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第19話 そうして2人は出会った

「アタシ?」

「うん。覚えてる? ポチが私を助けてくれた日のこと。私と暮らすようになったきっかけ」

「うん、当たり前じゃん」

「そっか。嬉しい」

「全然ドラマチックでもないけどね~」

「そりゃあね。いきなり昔飼ってた子にそっくりな黒柴に助けられて、連れて帰ったら女の子になってるんだもん。ラノベかよってなったわよ」

「あははは」



「はぁ~……染みたわ~」


ダンジョンマスターだとかいうわけのわからないモノにされてからもう7年が経っていた。

ダンジョンは少し弄ったけど今では完全にノータッチ状態で、頭に響く維持ポイント不足の警告を消すために繁華街で身体を売る日々だった。

可愛く産んでくれた両親と、一応、年を取らないらしいダンジョンマスターの機能に感謝しつつ、もっと長生きしてよ、警告うっさいと感謝を打ち消す文句を浮かべる。


アパートで寝起きして、寂れたシアターで映画を見て、それから深夜の繁華街へ足を運ぶ。

今日は昔の映画のリバイバル上映をしていて、館長セレクトの名作を朝からずっと見ていた。

客は少なかったけど、外見的には同年代らしい女の子もいたのには少し驚いた。

最初は現実逃避のつもりで始めたシアター通いも今では立派な趣味になっている。好きなジャンルはモンスターパニックだけれど、今日は泣ける映画ばかりだった。


一番気に入ったのは、子供の頃に懐いていた飼い犬が生まれ変わりを繰り返してまた大人になった飼い主に会いにくるっていう作品だ。

両親が健在だった頃、実家には私が産まれたのと一緒に飼い始めた雄の黒柴のポチという子がいた。

私が15の時に寿命を迎えたけれど、ずっと一緒だったから映画でポチのことをうっかり思い出して号泣してしまった。


「今日は気分じゃないし売りはやめよっかなぁ」


繁華街までは来たものの気分が乗らず、アパートに帰ろうとしたタイミングだった。


「お、いたいた。おい、ヨウ!」

「うわ……まじ可愛いっすね」

「チョー美人……タケルさんのオススメなだけあるっすね」


耳につく声音で呼び捨てにしてきたのは、タケルというダイバーだった。なんだかというダイバーのクランでもそれなりに実力者でランクもAだとかいうのが自慢の男だ。

何度か相手をしてやったが、力ばかり強いヘタクソだ。

他に男が2人、明らかに取り巻きという態度でタケルにへつらっていた。


「悪いけど今日はもう帰るから」

「はぁ? ダイバーの知り合い連れてこいっつったのはお前だろ?」


たしかにそんなことを言った気もする。

ヨウとしては行為は金でも快楽の為でも無い。生きるための、気のすすまない下手物ばかりの食事のようなものだ。したくはないがしないと死ぬのだ。

効率を考えたら複数相手でもいいかとか血迷ったことを考えたことがあった。

とにかく、今は警告も出ていないし気分でもないと無視して立ち去ろうとしたら腕を掴まれて路地に引きずりこまれた。


「はぁ!? ちょ、やめっ」

「うるせえよ、黙って股開いてりゃいいんだよ」


頬を張られて路地に打ち倒される。

弱者を虐げる自分に酔ったタケルというクズは「ヤバいですよ」と一応は制止に入った取り巻きの1人を殴りつけ「見張ってろ」と怒鳴り私に馬乗りになる。


別にこの分身体の身体は傷つけられても勝手に直る、意思の通った泥人形みたいなものだ。

それでも本体から意識を移している間でないとDPは稼げない。

乱暴にされても壊れることはないし、優しくされても手に入るDPは変わらない。

感覚があることは忌々しいが、ダンジョンマスターとして軟弱な私は高レベルダイバーに抗うことはできない。

精々勝手にやってろと、力を抜いた時だった。

グルルル、と獣の唸り声が頭側から聞こえてきた。


すわ野犬でも現れたかとタケルが顔を上げ、途端に気の抜けた声音で「柴犬かよ」と吹き出した。

その息が切れないうちに私の視界を黒い影が過り、タケルの息を吐いてへこんだ腹がさらにくの字に折れた。

吹き飛んだタケルは見張りをしていた取り巻き2人をボーリングのピンのように薙ぎ倒し繁華街へと弾き出され、野次馬を集めた。


身を起こせば、ピンと尻尾を立てて人垣を睨んでいる黒い物体……黒に白の混じったモサモサのお尻が懐かしくて私は思わず呼び掛ける。


「……ポチ?」


ピクリとして振り返ったのは、まごうことなき黒柴だった。

よく見れば雌だからポチ本人……本犬ではないのだろうがよく似ていた。

黒柴は立ち去ろうか悩むように私と路地とを見比べるようにしていたが「おいで」と呼び掛けると、じっとこちらを見上げて「いいの?」と問いかけるような眼差しをしていた。

手を伸ばし近づいてきた黒柴を抱き抱えても嫌がる素振りは見せず身体を預けてくる。

ダンジョンから抜け出したモンスターだったりするのだろうか? 高レベルダイバーを吹き飛ばし失神させるとは真っ当な犬でないのは間違いないだろうがそんなことはどうでもよかった。


アパートまで抱えて黒柴を連れ帰り、ペット禁止だったっけなどと考えながらそのまま横になる。

腕の中の温もりに眠気がすぐにやってきて、目を閉じた。

翌朝、差し込む朝日に目をしばたかせ、う~っと開ければ腕の中には17、8に見える女の子がいた。


「へあっ?!」

「デュわっ!?!」


互いに変な叫びを上げ飛び起きれば、女の子は「ヤバっ」と飛び上がりそのまま宙に浮いた。

一瞬、寂しそうに、名残惜しそうにあたしを見て、スーっとその壁を透けて通り抜けてしまった。


「え、ちょ、待って! 行かないで! 戻って来て!」


幽霊?! と驚きはしたけれど、見えなくなった女の子に呼び掛ける。けれど返事はない。

1分、2分と沈黙が過ぎた頃だった。

アパートの壁の向こうから、ばつが悪そうに女の子は戻ってきて恐る恐るとこちらをみつめた。


「も、戻ってきた……。ちょっと……ほら、こっちきてよ」

「……うん」


ペタンと目の前に正座をする女の子は少し私より身長が低い。フード付きの黒のパーカーに白いダボダボのパンツ。長い艶のある黒髪にてっぺんが少し跳ねたアホ毛。外人の血が混じったような筋の通った人形のような顔立ちで青い瞳が不安に揺れていた。

見覚えがあると思った顔立ちは、よくシアターの最後尾で映画を見ている子だった。


「よくシアターにいる子、よね」

「うん」

「えっと……勘違いじゃないなら、犬になってたよね」

「……うん」

「そっかぁ」


勘違いでも夢でもなく、連れ帰った柴犬はこの子で間違いなかった。

女の子は挙動不審で、腰を浮かせたりしていて、逃げ出そうとしている様子だった。

「あの、アタシ、変、だよね? 怖い、よね?」と早口で捲し立て立ち上がろうとする肩に手を置いた。

ダンジョンマスターであることは話せないせいで「全然変じゃないよ? 私なんて……あー、言えないんだった……」と変な問答になってしまったが、女の子は「変じゃない……?」と上目遣いをした。


「うん! なんか凄いじゃん! 犬になったり、浮いたり透けたり! あ、それに男をぶっ飛ばして助けてくれたでしょ?」

「あ、アレは! ……アタシじゃないというか……」

「アンタの他に誰がいるのよ」

「……うん」


強いはずなのに、びくびくと縮こまって震える姿が妙に愛おしくなって、肩に手を置いたまま顔と顔とを近づける。「え、あっと、近……」と引かれた身体に身体を寄せる。

一目惚れ否定派だったんだけど、こりゃもう否定出来ないなぁと内心で苦笑いしておもむろに女の子の唇を奪う。3秒程で一度顔を離して女の子の様子を確かめた。


「キス、しちゃった」

「……」


目を白黒させる女の子にもう一度キス。

また3秒で離す。女の子はもう震えてはいない。


「嫌……かな?」

「……ううん」

「良かった……力、抜いて」

「うん」


互いに名前すら知らないまま、もう互いを受け入れていると本能で感じとれた。

時間も忘れて身体を重ねあって、朝だったのがまた夜になる。


「ね、一緒に暮らさない」

「うん」


それが、ポチとの馴れ初めだった。



「ポチときたら、あの時は本当に借りてきた犬……あ、猫だっけ? ま、今が嘘みたいにおとなしかったわよね~……プルプルしちゃって」

「えぇ~そうだっけ~?」

「そうよ! よ~く覚えてるもの」


どうだったかな~? まぁたしかに……ヨウと会う前は人間不信だった気はするなぁ……。 ま、だからあんなことをして、それがきっかけになったんだけど。


「……そういえば、なんで助けてくれたの? たしか……助けたのは自分じゃないとか言ってなかった?」

「うん。実はね……」


ずっと他人との距離を掴みかねていた。

自分が異質な存在だって気付いてたから。

バレれば化物だと追われると思っていたし、ずっと昔、実際そうなった。いっそ人の姿じゃ無ければ、あるいは人以外となら……そんなことも考えてた。



あの日、見た映画……霊感を持つ男の子のお話が心に残った。 幽霊なら話相手になるだろうかなんて考えれば本当に見えてしまうのがアタシだ。

そうして見えたのが黒柴の幽霊だった。


何か波長があったのか、黒柴の幽霊はアタシが見えてることに気づいたらしい、駆け寄ってきて吠えたり、裾を引っ張ろうとして透けたり、初めて見る幽霊のアクションに戸惑い揺れる尻尾を目で追っていると、業を煮やした黒柴は憑依というんだろう、アタシに取り憑いてきた。や、ビックリしたよね。初めての経験でどうしたらいいかわかんなかったよね。


そうすると不思議なことに、黒柴の意思がハッキリと分かった。“妹を助けて”、黒柴はそう訴えてきた。

さすがに身体の主導権までは奪えなかったのか、なんとなく踠いている様に感じたので、“助けてあげるから連れてって” と身体を黒柴に変えてあげた。


「……で、あとは勝手に身体が動いてって感じ」

「……嘘、ポチ? や、アンタじゃなくてだけど」

「うん、あー、その……ヨウには秘密にしとけってポチ君が」

「なにそれ……あの子、そんな感じだったの」

「うん、なんか武士っぽい感じ」

「ていうか妹って……あの子、お兄ちゃん気取りだったの? 本当なにそれ」


半泣き半笑いの言い難い顔のヨウは落ち着くと「あの子はまだいるの?」と問いかけてくる。


「ヨウに犬の姿で抱っこされたじゃん……あれで満足して成仏しちゃった……みたいな?」

「もうあの子ったら……」

「……おいで」

「ポチ?」

「アタシね、あれがすごく嬉しかったんだよね。おいでって。昔、どっかいけってばっかり言われてさ……」

「ポチ……。でも……そっか……そうだったんだね。あの子がアンタを……」

「ね、ヨウ……ヨウはアタシにとって大事な人だよ。だからさ、いなくなっちゃやだよ」


「ね、隠さないで教えてよ。何かあるんでしょ」とアタシは真っ直ぐにヨウの目を見た。

ヨウも真っ直ぐに見返してきて、ゆっくりと頷いた。 








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