3-1:王子の誠実な告白――聖女の困惑
パミリアが王都で「聖女」として崇められるようになってから数週間が経過した。瘴気の浄化が続き、表面的には平穏な日々が戻りつつあったが、その影でパミリアは疑念を抱え続けていた。
(瘴気の根本的な原因……一体何なの? あれが自然発生だとは到底思えないわ。)
空気清浄機を偽装した「聖女の道具」での浄化は成功していたものの、発生頻度と範囲は日に日に増している。そして、王国の人々はますますパミリアへの信頼と依存を強めていた。
その日、パミリアは庭園で一人静かに本を読むふりをしながら、《テラⅣ》と通信していた。
「テラ、最近の瘴気のデータはどうなってる?」
《テラⅣ》:「報告します。瘴気は北部、南部、西部と同時多発的に発生しており、明らかに自然現象ではないパターンを示しています。」
「やっぱりね……誰かが意図的に広げているのね。」
彼女は本を閉じ、小さくため息をついた。その時、庭園の奥から足音が近づく。
「聖女様、ここにおられましたか。」
――その声にパミリアは顔を上げると、そこには王国の第一王子が立っていた。彼の顔は緊張に満ち、どこか決意の色が伺える。
「王子? 何かご用ですか?」
パミリアは柔らかく微笑みながらも、彼の様子に軽い違和感を覚えた。
「少し、お話をさせていただけないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。」
パミリアが立ち上がり、王子と共に庭園の奥へと歩き始める。花々の甘い香りが漂う中、二人の周囲は静寂に包まれていた。
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王子の告白――国を守るために
やがて二人は噴水の前で立ち止まる。王子はしばらく言葉を探すように口を開いたり閉じたりし、ようやく静かに口を開いた。
「聖女様……。改めて、この国を救ってくださり、ありがとうございます。」
「……お礼を言われるようなことはしていません。ただ、できることをしているだけです。」
パミリアの謙虚な答えに、王子は一瞬目を伏せ、決意したように彼女を見つめた。
「ですが、聖女様がいなければ、我が王国はすでに滅んでいたでしょう。あなた様こそ、天の遣い……この国にとっての唯一の光です。」
(だから何? 何を言いたいのかしら。)
彼女は内心で眉をひそめながらも、微笑みを崩さずに彼の言葉を待った。そして――王子の次の言葉に、パミリアは思わず固まる。
「聖女様。どうか、この国に永遠にお留まりいただけないでしょうか。」
「……はい?」
「そして……私と共に、この王国をお守りいただきたいのです。」
「――!」
パミリアの赤い瞳がわずかに見開かれる。まさかの「求婚」に彼女は思わず言葉を失った。
(えっ……この状況、どういうこと?)
王子は真剣そのものの表情で続ける。
「あなたがこの国にいてくださるだけで、人々は安心し、希望を持つことができます。私と共に王国を支えていただけないでしょうか?」
その言葉に、パミリアは内心で軽く頭を抱えた。
(待って待って……私、ただの旅行者なのに! これは絶対まずい展開よ!)
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パミリアの返答――機転と嘘
一瞬の沈黙の後、パミリアは平静を装い、微笑みを浮かべて静かに口を開いた。
「王子、そのお気持ちは大変光栄です。」
「聖女様……!」
王子の顔が喜びに輝くが、次の瞬間、パミリアは軽く首を振った。
「ですが……申し訳ありません。私はこの国に永遠に留まることはできないのです。」
「どうしてですか!? 聖女様、どうかその理由を教えてください!」
王子の必死な問いに、パミリアは少し困ったような笑みを浮かべ、慎重に言葉を選んだ。
「実は……私には、将来を誓った相手がいるのです。」
「――!」
王子の顔が驚きと落胆に染まる。
(嘘よ! そんな人いないけど、これ以上ここに留まれない理由を作らないと!)
彼女はすぐに言葉を続けた。
「その方との約束がある限り、私は他の方と共に過ごすことはできません。」
王子は目を伏せ、しばらく沈黙した後、絞り出すように言った。
「そう……ですか……。」
「王子、あなたの国を守ろうとする強い意志は素晴らしいものです。でも、私の役目はここで終わるものではありません。」
パミリアはそう言い、優しく王子に微笑んだ。
「どうか、この国の未来は、あなた自身の力で築いてください。」
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王子の決意――聖女への敬意
王子はしばらくの間沈黙していたが、やがて顔を上げ、真剣な表情でパミリアを見つめた。
「……分かりました。ですが、あなたがこの国におられる限り、私は全力でお守りいたします。」
その言葉に、パミリアは驚きながらも軽く頷いた。
「ありがとうございます、王子。きっとあなたなら、この国を守ることができるでしょう。」
王子は静かに礼をし、その場を去っていった。パミリアは彼の後ろ姿を見つめ、再びため息をついた。
(はぁ……危なかった。でも、なんとか誤魔化せたわね。)
その時、耳元の通信装置が静かに反応した。
《テラⅣ》:「マスター、婚約者の件は初耳ですが。」
「そんな人、いるわけないでしょ! 嘘に決まってるじゃない!」
《テラⅣ》:「虚偽報告として記録を削除します。」
パミリアは頭を抱えながら呟いた。
「……これ以上、余計な問題は起こしたくないのよ。」
王子の求婚を断ったものの、彼の言葉から感じた 王国の未来への期待 と 彼女への依存 は、パミリアの心にわずかな不安を残していた。
(このまま『聖女』としてこの国を救い続けるべきなのか、それとも――。)
青く澄んだ空を見つめながら、彼女は静かに考え続けた。
3-2:王子の決意――揺れる立場
王子からの求婚を断った翌日、パミリアは宮殿のバルコニーから王都を見下ろしていた。透き通るような青空に、瓦屋根が連なる街並みが広がり、その間を忙しそうに動き回る市民の姿が見える。
「……あの時、王子に断ったのは正解だったわよね。」
パミリアは小さく呟き、風に揺れる銀髪を指で梳く。あの時、機転を利かせて「将来を誓った相手がいる」と嘘をついたものの、内心は未だに落ち着かない。
《テラⅣ》:「マスター、今後もその虚偽情報を一貫して伝える必要がありますね。」
「……分かってるわよ。でも、これ以上彼に深入りされるわけにはいかないの。」
パミリアはため息をつきながら、バルコニーの手すりに手を置いた。その時、庭園の中央から見慣れた姿が目に入る――王子だった。
王子は真剣な表情で兵士たちと話をしている。彼の隣には地図が広げられ、瘴気の発生地点を示す赤い印がいくつもついていた。
(あの地図……瘴気の広がりを把握しているのね。)
王子が何かを指さしながら兵士たちに指示を出す様子を見て、パミリアは眉をひそめる。
(……彼、一体何をするつもり?)
その疑問が頭をよぎった時、扉をノックする音が響く。
「聖女様、王子が謁見の間でお待ちです。」
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謁見の間――王子の決意
パミリアが謁見の間に足を踏み入れると、王子が待っていた。彼はこれまでになく真剣な表情を浮かべ、王家の軍服姿で立っている。その後ろには、重鎮たちや王国騎士団の精鋭たちが整列していた。
「王子……何かありましたか?」
パミリアが問いかけると、王子はゆっくりと頭を下げ、静かに口を開いた。
「聖女様、改めてお願いがございます。」
「お願い?」
王子は地図を広げ、パミリアの目の前に置く。そこには瘴気の発生地点が記され、赤い印が王都を中心に広がっていた。
「ご覧の通り、瘴気は日に日に増え、王国全土に広がりつつあります。このままでは、この国は確実に滅びます。」
パミリアは黙って地図を見つめる。確かに、発生地点は増えており、同時多発的に広がっている。
「だからこそ――私は王国軍を率いて、瘴気の発生源を突き止め、元を断つつもりです。」
王子の決意に満ちた言葉に、パミリアは一瞬驚いた表情を浮かべた。
「……軍を動かす、ということですか?」
「はい。もはや待っているだけでは何も変わりません。聖女様がいてくださる今こそ、我々は前へ進む時なのです。」
王子の瞳には迷いがなかった。彼はまっすぐにパミリアを見つめ、続ける。
「聖女様。どうか、あなたの力で我々を導いていただけないでしょうか。」
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王子の覚悟――依存と責任
その言葉に、パミリアは内心で大きくため息をついた。
(そうきたか……救世主にされている以上、こうなるのも仕方ないわね。)
彼女は冷静さを保ちつつ、言葉を慎重に選んで答える。
「王子、そのお気持ちは分かります。でも、軍を動かすというのは簡単なことではありません。」
「承知しています。しかし、このまま瘴気が広がれば、国民の命は一人残らず失われるでしょう。それだけは避けたいのです。」
王子の真剣な表情に、パミリアは心の中で複雑な思いを抱いた。
(……この人、本当に真っ直ぐな人ね。でも、それがまた厄介だわ。)
パミリアは軽く息を吐き、彼の提案を少し和らげるように口を開いた。
「王子、軍の力だけで瘴気の根源を絶つのは難しいかもしれません。でも、私の力をお貸しすることで、状況を好転させることはできるでしょう。」
「聖女様……!」
「ただし、焦りは禁物です。今は確実に瘴気の浄化を進め、被害を最小限に抑えることが重要です。」
王子は静かに頷いた。
「分かりました。聖女様のお力をお借りしながら、慎重に行動します。」
(……これで少しは時間が稼げるわね。)
パミリアは彼の覚悟を感じつつも、心のどこかで違和感を拭いきれなかった。
(王子は私の力を信じている。でも、それは本当の「奇跡」じゃない。ただの科学技術――私がいつか帰る時、彼らはどうなってしまうのかしら。)
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周囲の反応――聖女依存の深まり
謁見の間でのやり取りが終わると、パミリアは再び宮殿内を歩いていた。途中ですれ違う兵士や貴族たちが、口々に彼女へ感謝の言葉をかけてくる。
「聖女様がいれば、この国は大丈夫だ……!」
「聖女様のお力こそ、天からの救いだ!」
(……これが問題なのよね。)
彼らの言葉には、絶対的な「依存」が感じられた。パミリアは冷静な表情を保ちながらも、心の中で不安が募っていく。
(私がいなくなったら、この国はどうなるの? 今のままじゃ、彼らはいつまで経っても自力で立ち上がれないわ。)
耳元の通信装置から《テラⅣ》の声が届く。
《テラⅣ》:「マスター、王子の軍事行動が始まれば、瘴気の核心に近づく可能性があります。しかし、同時に王国全体が危機にさらされるリスクも高まります。」
「……分かってる。でも、私がこの状況を引き延ばすわけにもいかない。」
彼女は立ち止まり、庭園の花々を見つめた。その美しい景色とは裏腹に、王国全体に漂う「不安」と「依存」が重くのしかかっている。
(この国を救うためには、彼ら自身が立ち上がる力を取り戻す必要がある。)
パミリアは聖女の杖を握りしめ、決意を新たにした。
「……次に瘴気が現れた時、私自身が動いて核心を探るわ。」
彼女の赤い瞳が鋭く輝き、救世主としてではなく、一人の「探求者」として真実に向き合う覚悟を固めるのだった――。
3-3:瘴気の異常な拡大――忍び寄る危機
王子が軍を動かし瘴気の発生源を探る決意を固めた数日後、パミリアは再び王都の空に広がる異様な気配を感じ取っていた。
宮殿のバルコニーに立ちながら、彼女は赤い瞳を細め、遠くの山脈の向こうに漂う不自然な黒い靄を見つめていた。
「……あれは。」
彼女の視界には、王都の東部に向かって広がる瘴気の影がはっきりと捉えられていた。空を覆うその靄はまるで生き物のようにゆっくりと形を変え、少しずつ王国に侵食するかのようだ。
《テラⅣ》:「マスター、最新の観測データをお伝えします。東部地域で瘴気の拡大が急速に進行中です。濃度は過去最大。すでに複数の村が被害を受けています。」
パミリアの表情が険しくなる。
「濃度が最大……? 確実に何かが動いているわね。」
彼女は杖を手に取り、静かに呟く。
「今度こそ、核心に近づけるかもしれない。」
その時、慌ただしい足音が廊下を駆け抜け、扉をノックする音が響いた。
「聖女様! 王子がお急ぎです!」
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緊急の報告――東部の危機
謁見の間に到着すると、王子が地図を広げて騎士団の将軍たちと何やら議論をしていた。パミリアが姿を現すと、その場にいた全員が静まり返る。
「聖女様、来てくださりありがとうございます。」
王子は疲れた表情を浮かべていたが、その瞳には強い決意が宿っていた。
「何があったのですか?」
「東部の村が次々と瘴気に飲まれ、すでに住民の避難が間に合わない状況です。」
王子が示した地図には、東部地域に次々と赤い印がつけられていた。
「ただの偶然ではありません。これまでの瘴気の発生とは異なり、まるで一つの意志を持ったかのように広がっているのです。」
「……一つの意志?」
パミリアは地図を見つめながら眉をひそめる。確かに、瘴気の広がり方はこれまでの自然発生的なものとは明らかに違う。まるで誰かが意図的に操作しているかのようだった。
(これで確信したわ。瘴気の裏には、何者かが関わっている――。)
王子は静かにパミリアを見つめ、深く頭を下げる。
「聖女様、どうかお力をお貸しください。あなたの導きがなければ、東部は壊滅するでしょう。」
彼の声には切実な願いが込められていた。パミリアは一瞬黙り込むが、やがて静かに口を開いた。
「……分かりました。私が向かいましょう。」
その言葉に、王子や将軍たちは安堵の表情を浮かべる。
「ありがとうございます、聖女様!」
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東部への出発――真実への一歩
パミリアは早速準備を整え、王子率いる騎士団と共に東部へと出発した。彼女が馬車に乗り込むと、王子がその隣に座り、真剣な表情で口を開く。
「聖女様、瘴気の拡大がこれほど速いのは初めてです。我々も危険を覚悟して参ります。」
「ありがとうございます、王子。でも、無理はしないでくださいね。」
パミリアの言葉に、王子は静かに頷いた。
「聖女様がいらっしゃれば、必ず道は開けます。どうかこの国をお守りください。」
(……そうやって、また私にすべての責任を預けるのね。)
パミリアは心の中で苦笑しながらも、その表情には出さずに馬車の窓から遠くの景色を見つめ続けた。
馬車の中では《テラⅣ》との静かな通信が続いていた。
「テラ、瘴気の拡大に合わせて現地のデータを収集して。特に発生源らしき場所を特定できるか調べて。」
《テラⅣ》:「了解しました。現地に到着次第、観測を開始します。」
彼女の赤い瞳が冷静に光る。
(これで何かしらの手がかりが掴めるはず……。)
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東部の村――絶望の光景
数時間後、東部の村に到着すると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
村の空気は灰色に濁り、視界を奪うほどの瘴気が立ち込めている。地面には倒れた村人たちが横たわり、息も絶え絶えになっていた。
「……ひどい。」
パミリアは馬車から降り立つと、杖をしっかりと握りしめる。王子や騎士団の兵士たちも周囲を見渡し、絶句していた。
「これほどまでの瘴気とは……。」
「どうしてこんなことに……。」
その時、パミリアの耳に微かな音が届いた――瘴気の中から、不気味な唸り声が聞こえてくる。
「……魔獣?」
彼女が杖を構えると、瘴気の靄の中から複数の影が動き始めた。そして、その影が姿を現す――それは、瘴気をまとった異形の魔獣だった。
「これは……!」
王子と兵士たちが剣を構える中、パミリアは冷静に《テラⅣ》へ指示を出す。
「テラ、周囲の瘴気を中和しつつ、魔獣の動きを止められる方法を考えて。」
《テラⅣ》:「超音波発生装置の強化モードを起動すれば、一時的に魔獣の動きを封じることが可能です。」
「分かったわ。今から杖を起動するから、タイミングを合わせて。」
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聖女の祈り――魔獣の鎮圧
パミリアは村の中央に立ち、ゆっくりと両手を天に掲げる。そして、手の中に光を帯びた杖を現し、祈りのポーズを取った。
「天にいます偉大なる存在よ……この地を覆う災厄を鎮めたまえ!」
その瞬間、杖から透明な波動が広がり、超音波が瘴気を切り裂くように響き渡る。不気味な唸り声を上げていた魔獣たちが一斉に動きを止め、苦しそうに地面に倒れ込んだ。
「す、すごい……! 聖女様の祈りが魔獣を退けた!」
兵士たちが歓声を上げる中、パミリアは静かに魔獣を見下ろし、呟く。
(これはまだ序章に過ぎない――。瘴気を操っている「黒幕」が必ずいるはず。)
その光景を見つめる王子は、改めてパミリアの力に畏敬の念を抱いていた。
「聖女様……あなたこそ、この国の救いです。」
彼の言葉が、パミリアの胸に静かに響く。しかしその裏で、彼女の冷静な視線は瘴気の先――真の敵の影を追い始めていた。
3-4:邪王の存在が判明――隠された黒幕
東部の村での魔獣鎮圧から数時間後、瘴気は「聖女の祈り」として偽装した超音波発生装置によって浄化された。しかし、パミリアの心には新たな疑念が生まれていた。
(瘴気を纏う魔獣……そして意図的に広がる瘴気。偶然ではなく、誰かが背後で操作しているのは明らかね。)
彼女は一度王都に戻り、宮殿の自室で《テラⅣ》と静かに通信を始めた。
「テラ、魔獣と瘴気のデータを解析して。発生源や共通点が見つからないか調べて。」
《テラⅣ》:「了解しました。魔獣の瘴気粒子から微量なエネルギー反応を検出しました。この反応は自然界には存在しない、人工的なものです。」
「人工的? つまり、何者かが瘴気と魔獣を作り出しているってこと?」
《テラⅣ》:「その可能性が極めて高いです。さらに、瘴気は何らかのエネルギー源から放出されています。王国西部の山岳地帯で強い反応が確認されました。」
パミリアは眉をひそめ、王国の地図を広げる。西部の山岳地帯――そこは未開の地で、王国の支配が及ばない領域だった。
「……やっぱりね。そこに何かがあるわ。」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「聖女様、王子が急ぎお会いしたいとのことです。」
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王子の報告――真相に近づく手がかり
謁見の間に足を踏み入れると、王子が地図を前に真剣な表情を浮かべていた。彼の周囲には数人の騎士団長と将軍が並び、緊張した面持ちでパミリアを待っている。
「王子、何か新しい情報が?」
パミリアが問うと、王子は頷き、地図を指差す。
「聖女様、王国の斥候が西部の山岳地帯で異様な瘴気の発生を確認しました。さらに、そこには 黒い城 のようなものが存在しているとの報告がありました。」
「黒い城?」
パミリアは驚いた表情を浮かべつつも、冷静に考える。
(黒い城……瘴気の発生源がそこだとすれば、黒幕の拠点もそこにある可能性が高いわね。)
王子は続ける。
「瘴気はその城から発生し、風に乗って王国全土へ広がっているようです。我が軍は西部への調査隊を派遣しましたが、瘴気に阻まれて近づくことすらできませんでした。」
彼の声には焦りが滲んでいる。
「聖女様、あなたの力をお借りしなければ、あの場所には近づけません。どうか――」
パミリアは彼の言葉を遮り、冷静に答えた。
「分かりました。私が直接、そこに向かいます。」
王子や将軍たちは息を呑み、驚きの表情を浮かべる。
「聖女様、自ら行かれるのですか!?」
「私だけが瘴気に対処できるのですから、当然です。」
(それに、このままでは何も解決しないし、黒幕の正体を突き止めなければならないわ。)
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西部への出発――黒い城へ
翌日、パミリアは王子と少数の騎士団を伴い、西部の山岳地帯へ向けて出発した。道中、彼女は王子に問う。
「王子、その城について何か伝承や噂は残っていないのですか?」
「……あります。」
王子は少し言い淀んだ後、静かに答えた。
「西部の山岳地帯には、かつて魔族と呼ばれる者たちが住んでいたと伝えられています。彼らは瘴気の力を操り、人間を苦しめていたと。」
「魔族……?」
パミリアは眉をひそめる。
(瘴気と魔族……何か繋がりがありそうね。)
王子はさらに続けた。
「彼らの王――『邪王』がその中心にいると言われています。ただの伝説だと思っていましたが、今の状況を見る限り、無視はできません。」
「邪王……ね。」
パミリアは小さく呟き、馬車の窓の外に広がる荒野を見つめる。
(黒幕が『邪王』だとすれば、私の直感は正しかったのかもしれない。)
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黒い城の前――邪王の気配
夕方、彼らはついに西部の山岳地帯に到着した。荒れ果てた大地の向こうに、不気味な黒い城がそびえ立っている。空は瘴気に覆われ、まるで太陽の光すら飲み込まれているかのようだ。
「なんという不気味な場所だ……。」
王子が低く呟く中、パミリアはその光景を冷静に見つめる。
(あれが瘴気の発生源。そして……黒幕の居場所ね。)
彼女は《テラⅣ》へと静かに指示を出す。
「テラ、周囲の瘴気の濃度を計測して。」
《テラⅣ》:「瘴気濃度、最大値です。生命体が長時間滞在するのは危険です。」
「なら、さっさと片付けるわよ。」
パミリアは手にした聖女の杖を掲げる。王子が彼女を見つめ、少し戸惑いながら口を開く。
「聖女様、どうかお気をつけて。」
「心配しないでください。私がこの場を浄化します。」
彼女はそう言い残し、瘴気に覆われた黒い城へと足を踏み入れた。
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邪王の声――その影の存在
城の中に入ると、そこは瘴気で満ちていたが、超音波装置による浄化が徐々に周囲の靄を薄れさせていく。
――その時、不気味な声が空間に響いた。
「……人間よ……何故この地に踏み入る……。」
パミリアは立ち止まり、赤い瞳を細めて声の主を探す。
「あなたが、この瘴気の元凶ね。」
「ほう……天の使いか。愚かな人間どもに奇跡を見せているのか?」
声は嘲笑に満ちていた。パミリアは冷静に答える。
「私はただ、この国を救うために動いているだけよ。」
「救う……? そのようなことは不要だ。やがて世界は瘴気に満たされ、我らのものとなる。」
「――邪王。」
パミリアは杖を構え、声に向かって言い放った。
「あなたの思い通りにはさせないわ。この瘴気も、あなたたちの支配も、必ず止めてみせる。」
邪王の笑い声が響き渡り、城の奥深くから瘴気が再び渦を巻いて広がり始めた――。