのですが、高校生になってから、病気がようやく治って学校に行けるようになったり…。


 ちなみに霊感については、妻は全くないですが、私や弟は、亡くなった父の家系に、占い師や祈祷師、それに神社の神主などがいた影響から、霊感体質が少しだけあるようです。


 私も弟も意図として霊や神様を見たり聞いたりするのも無理、まして、除霊や浄霊ができる能力は皆無だし、突然に突拍子もなく『見えやすい』だけで、ごく普通の一般人と変わりがありません。


 どうやら、私の2人の子供にも、その遺伝があるようですが…。


 ◇


 さて、話を本題に戻しまして…。


 これは、そんな地獄の日々から、少しだけ解放されつつある時に起こった出来事でした。


 順を追って説明する必要があるので、話は過去に飛びます。


-これを執筆している時点で、6年程度前にさかのぼって、正月が過ぎて数週間後の休日-


 亡くなった父は、特定の宗教に入信するようなコトはありませんでしたが、神仏をとても大切にする人でした。


 父は私が子供の頃から、家にある仏壇と神棚に手を合わせる事を欠かしませんでしたし、事ある毎に成田山や近場の神社へ参拝を欠かしません。


 ちなみに、私たちも、父が亡くなってから、父が神仏を大切にする意思を引き継いでいるのです。


 地元の神社は、古くからある少し有名な神社なので、正月は参拝客で相当に混んでいて、周辺道路の交通渋滞も凄まじいので、父が存命の頃は、参拝時期を遅らせて初詣をしていました。


 それでも、私たちと同じような事を考えている人が多くて、神社は大勢の人で賑わっています。


 その神社に、前述の『からわけ』があります。


 厄除けや、悪縁などを切るという意味で、それに願を掛けて割ると、御利益があるのは、さきほど述べた通りでして。


 弟は、それを買って神社で割ろうとしますが、人が多くて『からわけ』を割る人が多くて、少し行列ができていました。


 この混雑状況から、並ぶのが面倒になった弟は、家に『からわけ』を持ち帰って割ると言って聞きません。


 私や、父母を含めて、弟が家に帰って『からわけ』を割ることに大反対をしますが、言って聞かないので、放っておいたのですが…。


 家で割った『からわけ』は、もう一度、その神社に行って、割った『からわけ』を集めて、神社におさめれば大丈夫です。


 弟は家の庭で、それを割った後に、改めて1人で神社に行って、それをおさめた


 なぜ、私も父母も含めて大反対したのか?


 それは、厄を落とすために願掛けをした『からわけ』には、願を掛けた、その人の念や厄がついています。


 神社やお寺は言わば『聖域』ですから、そういう人の念や厄災などは、その聖域によって、すぐに祓われますが、家の庭で割った場合に、その厄が祓われるかは、かなり微妙です。


 そんな理由から、あまり変なことを、家や会社に持ち込みたくない父母や私は、弟の行動に関して、相次いで大反対をしました。


-それから6年後-


 私たちに色々な厄災が降りかかる中で、スピリチュアル的な出来事として、奇妙な呪詛騒動や、実家にあった呪いの人形騒動、30年間も放置された禍々しいパワーストーン事件などを解決した後に、弟がやらかしたミスが如実になって出てきました。


 5月連休が終わった後の金曜日。


 その年の暮れから母が敗血症で倒れたり、私が胸腺腫になって手術をした影響で、色々なものが手つかずになっていました。


 その最たる事案の1つに、工場の敷地や家の庭が荒れたい放題になっていたので、意を決して、工場の敷地や家の庭の手入れをする事にしたのです。


 5月連休頃となると、草木も勢いを増しますから、これ以上、放置をすれば、庭や工場の敷地は荒れたい放題になりますし、見た目も良くありません。


『さすがに、庭を手入れしていて、嫌なモノはないよなぁ…』


 これの1ヶ月程度前に、私たちは実家にて、40年以上、階段下の収納スペースにて、放置されていた人形が出てきて、怪奇現象が起こったりしたこともあったので、内心は油断ができません。


 私と妻は、手分けをして工場の敷地や私の家、それに、実家などの庭を手入れしていきます。


 その時は、周りの環境が良くなる事によって、運気も上がる事を期待していた感じで、とても気楽に考えていましたが、現実は厳しいものでした。


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