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第5話 ハル&アキ

「どうも~……高校生カップルライバーのハル&アキのアキです」

「ハルです」

「その、ご心配おかけしました!」

「ご心配おかけしました!」


僕、高校生ライバーのアキはたったいま自宅にある稽古部屋から配信を始めたところだ。雑談配信とかはいつもここからするんだ、自室は何だか恥ずかしいからさ。

隣にはいつも通りパートナーのハルが正座している。


僕らは幼なじみで、僕の祖父がやってる古武術道場にハルも小さい頃からずっと通ってたんだ。

高校生になって、僕がダイバーを目指そうとしたらハルも一緒にやるって聞かなくて、押し負けて結局一緒にやることになった。

最初は2人とも剣を使ってたんだけど、運良く手に入った火魔法のスキル石でハルが後衛に転向。

僕が回避盾でハルがダメージディーラーというスタイルに落ち着いた。

友人の薦めで配信をしてみたところ、結構視聴者もついて今では登録者30万人の中堅ライバーになってしまった。


今日の配信は雑談配信ではなくて、なんていうか……無事を報告する為の配信だ。

3日前、僕らはトーキョーダンジョンの10層ボス挑戦の最中、イレギュラーに遭遇したんだ。

倒したはずのトロールが復活したばかりか、40層以下にしかいないはずのブラックトロールに変異した。


祖父から譲ってもらった業物の剣すら弾く肌に圧倒的な力とスピードは僕が辛うじて目で追えただけで、ハルに振り下ろされるトロールのこん棒がやけにゆっくりと見える視界の中、僕らは全滅すると、絶望する間もなく事実を押し付けられた。

 けれど、視界が赤く染まって意識を失い、気がつくと僕はダンジョンを覆う壁内にある医務室でハルに揺すられて目が覚めたんだ。


「ごめんなさい。配信用のカメラが壊れてしまって報告が遅れてしまいました」

「早く配信しなきゃって、友人からカメラを借りました。ご覧の通り私もアキ君も怪我1つなくピンピンしてます!」


ハルが可愛らしくポーズをしながら笑顔で報告すると“良かった”、“リア充爆発しろ”、“リア充生きてた”、“アキだけ死ねば良かったのに”と、コメントが沢山つく。僕らのファン……非リア充の皆さんだ。弁明するわけじゃないんだけど……僕らが呼んでるんじゃなくて、彼らが勝手に名乗り出したんだからね?

僕らのチャンネルはまぁご想像の通りアンチも多いんだけど、ファンもアンチもコメントの内容があんまり変わらなくてどっちがどっちか分からないんだよね。


コメントにお礼を返していると10000円の赤スパチャ……送り主はミツルギさんだ。

“無事でよかった”とコメントがついていて、すぐに通常コメントで続きが送られてくる。


“アキ君、ハルさん。無事でよかった。配信は見ていたがアレは本当に肝が冷えた”


ミツルギさんはキューシューダンジョンで活躍するSランククラン、“剣の舞い”のリーダーで僕の祖父の教え子でもある、僕らの兄弟子にあたる人だ。

配信をたまたま見て僕の技でピンときたらしく、以来よく配信を見てくれている。


“ミツルギ?”、“マジ、Sランクの?”  


ダンジョン界隈の有名人。ミツルギさんの出現でコメント欄が騒然となったけれど、ミツルギさんが“普段はコメントはあまりしないんだが、少しアキ君達と話させてもらえるかい”と再び赤スパチャを入れるとコメント欄は静かになる。


「ミツルギさん、ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

“いや、弟弟子、妹弟子が無事で嬉しいよ。それに君たちは将来是非うちのクランにとも思っているのでね”


大手のクランが若手のライバーを引き入れようと配信を巡回するのはわりと良くある話だ。ミツルギさんもその口だったけど、まさかの同門で話しも弾み僕らもその気になっている。


“しかし、あの状況からよく無傷で帰還できたな? 帰還の翼を所持していたのかい?”


ミツルギさんがそう尋ねてくるのに僕とハルは目を見合わせなんと答えていいか悩んだ。

帰還の翼はダンジョンで拾うか、協会で売っているのを購入するかで手に入るアイテムではあるんだけれど、需要が高くかなり高価だ。

僕らも配信で稼いではいるけれど、購入は出来ていなかった。


「その……帰還の翼は持ってはいなかったんです」

“何? ではあのイレギュラーを討伐したということか?”

「それが、僕らも何が何だかわからなくて」

「はい、気づいたらダンジョンの外に……それもダンジョン協会の方に医務室に運ばれた後聞かされた話で2人とも意識を失っていたんです」

“どういうことだい……?”


当時の状況をかい摘まんで話してみるけれどやっぱり要領を得ないばかりで疑問ばかりが残る。


“誰か切り抜き動画がないか?”とコメントがされてすぐ、丁度トロールが変異し始めたところからの動画のリンクが貼られた。

別窓で流しながら僕らは視聴者さんと一緒に初めて当時の状況を客観視する。

不審さに気づいたのはミツルギさんが最初だった。


“……トロールの攻撃でカメラが壊れたわけではないのか、これは” 


その通りだった。言われてから動画を見ればそれは瞭然だった。

カメラは僕の剣が折れ、トロールがハルにこん棒を振り上げたところを写していたけど、かなり引きでの視点なのだ。

トロールの攻撃が当たるにはかなり難しい位置。

それにカメラの映像はトロールがこん棒を振り下ろす前に途切れていた。

仮に余波で壊れたとしても、振り下ろされる映像が無ければ辻褄が合わない。

それにダンジョン配信用カメラはかなり頑丈で、そう簡単には壊れないはずだ。


「えっとつまりどういうことでしょう?」

「カメラはトロールの攻撃で壊れたんじゃなくて、何か別の要因があるかもしれないってことだよ、ハル」


状況が掴めていないハルにそう説明する間にもコメント欄は紛糾していた。仮説や憶測、それに対する反論が飛び交って収拾がつかない。

“次元の歪みに巻き込まれた”とか“トロールをイレギュラー化したナニかが影響した”とか“透明人間がいた”とか勝手に盛り上がり始めている。


けれど、誰かのスパチャで“結局映像も無くてわからないんだし、今は2人の無事を祝うべき”とコメントが打たれ、それもそうだとまた無事を祝うコメントとスパチャで溢れた。


「業物の剣も折れちゃったし、カメラも壊れてしまったのでしばらくダンジョン配信はお預けです、すいません」

「配信はしませんけど、低い層でまたレベル上げして2人で強くなろうと思います!」

“あんなことがあったのに……強いな、君達は”

「まぁ……無理してでも帰還の翼は手に入れようと思いますけどね」

“それがいいだろうな”


ミツルギさんとばかりやり取りするのも悪いし、そろそろ配信を終えようかなと、挨拶に移ろうとした時だ。

チャリーンと赤スパチャを知らせる音が鳴り、上限いっぱいの100,000円分という金額が表示された。

コメントは“え~とこんにちは”と、金額に見合わない短すぎるただの挨拶だ。

さらに立て続けに上限スパチャで、“はつみです” “おうえんしてます” と計30万円分の高額スパチャに、ハルも僕も狼狽えた。


「え? えぇ!」

「えっと……ぽち? ぽちさん? そんなにスパチャしなくても!」


初見しょけんらしい送り主のPOCHIというアカウント名の相手に呼びかけたけれど、さらに上限スパチャが飛んでくる。

しかもだ……音声入力を誤爆しているのか、支離滅裂なコメント付きで。


チャリーン

 “え わ あれ? とまらない ようーようー これとまらないよ”

チャリーン

 “ばかなにしてるの だってー”

チャリーン

 “あー アキくんハルちゃんがんばってーごめんなさーい”


都合、60万円分のスパチャとコメントを残し、POCHIというアカウントはそれきり音沙汰がなくなった。

コメント欄では“事故だ!事故スパチャ!” “子供がやっちまったか?” “ぽち君? ぽちちゃん? めっちゃ怒られてそう” とまた一気に盛り上がってしまった。


「えーと……なんだか凄いことになっちゃいました。スパチャってキャンセルできるんだっけ……」

「お、お子さんかな? キャンセルできるといいんだけど」

「と、とりあえず今日はありがとうございました! また折を見て雑談配信はしようと思います! ハル&アキを今後ともよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


とにかく終了の挨拶で締めくくれば、

“ラストカオスだったなぁ” “ある意味伝説” と最後までコメントは奇妙な盛り上がりを見せ、僕もハルもひきつった笑みで配信を終えることになってしまった。



「バカ! ポチ! バカ!」

「ふぇ~ん」

「私が火消ししてる間に何してるの!」

「きゅ~ん」


無事アダマンタイトが売れました。

なんと2000万になった。ヨウの伝で売ったらしいけどすごい高額にびっくりだ。

アタシはご褒美に念願のスマホを買ってもらえてホクホク。使い方よくわかんないけど。設定はヨウにしてもらったよ。

そんなある日、なんとハル&アキが配信をするというので、ヨウと2人で見ることに。


 なんかよくわかんないけど、凄く盛り上がってたみたいで、ヨウはキーボードを叩いて何やら必死そう。

画面が全然見えないからアタシはマイスマホで何とか配信を見つけたのでコメントをすることに。

タッチパネルはよくわかんないので、音声で文字入力してコメントしてたらヨウが鬼の形相で飛んできていまに至る。


「もー! 悪い子! スマホ取り上げ!」

「えぇ! そんなぁ!」

「そんな悲しい顔してもダメ!」

「……きゅ~ん」

「……う」

「……(じっ)」

「わ、わかったわよ……でもスパチャは禁止! ていうかクレカ登録はポチには早かったわ! 買い物はやっぱり私と一緒にすること! いい?」

「ヨウ~やさし~だいすき~」

「しょ、しょうがない子ね、もう」


ヨウはすぐ怒るけどすぐ許してくれる。

だいすきと、そのままヨウに抱きつけば頭を撫でてくれる。


「あーあ。こんな使い方してたらまたすぐお金失くなっちゃうわよ」

「それはヨウもでしょ~。高いお酒いっぱい注文して~」

「う……それ言われると弱いなぁ」

「だ~いじょうぶ。またすぐにダンジョンで稼ぐから」

「フフ、頼りにしてるわ、ポチ」

「任せてよ、ヨウ」


いつもの様子になったヨウに抱きついたまま布団にダイブ、髪をくしゃくしゃにされてあちこち触られて目を細めているうちに眠くなる。

今日は色々あったけど楽しい1日だったなぁ。




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