(この感覚……これまでの水風呂とか、干し草風呂、樽風呂の後でも感じた体力向上とは、全然ケタが違う!)
ユーナは焼けるような熱さを両手に感じ、思わず手のひらを広げて見つめた。
やがて、ふと我に返って周囲を見回す。すると、木陰の向こうに待機していたはずの水竜の姿が、蒸発する氷のようにゆっくりと消えていくのが見えた。
「あっ、水竜さんが……!」
その時、水竜と入れ代わりで、一人の少女が水色の長い髪をなびかせながら、
謎めいたムードの少女は、まるで深海に眠る
「……ようこそ、『塩の泉』へ……私は、この『塩の泉』の
少女は、湯の中で立ったまま、ユーナにゆっくりと近づくと、穏やかな声で語り出した。その左目の下には、魅惑的な小さいほくろが見える。
「あなたが助けた魚、そして水竜は、私の身した姿だったのです。私は千六百年以上もの間、あの大きな滝を登る宿願を果たすため、ずっと時を待ち続けておりました」
「えっ? 千六百年も、ずっとあそこでパシャパシャ跳ねてたの⁉」
ユーナは、驚きあきれながら問い返した。
「……そうです。魚となった私は、あの大きな滝の下で飛び続け、むなしく力尽きては、また何度も魚に生まれ変わりました。私の魂が竜体を取り戻すためには、あの滝をどうにかして、登り切る必要があったのです。そしてあなたのおかげで、ついに宿願は成就されました」
少女は湯の中で立ったまま、その切れ長の目をそっと閉じて、両手を左右にゆっくり広げてみせる。
「……まさに今、古代ユー帝国の聖なる温泉、その第一の封印が、解かれたのです」
「古代帝国の、温泉?」
ユーナは目を丸くしながら尋ねた。
「それって、どういうこと?」
塩化物泉「塩の泉」の泉女を名乗る少女は、目を開いてユーナを見下ろしながら、おごそかに話を続けた。
「かつて、この世界では、様々な場所から温泉が湧き出しておりました。中でも、特別な力を持つ聖なる温泉が、9か所存在します。それらは、失われた古代文明が築き、遺した温泉地なのです」
「特別な力、って……さっき、体が光ったり、『レベルアップ』って声が聞こえたりしたこと?」
「はい。この『塩の泉』は、聖なる9か所の温泉の1つなのです。文明の崩壊と共に、温泉は人々の目から隠され、近づくことを禁じられ、やがて完全に忘れられました」
泉女は、ユーナの瞳をじっと見つめる。
「残り8か所の温泉にも、私のような泉女たちが封印され、今も解放の時を待っています」
「そ……そっか。そうなんだ? 待ってるんだね」
泉女が語った、予期せぬ物語。
ユーナはあっけに取られた。その口元は、しばらくの間、ぽかんと開いたままだった。
しかしだんだんと、彼女の琥珀色の瞳には、謎の使命感がメラメラと燃え上がり始めるのだった。
「だったら、その9か所の温泉、全部行かなくっちゃね!」