4-1:邪王の罠と瘴気のドラゴン
黒い城に足を踏み入れたパミリアと王子、そして少数の騎士団は、瘴気が漂う暗い空間を進んでいた。空気は冷たく、石造りの壁に黒い靄がまとわりつくように漂っている。人の声が消えた空間で、彼らの足音だけが虚しく響く。
「……生き物みたいな場所ね。」
パミリアが静かに呟くと、王子は険しい表情でうなずく。
「この城こそが瘴気の発生源だと確信しています。聖女様、ここに敵が潜んでいるのであれば、私が斬り伏せましょう。」
「焦らないでください、王子。何が出てくるか分からないわ。」
パミリアは冷静に周囲を見渡しながら、通信装置を通じて《テラⅣ》に指示を送る。
「テラ、城内の構造と瘴気の濃度をスキャンして。」
《テラⅣ》:「了解しました。瘴気濃度、極めて高い数値を示しています。さらに――マスター、前方に大規模なエネルギー反応を確認しました。」
その報告を聞いた直後、地響きが城全体を揺らし、耳をつんざくような轟音が響き渡った。
「ゴォォォォォ……!」
――次の瞬間、暗闇の奥から巨大な影が姿を現す。
「これは……ドラゴン!?」
王子が息を呑む。
そこに立ちはだかるのは、瘴気をまとった異形のドラゴンだった。黒い鱗が不気味な光を放ち、真紅の瞳がパミリアたちを捉える。口からは黒い靄を纏った瘴気が漏れ、地面を焦がす。
「……ここまでの瘴気を纏うなんて、普通じゃないわね。」
《テラⅣ》:「確認しました。ドラゴンの体内から、瘴気を生成するエネルギー反応を検出。完全に人工的なものです。」
「やっぱり……邪王の手駒ね。」
パミリアは静かに杖を構え、王子に振り向いた。
「王子、ここは私が引き受けます。皆さんは後退を。」
「聖女様、一人で立ち向かうおつもりですか!?」
「今のあなたたちでは瘴気にやられてしまいます。命を無駄にする必要はありません。」
パミリアの強い言葉に、王子は唇を噛みしめる。
「分かりました……必ずお戻りください。」
王子が兵士たちを引き連れて後退していく中、パミリアは小さく通信装置に語りかける。
「テラ、機動兵器ガルシアンを転送して。」
《テラⅣ》:「星間法違反の可能性がありますが――了解しました。」
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ガルシアンの降臨――聖女の切り札
パミリアが静かに祈りのポーズを取ると、黒い城の天井から光の柱が降り注ぐ。
「――転送、開始。」
その光の中から、巨大な人型機動兵器――ガルシアン がゆっくりと姿を現した。
全長15メートルの鋼鉄の巨体。金属光沢を帯びた外装が瘴気の闇を反射し、地響きを立ててその場に降り立つ。頭部のカメラアイが赤く光り、戦闘態勢に入る。
「魔法のゴーレム、ということで通じるわね。」
パミリアはあくまで冷静にそう呟きながら、瘴気を吐き出すドラゴンを見つめた。
「ガルシアン、目標の動きを封じて。」
《ガルシアン》:「指令受諾。拘束兵装、展開。」
ガルシアンの両腕から複数の光条――エネルギー拘束フィールドが放たれ、ドラゴンの四肢に絡みつく。ドラゴンが咆哮しながら抵抗するが、その動きは徐々に鈍っていく。
「今よ――超音波発生装置、最大出力!」
パミリアが指示を出すと、聖女の杖から透明な波動が放たれ、瘴気を切り裂く音が広がった。
「キィィィィィィン――!」
ドラゴンが苦しそうに頭を振り、口から吐き出していた瘴気が弱まっていく。黒い鱗の表面から、少しずつ瘴気が剥がれ落ちていった。
「効いてるわね……でもまだ終わりじゃない。」
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瘴気の反撃――ガルシアンの限界
しかし――その瞬間、ドラゴンの目が異様に輝き、身体の中心部から強烈な瘴気の爆発が発生する。
「ドォォォォン――!」
ガルシアンが吹き飛ばされ、パミリアの聖女の杖が一瞬機能を停止する。
「くっ……! ガルシアン、大丈夫!?」
《ガルシアン》:「軽度の損傷確認。戦闘機能は維持。」
ドラゴンは再び立ち上がり、パミリアを見下ろすように口を開く。その中には、黒い光が渦巻いていた。
「……エネルギー弾!? テラ、今のうちに瘴気のコアを探して!」
《テラⅣ》:「了解。ドラゴンの胸部中心にエネルギー反応――瘴気のコアを確認。」
パミリアは冷静に頷き、ガルシアンへと指示を飛ばす。
「ガルシアン、胸部コアを破壊して!」
《ガルシアン》:「目標ロックオン。高出力レーザー砲、展開。」
ガルシアンの胸部が開き、まばゆい光が充填される。
「発射――!」
光の束がドラゴンの胸部に一直線に放たれ、命中する。次の瞬間、ドラゴンの身体が硬直し、咆哮と共に瘴気が四散した。
「これで……終わり!」
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勝利の後――新たなる疑念
ドラゴンが崩れ落ち、瘴気が浄化されると、黒い城の中に静寂が戻った。パミリアはガルシアンを解除し、聖女の杖を手に城内を見渡す。
「やったの……?」
王子と兵士たちが駆けつけ、彼女の前に立つ。
「聖女様、なんという力……! あの怪物を倒してくださったのですね!」
パミリアは頷きながらも、胸に不安が残る。
(このドラゴン――ただの手駒よね。邪王は、まだ姿を見せていない。)
その時、城の奥から低く、不気味な笑い声が聞こえてきた。
「……ふふふ。よくここまで来たな、人間どもよ。」
パミリアは顔を上げ、険しい表情で声のする方を見つめる。
「……やっと姿を見せるつもりかしら。」
パミリアは聖女の杖を握りしめ、静かに前に踏み出す。王子と騎士たちは緊張した面持ちで後ろに控え、剣を構える。
「誰だ! 姿を見せろ!」
王子が声を張り上げると、瘴気を揺らすようにして、暗闇から「何か」がゆっくりと歩み出てきた。
「よくぞここまでたどり着いたな、人間ども――そして、天より来たりし者よ。」
声の主は、黒いローブをまとった異形の存在だった。身の丈は人間よりも遥かに大きく、頭部にはまるで王冠のような黒い角が生えている。彼の周囲には瘴気がまとわりつき、まるでその身が瘴気そのものであるかのように見えた。
「あなたが……この瘴気を操っている黒幕ね。」
パミリアの言葉に、その存在――邪王 は低く笑い、赤く光る目で彼女を見下ろした。
「その通りだ。愚かな人間どもは我らが瘴気を浄化し、秩序を乱している。我らが生きるためには、この世界を瘴気で満たすほか道はないのだ。」
「生きるために? だからって、他者を巻き込んでいい理由にはならないわ。」
パミリアは冷ややかに言い放つが、邪王は嘲笑を止めない。
「所詮、人間どもの理屈だ。我らがこの地に瘴気を撒くのは自然の摂理。お前たちがどれほどあがこうと、この流れは止められん。」
「……そんなこと、やらせるわけにはいかないわ。」
パミリアが杖をかざすと、邪王はゆっくりと腕を広げ、城全体が震え始めた。
「ならば力を見せてもらおう――天の使いよ。お前が真に“奇跡”を起こせるのかどうか。」
その言葉と同時に、城の天井が崩れ落ち、黒い瘴気が大地を揺るがしながら一気に噴き出した。
「――また出てきた!?」
城の外へと目を向けると、先ほど倒したはずのドラゴンが再び姿を現し、さらにその背後には、もう一体、同じく瘴気を纏ったドラゴンが待機していた。
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二体のドラゴン――邪王の手駒
「まさか……まだこんな力を隠していたなんて。」
パミリアは驚きながらも冷静さを保ち、通信装置を通じて《テラⅣ》に指示を出す。
「テラ、状況が悪化したわ。ガルシアン、引き続き二体のドラゴンを迎撃して。」
《テラⅣ》:「ガルシアン、再起動。目標、複数登録。」
天から再び光の柱が降り注ぎ、ガルシアンが自律稼働しながら二体のドラゴンの前に降り立つ。
《ガルシアン》:「敵対目標、捕捉――迎撃開始。」
ガルシアンの両腕から高出力のレーザーが放たれ、一体目のドラゴンを直撃させる。爆発音と共にドラゴンが悲鳴を上げるが、もう一体がガルシアンへと突進する。
「……ガルシアン、一体ずつ確実に仕留めて!」
パミリアがそう指示する一方、彼女自身も瘴気を浄化するために聖女の杖を掲げ、超音波発生装置を最大出力で起動させる。
「キィィィィィィン――!」
その波動が周囲に広がり、瘴気が一気に薄れていく。しかし――邪王は余裕の笑みを浮かべながら、パミリアを見下ろす。
「力を振るうほどに貴様の限界が近づくぞ。さあ、どこまで持ち堪えられるか試してみよ。」
「――まだ余裕よ。」
パミリアは冷静に言い返しつつ、戦況を分析する。
(ガルシアンの火力でドラゴンは倒せる。でも、あの邪王がこの場を支配している限り、瘴気は止まらないわね。)
「テラ、邪王の動きを分析して。弱点を探って!」
《テラⅣ》:「了解。邪王の体から微弱なエネルギー反応を検出。おそらく、瘴気の源となるコアが存在します。」
「コア……そこね。」
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突破口――邪王への反撃
ガルシアンが一体目のドラゴンを完全に撃破し、もう一体へと向かう中、パミリアは邪王へと視線を向けた。
「あなたのゲームはここで終わりよ。」
彼女が杖を構えると、邪王の顔に初めて焦りの色が浮かぶ。
「何をするつもりだ――?」
「見てなさい。」
パミリアは《テラⅣ》へ最終指示を送る。
「ガルシアン、邪王の体内コアを正確に狙撃して。」
《ガルシアン》:「目標、ロックオン――狙撃準備完了。」
邪王が何かを叫ぼうとしたその瞬間、ガルシアンの胸部から極細の高出力レーザーが放たれた。
「――ッ!」
光が邪王の胸部を貫き、その中心部から黒い瘴気が一気に噴き出す。そして邪王は叫び声を上げながら、その場に崩れ落ちた。
「バ、バカな……!」
邪王の体がゆっくりと消滅していくと共に、瘴気も少しずつ薄れ、城全体に光が差し込む。
「やっと終わった……。」
パミリアは杖を下ろし、深く息をついた。
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勝利と静寂――嵐の前
騎士団と王子が駆けつけ、崩れ落ちる邪王の残骸を見つめる。
「聖女様……あなたがいなければ、我らは……!」
王子が感謝の言葉を口にするが、パミリアは静かに遠くを見つめた。
「まだ終わりじゃないわ。」
「えっ?」
パミリアの瞳には、冷たい光が宿っていた。
(瘴気は止まった。でも、これが全てとは思えない――。)
彼女の戦いは、まだ終わりを迎えたわけではなかった。
4-2:戦いの余波――王国の危機
邪王の残骸が消え去り、黒い城の中にようやく静寂が訪れた。瘴気は薄れ、透き通るような光が差し込み始める。パミリアは聖女の杖を下ろし、大きく息をついた。
「……終わった。」
彼女の囁きが広間に響く。後ろから王子と騎士団が駆けつけ、残った瘴気の消え行く様子を呆然と見つめていた。
「聖女様、本当に……終わったのですね。」
王子の顔には安堵と感謝が滲んでいる。しかし、その視線の先には消えゆく邪王の黒い靄がまだかすかに残り、ゆっくりと風に流れていく。
「終わった……と言いたいところだけど、まだ安心するのは早いわ。」
パミリアは鋭い目で黒い靄の流れを追いかける。
《テラⅣ》:「マスター、残存する瘴気粒子の動きを観測しました。邪王のエネルギー源は破壊しましたが、完全には浄化されていません。」
「予想通りね。邪王が消えたとしても、瘴気の余波が完全に消えるには時間がかかるわ。」
パミリアは静かに言い放つと、王子に振り向いた。
「王子、このままでは瘴気の余波が広がり、再び王国に危機をもたらすわ。浄化作業が必要よ。」
「浄化作業……それは、聖女様が行うのですか?」
王子は不安げに問う。パミリアは頷くが、その表情には一抹の疲労が見える。
「ええ、私の力である程度は抑えられるけれど、全部を浄化するには時間がかかる。加えて、この瘴気の余波は残骸のようなものだから、対処しきれない場合もあるわ。」
「そんな……。」
王子の声には焦りが滲む。しかし、彼はすぐに拳を握りしめ、真剣な表情で答えた。
「分かりました。我々もできる限りのことをします。城に残る瘴気を浄化する手段があるなら、どうかお力をお貸しください。」
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瘴気の浄化――空気清浄機の応用
パミリアは深く息をつき、通信装置を通じて《テラⅣ》に指示を出す。
「テラ、瘴気を吸収するための空気清浄機を最大限稼働できるように準備して。複数台を城内に転送してちょうだい。」
《テラⅣ》:「了解しました。市販の家庭用空気清浄機を微調整し、瘴気吸収効率を高めます。」
「やっぱり市販の家電でいいのね……。」
パミリアは小さくため息をつきながら、王子に振り返った。
「私が今から “浄化の儀式” を行います。それに使う道具をこの場に召喚しますから、皆さんはしばらく外に出ていてください。」
「道具、ですか?」
「……聖女の奇跡、とでも思ってください。」
パミリアが手をかざすと、天井から光が差し込み、複数台の「空気清浄機」が現れる。黒い石造りの広間に不釣り合いなほど近代的な機械が並び、王子や騎士団は呆然とその光景を見つめる。
「こ、これが……?」
「神の道具、ということで納得してもらえるかしら?」
彼女が機械のスイッチを入れると、静かな稼働音が広がり、空気が少しずつ澄んでいく。瘴気の濃度が目に見えて薄れ始め、騎士たちは驚きの声を上げた。
「す、すごい……!」
「これが聖女様の奇跡か……!」
パミリアは苦笑しながらも、その効果を見つめる。
(……これで瘴気の余波を抑えることができるはず。)
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王国への帰還――人々の期待
城内の浄化作業が進む中、パミリアと王子は黒い城を後にした。空気は澄み、灰色の瘴気は薄れて青空が戻りつつある。
「聖女様、あなたのおかげで――」
王子が改めて感謝の言葉を述べるが、パミリアは軽く首を振る。
「まだ終わったわけじゃない。邪王は倒したけれど、瘴気の余波が完全に消えるには時間がかかるわ。」
「しかし、あなたがいてくださる限り、この国は救われます。」
王子はまっすぐな目で彼女を見つめ、続ける。
「あなたが本当に“神の使い”なのではないかと、私は思うのです。」
「……。」
パミリアはその言葉に何も言わず、遠くに広がる王国の風景を見つめた。
(神の使い……私はただの旅行者なのにね。)
彼女は微笑みながらも、胸の中に重くのしかかるものを感じていた。
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再び忍び寄る影――異変の予兆
王都に戻ると、人々が道の両脇に並び、「聖女様」を称える声が響いた。
「聖女様! 聖女様のおかげで国が救われました!」
「どうか、この国をお守りください!」
パミリアは馬車の中から笑顔で手を振りながらも、内心では苦笑する。
(これが私の“奇跡”だなんて、思い違いもいいところよね。)
彼女が静かにため息をついたその時、通信装置が軽く振動した。
《テラⅣ》:「マスター、新たなエネルギー反応を検出しました。城から放出された瘴気の残留物が、西の大地へと移動しています。」
「……何ですって?」
パミリアは表情を一瞬引き締める。
「邪王は倒れたはず。残留物が動くなんて……どういうこと?」
《テラⅣ》:「現状では不明です。ただし、新たな瘴気の発生源として活動を開始している可能性が高いです。」
パミリアは窓の外に広がる青空を見つめ、再び静かに杖を握りしめた。
(邪王は倒れても、まだ終わりじゃない――この国にはもっと深い闇が潜んでいるのかもしれない。)
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新たなる決意――戦いは続く
「聖女様、どうかなさいましたか?」
王子が彼女の様子に気づき、不安げに尋ねる。パミリアはすぐに微笑みを浮かべ、答えた。
「いいえ、大丈夫。少し考え事をしていただけです。」
(私の役目は、まだ終わりじゃない。真の平和が訪れるまで、この偽りの“聖女”として動くしかないわ。)
馬車は王城へと向かい、人々の歓声が遠くまで響いていた。
――しかし、その裏では新たな脅威が、静かに息を吹き返そうとしていた。
第4章:ドラゴンとの戦い
4-3:真の敵――瘴気の増幅
パミリアが王城へと戻ってから数日後、王国は束の間の平和に包まれていた。しかし、彼女の胸にはまだ落ち着かない不安が残っていた。邪王を倒し、瘴気の発生は一時的に止まったように見えたが、真の解決には至っていないと確信していたのだ。
《テラⅣ》:「マスター、新たなエネルギー反応を再検出しました。残存していた瘴気の粒子が西方へと集まり、再び活動の兆しを見せています。」
「やっぱり……。邪王を倒しただけじゃ、根本の問題は解決していないのね。」
パミリアは椅子に座り、顎に手を当てながら考え込んだ。彼女の部屋には誰もおらず、通信装置を通じた《テラⅣ》との会話は静寂の中でのみ響く。
「それにしても、瘴気が動いているなんて……何か他の仕組みがあるの?」
《テラⅣ》:「瘴気は人工的なエネルギー粒子と見られますが、外部の要因によって増幅し続けています。まるで、どこかで “コア” が存在し、それを中心にして世界へ拡散されているかのようです。」
「増幅の中心――つまり、まだ何かあるってことね。」
その瞬間、扉をノックする音が響いた。
「聖女様、緊急の知らせがございます!」
騎士の声に、パミリアはすぐに立ち上がり、通信を一旦切って扉を開ける。
「何があったの?」
「西方の村から報告が入りました。瘴気が再び発生し、村が壊滅の危機に瀕しているとのことです!」
「……何ですって?」
パミリアの顔が険しくなる。
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再び広がる瘴気――現場の混乱
パミリアは王子と騎士団と共に、瘴気が発生している西方の村へ向かった。馬車の窓から外を見つめると、遠くの地平線には再び黒い靄が立ち込め、青空をゆっくりと飲み込んでいく様子が見えた。
「……前よりも規模が大きいわね。」
王子が隣で焦りを隠しきれずにいる。
「どうしてまた瘴気が広がっているのだ? 邪王は倒れたはずではなかったのか……。」
「邪王の力が消えたとしても、瘴気の根本的な仕組みは残っているのかもしれないわ。」
パミリアの言葉に、王子は顔を上げる。
「聖女様、もしやこれは――邪王の遺した罠ではありませんか?」
「そうね。その可能性が高いわ。」
瘴気は、ただ単に邪王の力だけではなく、何か他の装置か仕組みによって “増幅” され続けている。それを止めなければ、王国全土が再び瘴気に覆われるのは時間の問題だろう。
《テラⅣ》:「マスター、目的地に到着次第、エネルギー反応の詳細なスキャンを行います。」
「頼んだわ、テラ。」
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瘴気に飲まれる村――無力な人々
現場に到着すると、村はすでに瘴気に飲まれつつあった。倒れた村人たちが道の至るところに横たわり、僅かに息をしている者たちも苦しげに喘いでいる。瘴気の濃度が高く、普通の人間では到底耐えられない状況だ。
「ひ、ひどい……。」
騎士たちが口々に呟き、剣を握る手が震える。王子も目の前の光景に言葉を失っていた。
「聖女様、どうすれば……!」
パミリアは冷静に周囲を見渡し、静かに杖を掲げる。
「私が浄化するわ。一旦、村の外へ避難させて。」
「ですが、聖女様お一人では危険です!」
「私にしかできないことだから。」
彼女の強い言葉に、王子と騎士たちは渋々頷き、村人たちを外へ運び出し始める。
パミリアは村の中心に立ち、通信装置を通じて《テラⅣ》へと指示を出す。
「テラ、超音波発生装置を最大限に稼働させて。この瘴気を一気に浄化するわ。」
《テラⅣ》:「了解。超音波発生装置、最大出力モード起動。」
パミリアが聖女の杖を天に掲げると、透明な波動が周囲に広がり、瘴気が次第に薄れていく。
「キィィィィィィン――!」
音なき超音波が瘴気を切り裂き、黒い靄が徐々に晴れ始める。村の空気が少しずつ澄んでいき、倒れた村人たちの呼吸も僅かに楽になっていく。
「……なんとか、浄化はできたわね。」
しかし、パミリアは周囲を警戒し続ける。瘴気は浄化されつつあるが、どこかでまた別の動きが起きているはずだ。
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瘴気の増幅装置――真の発見
その時、《テラⅣ》からの通信が届いた。
《テラⅣ》:「マスター、村の地下深くに強いエネルギー反応を確認しました。」
「地下に……? 何かあるのね。」
パミリアは村の中央に残された古い井戸を見つめ、王子に声をかける。
「王子、あの井戸の中に何かがあるかもしれません。」
「井戸……? しかし、あれは何十年も前から使われていないはずですが。」
「瘴気の増幅装置か、それに類するものがそこに隠されている可能性が高いわ。」
王子が驚愕する中、パミリアは井戸の縁に手をかけ、深く覗き込んだ。井戸の奥から、かすかな瘴気と不気味な光が漏れているのが見えた。
「間違いない……ここが瘴気の “源” ね。」
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真実に近づく――次なる戦いへ
パミリアは王子に振り返り、冷静に告げた。
「この井戸の底に、瘴気を増幅している装置か何かがあるわ。これを破壊すれば、瘴気の広がりを止められるかもしれない。」
「しかし、井戸の底に降りるのは危険です!」
「危険でもやるしかないわ。ここで手を打たなければ、王国は確実に滅んでしまう。」
パミリアの強い決意に、王子は唇を噛みしめながら頷いた。
「分かりました。ですが、どうかご無事で戻ってきてください。」
パミリアは小さく笑みを浮かべ、静かに井戸の縁を飛び越えた。
――瘴気の源へと向かい、真の敵と対峙するために。
4-4:瘴気の源――最後の浄化
井戸の底に降り立ったパミリアは、深い暗闇と冷たい空気に包まれた。瘴気の匂いが漂い、まるでこの場所そのものが異様な存在の一部であるかのようだ。杖の先に備えられたライトが辺りを照らすと、湿った石壁と古びた装置の残骸が見え始めた。
「テラ、ここから周囲のエネルギー反応をスキャンして。」
《テラⅣ》:「了解しました。反応を追跡中――井戸の底に強いエネルギー源を確認。さらに瘴気の増幅装置らしき構造物も検出しました。」
パミリアは慎重に歩みを進める。足元はぬかるんでおり、黒い液体のような瘴気の残滓が僅かに揺らめいている。彼女の瞳には、かすかに燃える赤い光が映り込んでいた。
「増幅装置……邪王が残したものなのかしら。それとも、もっと古いもの?」
パミリアが呟くと、突如として井戸の奥から不気味な振動音が響き始めた。
「ゴゴゴゴゴ……。」
「……これは?」
振動は次第に強まり、井戸の底の中央に埋もれていた巨大な黒い球体がゆっくりと浮かび上がる。その表面には古代の文字のような刻印があり、瘴気が脈打つように放出されていた。
「これが……瘴気の源?」
球体から漏れ出る瘴気は生き物のように空間を漂い、パミリアに向かって伸びてくる。
《テラⅣ》:「警告! 瘴気のエネルギー反応が急激に増大しています。瘴気源の自動防衛システムが起動した可能性があります。」
「……自動防衛?」
パミリアが杖を構えると、球体の周囲に複数の瘴気が凝縮され、次第に形を成していく。それは――瘴気を纏った複数の魔獣たちだった。
「なるほどね。これが最終防衛ラインってわけ?」
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瘴気の魔獣との戦闘――超音波の浄化
魔獣たちは唸り声を上げ、鋭い爪や牙を剥き出しにしながらパミリアに向かって突進してきた。
「こんなところで足止めされるわけにはいかないわ!」
パミリアはすぐに《テラⅣ》に指示を飛ばす。
「テラ、超音波発生装置を広域モードに切り替えて。この魔獣たちを一掃するわ!」
《テラⅣ》:「了解。超音波発生装置、最大広域モード起動。」
パミリアは杖を掲げ、その先端から再び透明な波動が放たれる。
「キィィィィィィン――!」
瘴気を纏った魔獣たちが波動に触れた瞬間、苦しそうに叫びながらその体が崩れ落ち、瘴気の粒子へと還っていく。
「これで……どう?」
残った魔獣たちが次々と崩れ去り、広間は再び静寂に包まれた。しかし、球体はなおも瘴気を放出し続け、周囲の空気を再び汚染している。
《テラⅣ》:「マスター、瘴気の源の活動は停止していません。増幅装置を直接破壊する必要があります。」
「やっぱりそうね。分かったわ。」
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瘴気増幅装置への決着――破壊と浄化
パミリアは球体の中心に近づくと、杖を構え直した。
「増幅装置……もうこれ以上、この世界を蝕ませるわけにはいかない。」
《テラⅣ》:「マスター、装置の構造上、通常の浄化波動では不十分です。強力なエネルギー攻撃が必要です。」
「エネルギー攻撃? ガルシアンをここに転送できる?」
《テラⅣ》:「空間が不安定なため、大型兵器の転送は不可能です。しかし、聖女の杖にエネルギー増幅モジュールを転送することは可能です。」
「それでいいわ。すぐに準備して。」
次の瞬間、杖が淡い光を帯び、その先端が高エネルギーを蓄え始めた。パミリアは力強く杖を掲げ、球体に向けて構える。
「これで終わりよ――!」
彼女の掛け声と共に、杖の先端からまばゆい光の束が放たれた。
「ドォォォォン――!」
光は球体の中心を貫き、その表面に亀裂が走る。球体は低い振動音を発しながら内部から崩壊し、瘴気が一気に霧散していく。
《テラⅣ》:「瘴気源のエネルギー反応、消失を確認しました。増幅装置は完全に破壊されました。」
「……やった……。」
パミリアは息をつき、杖をゆっくりと下ろした。周囲の瘴気は完全に晴れ、井戸の底には静けさが戻っていた。
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王国への帰還――人々の歓声
井戸から地上に戻ると、そこには王子と騎士団、そして避難していた村人たちが待っていた。瘴気が浄化されたことで、青空が広がり、清々しい風が村全体を包んでいる。
「聖女様!」
王子が駆け寄り、感激の面持ちでパミリアの前に立つ。
「村の瘴気が……完全に消えています! 聖女様、あなたが本当にこの国を救ってくださったのですね!」
「……これでひとまずは大丈夫。でも、油断は禁物よ。瘴気が再発しないよう、しばらくは様子を見ないと。」
村人たちは涙を流し、地面にひれ伏しながらパミリアに感謝の言葉を叫ぶ。
「聖女様、ありがとうございます! あなたはやはり神の使いだ!」
「奇跡を、ありがとうございます!」
その光景を見つめながら、パミリアは内心で苦笑する。
(神の使いね……私はただの宇宙旅行者なんだけど。)
しかし、彼女は微笑みを浮かべながら静かに答えた。
「皆さん、これからは安心して暮らしてください。もう瘴気が広がることはありません。」
王子が改めて頭を下げる。
「聖女様、あなたは我らの光です。本当に、心から感謝いたします。」
パミリアは空を見上げ、青く澄み切った空に深く息を吸い込んだ。
(これで少しは、自由な時間を取り戻せるかしら。)
だが、彼女はまだ気づいていない――この物語がまだ終わりではないことを。次なる波乱が、静かに幕を開けようとしているのだから。
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