「東矢様、ご報告が」
「手短にしてください、古田」
トーキョーに本拠点を置くSランククラン“豪放磊落”。
その総括担当の女性、東矢美月はSランク認定ダイバーらしからぬビジネススーツに身を包み事務作業と格闘していた。
艶のある黒髪を肩口で揃え、銀縁眼鏡で端末を睨み付けている。
そこにクランの管財担当の古田が報告があるとやってきた。
「トーキョー管内にて我々の関与しないルートでのアダマンタイトの流通が確認されました、3日前です」
「……詳細を」
「不明です」
「貴方の調査能力でも?」
「申し訳ありません。いくつか仮説はありますが確証は無く……」
「説明してください、時系列順に」
古田は東矢の指示を受け、手元の端末を確認しながらすぐに説明を始めた。
「3日前、トーキョーダンジョンのダンジョン協会の買取りにアダマンタイトが持ち込まれました」
「売り主の照会はしたのですか?」
「それが……たしかに売買の記録はあるのですが、ライセンスの照会をしても売り主の詳細が出てこないのです。対応をしたはずのダンジョン協会の担当者にコンタクトを取りましたが要領を得ず……何らかのミスがあったのではと」
「……不可解ですね」
「ええ、それにアダマンタイトのドロップが確認されているのはニッポンではトーキョーダンジョンのみ。それも我々、豪放磊落の独占下にある41層以降で出現する黒化モンスターからのレアドロップです。まさか……クランのメンバーが抜け駆けを……」
古田の不安を他所に東矢は「たしか……」と端末を操作し、画面を古田にも見えるようにする。
そこには、ハル&アキのイレギュラー遭遇の様子が映し出されていた。
「先日このようなことがあったそうです」
「……まさか彼らがアダマンタイトを?」
「そこまではわかりませんよ。ですが討伐は出来なかったと、後の配信で報告をしています……とにかく、何らかのイレギュラーで浅い層でも黒化モンスターが出現するということ。あまり身内を疑わないように、貴方の悪い癖です」
「申し訳ありません……この件、調査を続けても?」
「……好きにしてください。私は別件で埋まっていますので関われませんけど」
「承知しました」
▽
「はぁ……しんどい」
私、東矢美月は古田が一礼して去っていったので、一息つき、眼鏡を外し眉間を揉みながら執務椅子にもたれかかった。
神経質というか、過敏というか……アダマンタイトの1つや2つ流れたのが何だというのだ。
古田はクランによる独占状況の維持に心血を注いでいるというか、金勘定のことで頭がいっぱいなのだろう。
8年前、ブラック職場に嫌気が差し脱OLを目指して休日にダイバー活動。部活で打ち込んでいた弓の経験を活かし、運良く覚醒スキルに恵まれめきめきと実力を伸ばした。ソロで30層を攻略したところで当時Aランククランだった豪放磊落に声をかけられた。
攻略組として活動出来ていた頃はよかったがダイバーというのは会社勤めの経験が無いものが多く、それなりに実務経験のあった私にクラン運営側にならないかとクランリーダーから今の役を命ぜられた。
統括とは聞こえがいいが、各種クレームや問題事の処理が業務の大半だ。
ダイバーなんていうのは血の気の多い連中ばかりで、巨大クランともなれば末端での問題は日常茶飯事。
やれ賠償が、示談が、裁判が……その手の事務を東矢に押し付けて攻略組は足止めを食っている50層の攻略に躍起になっている。
「もうやめちゃおっかなぁ……でも引き継ぎできる相手がなぁ」
貯まった業務を片付ければ既に21:00を回っていて、これでは会社勤め時代と変わらない。
自分も既に32。そろそろ結婚も視野に入れたいがダイバーとの結婚は嫌だし、夫婦喧嘩で下手したら殺される(あくまでイメージだ)ような高ランクダイバーは嫌がられる傾向だ。結局、出会いもなく、暇もなく、1人帰路につく。
「あー……映画見に行こ」
映画は昔から好きだった。父が盤のコレクターでよく一緒に見たものだが、いきつけのシアターはいつもガランとしている。
ただでさえ映画産業はダンジョン配信に押されて下火なのだ。
ましてや、恋愛映画ならともかく私の好きなパニックホラーなんかほぼ誰も見ない。その癖、ネタだけはダンジョンからいくらでも上がってくるので駄新作が積み重なっている。どうやって利益を出しているのかまるでわからない。
今日も客は良く見る女の子同士のカップルと、私の3人だけ。
微妙な演技の俳優が着ぐるみみたいなモンスターに食いちぎられていくのを眺めながらポップコーンのバーレルに手を伸ばしてはポイッと口に放り込みコーラを啜る。
言い寄ってくる他のSランクメンバーの顔を俳優の顔に入れ換える。ばれれば間違いなく悪趣味だと引かれるような想像をしながら貯まった不満やストレスを解消するのだった。