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第4話 ボスもイレギュラー

「うぉおお! そこだ! いけぇえ!」


アタシは今ちょっと興奮している。

周囲の空気を固めて声が漏れないようにして思いっきり叫んでる。

何故かって? ダンジョン配信が現代における覇権コンテンツたる所以をまざまざと見せつけられているから。

いや、アタシは映画が好きだけどね。


ボス部屋に転移……転移であってると思う。

なんかね、こう浮遊感というか、移動が地続きじゃない感覚があったんだよね。

ハル&アキ(名前覚えた)&不法侵入者アタシの前にいるのは横にも縦にもでかい、これまたでかい丸太サイズの棍棒を片手で持ったノッペリとした禿げ頭の巨漢、二足歩行のヒト型だけど明らかにヒトではない怪物然とした姿。


ハル&アキ曰く“トロール”だ。

トロールはハル&アキの姿を認める(アタシは見えてないはず)と、ぶももぉお!と叫びその棍棒を振りかぶりずんずんと大股で近づいて問答無用だと少し前にいたアキ君の頭目掛け叩きつけた。


アキ君は、しかし既にそこにはいない。

トロールの脇を抜けるように走り抜けついでとばかりに太い脚に手にした剣の刃を立て撫でる。なかなかに業物なのか剣は硬そうなトロールの皮膚を深々と切り裂いた。


さらにそこに距離を取っていたハルちゃんが見るからに魔法使いの杖みたいなのを向ける。

先ほどの可愛らしい挨拶から一転、凛々しい発音から発せられたのは「ファイヤボルト」という詠唱。

空中に産み出された3本の燃え盛る炎の矢がトロールの顔面を襲う。


そのままアキ君はトロールの周りを素早くフットワークを使い動き回り、隙をついては下半身を狙い機動力を奪う。ハルちゃんもトロールに補足されぬよう足を使い、立ち位置をアキ君と挟み込むようにして魔法……多分魔法だろう、炎の魔法でダメージを稼ぐ。


いやぁ……明らかに昨日の初心者君達とは違う洗練された動き。特にアキ君の動きはかなり凄い。

トロールだってやられっぱなしではない。

痛みへの耐性があるのか怯むことなく棍棒をアキ君目掛け何度も振り抜くがアキ君はその悉くを紙一重で避けている。

ハルちゃんにトロールの注意が向きかけたらそれを敏感察知。攻勢を強めて注意を自分に引き戻す。

ハルちゃんだって動き周りながら一発も外さずに魔法をバシバシとトロールの顔面に直撃させつづけている。

まさに翻弄って感じ。


モチロン、アタシからしたら止まってるような動きだよ? でもそれはそれ。ファンタジー映画のアクションシーンを見てる感覚だ。しかもこれはフィクションじゃない、ワンミスが死に直結するエクストリームスポーツが如し娯楽。それがダンジョン配信なんだろうね。


決着はすぐに着いた。

ついに録に動けなくなったトロールの土手っ腹にハルちゃんが足を停め長い貯めのあと放った“エクスプロージョン”が直撃。全身を燃え上がらせたトロールは仰向けに地面に倒れこんだ。


「やったな! ハル!」

「やったやった! アキ君!」


互いを称え合う2人を祝福するようにフローティングカメラからも「リアジュウバクハツシロ」「リアジュウガバクハツサセタ」と読み上げ機能の合成音声が流れている。


ヨウの話だとこれで次の層に続く転移門、もしくは地上に帰還する門が現れるってことだ。

しかも次からは11層からスタートできるらしい。

本当にゲームっぽいよね。


ところがだ、待てど暮らせど転移門は現れず、ハル&アキ&アタシ&視聴者は「オカシイゾ」と同じ台詞を吐いた。

まさにその時だ、真っ黒焦げになり倒れていたトロールが起き上がったのだ。

まさかまだ死んでなかったのか、とハル&アキが驚くけれどアタシはそうでは無いと気づいていた。

だってトロールの心臓は間違いなく止まっていたからだ。

ならこれはなんだろう。起き上がったのではなく蘇ったということになるんだろうか。

立ち上がったトロールの肌は焼かれたような黒ではなく、光沢を帯びたつやめいた黒色となり、拾い上げた棍棒が握られた部分からジワジワと肌と同じ色を帯びる。


「イレギュラーダ」「イレギュラー!」

「カンテイシタ! ブラックトロール……シンソウノカイブツダ!」

合成音声でも分かるほど緊迫した声がカメラから流れる中、トロールはニヤァっと耳までさけた口でいやらしく嗤う。

そしてそれまでの数倍のスピードでアキ君目掛け突っ込んだ。


 アキ君は凄かった。明らかな異常事態にも冷静にトロールの動きに対処しようと、本当にギリギリでその突進に対しすれ違うように身を躱し剣を振り抜いた。しかし硬く変化したトロールの肌の上を虚しく刃は滑り、パキンと呆気なく折れ、刃先がどこかに飛んでいく。

トロールは止まることなく突っ込んでハルちゃんの頭上高く棍棒を振り上げ、一歩も動けずにいたハルちゃん目掛け振り下ろした。

振り向き目を見開くアキ君の目の前で悲鳴一つ上げることすら出来ずビシャンと汚い染みにハルちゃんはなるだろう……。


まぁ!? ヤらせるわけがないっていうかぁ!?

アタシがいなかったらのハナシだよねぇ、ソレ!!!


「ビューン・ヒョイ、だ! デカブツ!」


超速で走り込みアタシはまずハル&アキ君のフローティングカメラを裏拳で撃ち抜き破壊した。アタシのプライバシーと君たちの命の為だ、また買ってくれ。

振り上がった棍棒は、すかさず空中で掴みトロールの手から引っこ抜く。

トロールは空手を振り下ろし、当然誰にも何もあたらない。

そのまま棍棒をトロールの脳天に叩きつければ、勢い余って全身が爆裂し、ビチャっと汚い水風船の如く色々撒き散らす。

至近距離で全身に臓物を浴びて、何が起こったか分からず呆けたハル&アキに当て身を喰らわして気絶させ、ようやく現れた地上への帰還門に2人を放り込んだ。



「っとことになったんだけど」

「なに助けてるのよ! バカップルなんて序盤で怪物の餌になるのが役目でしょ!」

「言い種ぁ……でもほら、カメラ壊したし、フルステルスだったから見られてないし」

「明らかな異常事態が起きてて、それを知ってる生存者がいるでしょうが!」


 さすがに探索を続ける気にならなくてアタシも転移門で帰還することにした。

 地上ではハル&アキが全身血みどろぐっちゃぐちゃで現れ、その姿に他のダイバー達が悲鳴を上げたりしていたけどまぁ命が助かったんだから文句は言わないでね。

あ、アタシ? アタシは汚れくらい落とせますよぉ。本当だよ。汚れて帰ったらヨウに家に上げてもらえないからね。


 で、顛末をヨウに話したらやっぱり凄く不機嫌になった。目立たない為には、ハル&アキを見殺しにしてからトロールを倒すのが最善手だったてのはアタシも分かってる。

でもさー。なんか嫌じゃない?

直前まで応援してた相手をこっちの都合で見殺しって。

それはヨウも分かってるようで「しょうがないわね」とすぐに許してくれた。


「はぁ……騒ぎになったらポチのせいだからね」

「もーごめんって……それよりほら、ドロップ忘れずにちゃんと拾ってきたんだよ? ほめてほめて」

「ゴミじゃないでしょうね……」 

「いや、それは分かんないんだけど」


アタシはトロール……なんかブラックトロールとかなんとか言ってたけど、アイツが残したドロップ品をヨウに見せつける。それは拳大の真っ黒な石だ。

なんか多分強いモンスターだったっぽいしきっと貴重品にちがいない。

これでトロールの胆石とかだったら泣く。

ヨウは石に胡乱な目を向けたけれど、みるみるとその目を輝かせた。わかる? 瞳が¥とか$マークになるかんじ。


「ポチ……アンタこれ! アダマンタイトよ!」

「それって凄い? 高い?」

「モチ! めちゃくちゃ高い! ハズ! 相場はしらんけど!」

「やったやった! ほめて!」

「ポチ~よくやったぞ~グッボーイグッボーイ」

「一応女の子なんだけど~?」

「グッガールグッガール」

「えへへ~」


ヨウに頭を撫でてもらってとってもハッピー。

頑張った甲斐がありましたなぁ。


「よーし! アダマンタイトゲットを祝して、お祝いといきますか! 飲みに行くわよ! ポチ!」

「お金ないけど?」

「売りに行くわよ! 今すぐ!」

「当てはあるの?」

「ま、そこは任せなさいって。善は急げ世は情け、金の切れ目は縁の切れ目! さぁレッツゴー!」

「ハイテンションで意味不明。もしかして酔ってる?」

「うん」

「いっぺん寝ろ!」

「ぐへっ」


色々ダメそうなヨウに当て身を極めて布団に寝かせ、ぱっぱっと服を剥ぎ取りアタシもジャージを脱ぎ捨てて抱きつくとすぐに眠くなってくる。

さぁて……いい夢見れますように……。









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