転移門の先はヨウのアパートの玄関だった。
いや、間取りやらなんやらは一緒だけど、匂いが違う。
玄関からパッと見える範囲でもモノの配置も違うし、生活感が無い。ヨウの部屋にしては整いすぎてる。
ダンジョンからいきなりの変化にさすがにアタシも面食らってしまうけど、奥、いつもヨウと過ごす部屋から気配を感じる。アタシの大好きな気配だ。
意を決っして、扉に手を掛ければ……。
「ヨウ! ……のそっくりさん?」
「ちっがああう! 本人よ!」
や、だってね……部屋の真ん中にいたのよ。プルプルと恥ずかしそうに身体を腕で隠してるヨウが。その格好は、アタシの知るヨウなら絶対しないような格好だ。
ほぼ裸みたいな、水着っていうかコスプレっていうか、お尻からは悪魔っぽいしっぽがぴょっこり、腰の当たりからも悪魔っぽい羽が飛び出てて必死に身体を隠してる。頭の両サイドからは立派な角が。
つまり、ザ・サキュバスみたいな格好なんだ、このヨウは。ヨウは恥ずかしがりだからコスプレとかまずしないはずなの。
「もぉおおお……なんで来ちゃうのよぉおお」
「だって最近のヨウ、なんか変だったし……ここのダンジョンに来てからだったでしょ?」
「とぼけてる癖に変なとこだけ目ざといんだから……」
「まさか……コスプレ趣味を隠したかったから?」
「そんなわけないでしょ!」
突っ込みがキレてる。なんだかいつものヨウだ。
「話、長くなるから」とヨウは珍しくインスタントコーヒーを淹れ始める。コーヒーは真面目なお話の合図だ。
▽
「だんじょん……ますたー?」
「そ。私はこの……まぁ仮にフジジュカイダンジョンってことにしとくけど、このダンジョンのマスターでここはダンジョンの最深奥、マスタールームよ」
「アパートなのに?」
「似せてるのよ。慣れた感じのほうがいいし」
ヨウは、ある日突然、だいたい10年くらい前、突然ダンジョンマスターにされた。
神の声が聞こえたとかそういうわけでもないらしい。
普通に過ごして朝起きると、このサキュバスの姿だったそう。
じゃあ普段アタシと過ごしてるのは? って言うと、
元々生活していたアパートに分身、マスタールームにサキュバス姿の本体、突然別れて存在しててダンジョンの作り方から機能なんかの情報が頭に入っていた。
「ダンジョン……作りかけじゃん」
「作りかけって言うなぁ! だいたいいきなりダンジョンマスターとかなんとか意味わかんないっての! はいって六法全書渡されて弁護士になれる? なれないでしょ!」
「落ち着け~どうどう」
「う~」
キレたヨウをなだめながら話を続けていく。
ヨウ、説明書とか読まないしね。アタシ? もっと読まないよ!
「なんでもっと早く伝えてくれなかったの?」
「出来なかったの! なんか制限? みたいな。ポチがここに来たから教えられるようになった感じよ」
「ほぇ~なんか不思議だね~」
ダンジョンマスターといっても何でも出来るわけじゃないようで、なにがしかのルールに縛られているみたい。
何が、誰が定めたルールなのか。やっぱり神様みたいなのがいるのかな。
ヨウはこうも語った。色々とわからないことだらけだけれど、ダンジョンのある理由、目的はわかっていると。
『己が領域を進めよ、人を進めよ、世界を進めよ』
何者かの意思か言葉か、それがハッキリと脳裏に刻まれていて、僅かながら強制力すらあると。
「じゃあダンジョンは世の為、人の為にあるってこと?」
「まぁそうしなさいって言われてるっていうか。努力目標よりはちょい強めな感じ」
「ふ~ん。じゃあ他にもダンジョンマスターって居るんだ。ダンジョンの数だけ」
「居るんでしょ、会ったことはないけどね」
なるほどなぁ。ん、アレ……? だとすると……。
「ヨウ~? ヨウはアタシと出会った時にはダンジョンマスターだったんでしょ? 何で身体売るみたいなことしてたの?」
「うっ……それ聞いちゃう?」
「聞いちゃう~」
ヨウがダンジョンマスターになったのが10年前、アタシと出会ったのが三年前。
ヨウのダンジョンはトーキョーダンジョンや他の名前がついているダンジョンのように運用もされていなければ、発見もされていない。
ダンジョンマスターであるヨウは何故かアタシと暮らす前はいわゆる立ちんぼをしていた。
ダンジョンマスターって……お金にならないのかな?
や、あんなに素材が高く売れるならそんなことは無さそうだし。
「……笑わないでよ?」
「うん」
「いやさ……最初こそ混乱したんだけど、私もさちょっとは興奮しちゃったわけ」
「ダンジョンマスターすげーって?」
「……うん。で、ダンジョンの運営に使うポイントがあって、ダンジョンポイント……いわゆるDPってやつ。初期ポイントみたいなのがあったんだけど」
「ふんふん」
「階層追加とか……モンスター召還ガチャに使っちゃってね、大量に」
「うわぁガチャ! 人類の産み出した最も悪しき文化!」
「そこまで言う? あー……それで色々やった後に気づいたんだけど……ダンジョンの維持にもDPって使うみたいで、気付いたら維持に使う分まで使い込んじゃって……」
「あー……うわー……ヨウらしいっていうかさぁ」
「維持出来ないとダンジョンって消えちゃうんだけど、そうするとダンジョンマスターも一緒に死んじゃう、みたいな?」
「えっ」
「焦ったよね~、アハハハ」
「笑いごとじゃないし!」
「ろくにダンジョン運営できる状態でもなくてさ。あ、DPってダンジョンに人間を入れると稼げるんだけどそれも無理っぽくて、終わった~って思ったんだけど。ほら、私さ。サキュバスっていうか夢魔じゃん」
「うん」
「なんかさ、ダンジョンマスターには固有の力があってね。私の場合“生気吸収”っていって……セックスしたらDP稼げるって能力だったの」
「あっ」
「苦渋の決断だったよね~」
うわぁうわぁ……ヨウの悪いとこが出た結果、ダンジョンマスターなのに花売りに身を落とすって……笑ってやるにも笑えないよ、これは。
「かなり自転車操業でさ。DPは稼いだ端から維持費に消えちゃって、なんか頭の中に警告出っぱなしで。まぁついでに現ナマ貰ってストレス解消に好き勝手してたんだけど。一般人よりはダイバー相手の方が金もDPも稼げてね……でも正直嫌だったよね~。好きでもないヤツの相手なんて」
「……ヨウって両親は?」
「ん~、いない。18の時に事故でね。大学もそれで辞めちゃって、どうしよっかなって時にダンマスになってさ。でもあれよね、遅かれ早かれダンマスになっていようと無かろうと同じような生活してたんじゃない?」
「でもね」と暗くなりかけた雰囲気を振り払うようにヨウははにかんでみせた。
「ポチなんだよ。それを変えてくれたのはさ」