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第十五湯 泉女降臨(後編)

(この感覚……これまでの水風呂とか、干し草風呂、樽風呂の後でも感じた体力向上とは、全然ケタが違う!)


 ユーナは焼けるような熱さを両手に感じ、思わず手のひらを広げて見つめた。


 やがて、ふと我に返って周囲を見回す。すると、木陰の向こうに待機していたはずの水竜の姿が、蒸発する氷のようにゆっくりと消えていくのが見えた。


「あっ、水竜さんが……!」


 その時、水竜と入れ代わりで、一人の少女が水色の長い髪をなびかせながら、忽然こつぜんと木陰に現れた。はかなげな表情で、深緑色の瞳をまっすぐユーナに向けている。


 謎めいたムードの少女は、まるで深海に眠る珊瑚さんごのような美しさと気品を兼ね備えていた。神話の世界を思わせる威厳と存在感を放ちながら、青いローブ姿のままで、少女は湯の中へと入って来る。


「……ようこそ、『塩の泉』へ……私は、この『塩の泉』の泉女せんにょです」


 少女は、湯の中で立ったまま、ユーナにゆっくりと近づくと、穏やかな声で語り出した。その左目の下には、魅惑的な小さいほくろが見える。


「あなたが助けた魚、そして水竜は、私の身した姿だったのです。私は千六百年以上もの間、あの大きな滝を登る宿願を果たすため、ずっと時を待ち続けておりました」


「えっ? 千六百年も、ずっとあそこでパシャパシャ跳ねてたの⁉」


 ユーナは、驚きあきれながら問い返した。


「……そうです。魚となった私は、あの大きな滝の下で飛び続け、むなしく力尽きては、また何度も魚に生まれ変わりました。私の魂が竜体を取り戻すためには、あの滝をどうにかして、登り切る必要があったのです。そしてあなたのおかげで、ついに宿願は成就されました」


 少女は湯の中で立ったまま、その切れ長の目をそっと閉じて、両手を左右にゆっくり広げてみせる。


「……まさに今、古代ユー帝国の聖なる温泉、その第一の封印が、解かれたのです」


「古代帝国の、温泉?」


 ユーナは目を丸くしながら尋ねた。


「それって、どういうこと?」


 塩化物泉「塩の泉」の泉女を名乗る少女は、目を開いてユーナを見下ろしながら、おごそかに話を続けた。


「かつて、この世界では、様々な場所から温泉が湧き出しておりました。中でも、特別な力を持つ聖なる温泉が、9か所存在します。それらは、失われた古代文明が築き、遺した温泉地なのです」


「特別な力、って……さっき、体が光ったり、『レベルアップ』って声が聞こえたりしたこと?」


「はい。この『塩の泉』は、聖なる9か所の温泉の1つなのです。文明の崩壊と共に、温泉は人々の目から隠され、近づくことを禁じられ、やがて完全に忘れられました」


 泉女は、ユーナの瞳をじっと見つめる。


「残り8か所の温泉にも、私のような泉女たちが封印され、今も解放の時を待っています」


「そ……そっか。そうなんだ? 待ってるんだね」


 泉女が語った、予期せぬ物語。


 ユーナはあっけに取られた。その口元は、しばらくの間、ぽかんと開いたままだった。


 しかしだんだんと、彼女の琥珀色の瞳には、謎の使命感がメラメラと燃え上がり始めるのだった。


「だったら、その9か所の温泉、全部行かなくっちゃね!」

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