王都アストライアは、建国記念祭の熱気に包まれていた。石畳の道は色とりどりの旗で飾られ、広場には露店が立ち並び、人々は歌い、踊り、酒を酌み交わしていた。空には祝砲が轟き、街全体が幸福感に満ち溢れていた。その中心、王宮の大聖堂では、祭典の最高潮を飾る儀式が執り行われようとしていた。
祭壇の中央に立つのは、王国の聖女、ミライ。純白のローブを纏い、背中まで伸びた艶やかな黒髪は、宝石を散りばめたティアラによってまとめられている。その顔立ちは清らかで、人々を惹きつける不思議な魅力を持っていた。彼女が現れると、周囲の喧騒が静まり、神聖な空気が満ちていく。人々は彼女を一目見ようと、固唾を呑んで見守っていた。
ミライは、幼い頃から神殿で育ち、その類まれなる魔力で数々の奇跡を起こしてきた。病人を癒し、枯れた大地に恵みをもたらし、人々の心を温かい光で包み込んできた。その功績は王国中に知れ渡り、老若男女問わず、彼女を敬愛していた。まさに、王国の象徴とも言える存在だった。
儀式は厳かに進められていた。神官の詠唱が聖堂内に響き渡り、荘厳なパイプオルガンの音色が人々の心を震わせる。ミライは祭壇の前で静かに目を閉じ、祈りを捧げていた。彼女の周囲には淡い光が満ち溢れ、その神々しさを際立たせていた。
その時だった。
聖堂の重厚な扉が、大きな音を立てて開かれた。騒然とする人々の視線の先には、王国の第一王子、アルトの姿があった。普段は穏やかで優雅な彼だが、その表情は険しく、目に怒りの炎を宿していた。その異様な雰囲気に、聖堂内の空気は一変した。
アルトは足早に祭壇へと進み、ミライの目の前で立ち止まった。その手には、何かの証拠と思われる巻物が握られている。ざわめきが広がる中、アルトは深呼吸をし、力強い声で宣言した。
「ミライ!貴様は偽りの聖女だ!」
聖堂内は騒然となった。人々の間に動揺が広がり、何が起こったのか理解できないまま、混乱に陥った。ミライは驚きで目を見開き、アルトを見つめた。彼の言葉が信じられなかった。
「アルト様…一体、何を…?」
ミライの声は震えていた。彼女にとって、アルトは婚約者であり、心から信頼していた相手だった。彼の口からそのような言葉が出るとは、想像すらしていなかった。
アルトは冷たい視線をミライに向け、巻物を広げた。
「この巻物には、貴様の不正の証拠が全て記されている!貴様がこれまで起こしてきた奇跡は、全て仕組まれたものだったのだ!」
アルトの言葉は、聖堂内に雷のように轟いた。人々の間に疑念が広がり始め、ミライを見る目が変わり始めた。これまで彼女を敬愛していた人々も、戸惑いを隠せない。
ミライは必死に否定しようとした。
「違います!私は…私は何も…!」
しかし、アルトは聞く耳を持たなかった。彼は次々と証拠らしきものを挙げ、ミライを糾弾していく。その内容は具体的で、ミライがこれまで行ってきた奇跡の一つ一つが、巧妙な策略によって演出されたものだと示していた。
例えば、病人を癒したとされる奇跡は、事前に病状を操作し、治癒したように見せかけたもの。枯れた大地に恵みをもたらした奇跡は、事前に特別な肥料を撒いていたもの。全てが緻密に計画され、実行されていたというのだ。
ミライは愕然とした。そのようなことをした覚えは全くない。一体誰が、何のために、このようなことを…?
彼女の頭の中は混乱していた。アルトの言葉、人々の疑いの目、そして、自分を陥れた者の存在。全てが彼女を押し潰そうとしていた。
アルトの糾弾は止まらない。彼はさらに厳しい言葉でミライを責め立てた。
「貴様は神を欺き、人々を欺いた!その罪は万死に値する!よって、この場で貴様を聖女の位から剥奪し、国外追放を言い渡す!」
その言葉は、ミライの心に突き刺さった。国外追放。それは、故郷を、愛する人々を、全てを失うことを意味していた。
ミライは膝から崩れ落ちた。彼女の目から、大粒の涙が溢れ出した。何が起こったのか、なぜこのようなことになったのか、全く理解できなかった。ただ、絶望の淵に突き落とされたことだけは、はっきりと分かった。
聖堂内は騒然とした空気に包まれていた。人々は互いに顔を見合わせ、囁き合っていた。これまで聖女として崇められてきたミライが、一瞬にして罪人へと転落した。その光景は、人々に大きな衝撃を与えた。
祭典の熱気は完全に冷め、代わりに重苦しい沈黙が聖堂を支配していた。建国記念祭という祝賀の場で、王国の象徴とも言える存在が断罪されるという前代未聞の事態に、人々は言葉を失っていた。